異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
リースベン軍の戦力化を急ぎつつ蛮族の情報を集めることにした僕たちだったが、しばらくたっても相変わらず進展はなかった。
なにしろリースベン地域は半島状の地形で、面積は非常に広大だ。しかしその大半が蛮族の支配下であり、僕たちが掌握しているのは半島の付け根部分にあるわずかな面積のみ。人里から少し奥へ踏み込めば、そこは非友好的な原住民の潜む未開の樹海なのである。そんな場所に、手持ちの僅かな戦力を割いて斥候隊を送り込むことなどとてもできない。
「地上からの探索が難しいなら、空中からやってみよう」
ということになり、僕は
もちろん、空からでは森に潜むエルフを見つけ出すことは難しい。しかし、炊事の煙くらいなら確認できるのではないかと思ったのだ。
だが、残念なことに有力な情報は何一つ得られなかった。相変わらず蛮族どもは沈黙を保ち、リースベンには平和な空気が流れ続けていた。何とも不気味な話である。
いい加減に焦れてきた僕はカルレラ市にほど近い農村へと向かうことにした。こういう時は、現地の人間に話を聞くのが一番だと判断したのだ。
エルフをはじめとする蛮族連中は、農村部を狙って襲撃することが多い。なにしろ、防衛設備が貧弱だからな。常日頃から蛮族どもの脅威にさらされている農民たちは、新参者である僕らよりよほど実情に詳しいはずだ。
「改めて挨拶申し上げます。アッダ村の村長、コリンヌ・テシエです」
農村の中心部にある、村長の家。そこで僕は、村長一家から歓待を受けていた。農村の村長というと腰の曲がった老人をイメージするが、この村の長はいかにも要領がよさそうな中年の
適当に挨拶を交わしつつ、僕は周囲をうかがった。村長宅とはいっても、その大きさは周囲の家と大差ない。藁ぶき屋根の木造平屋という、農村にはよくある様式の建築だった。
もちろん、素朴なのは外側だけではない。僕たちが案内された部屋も、囲炉裏と大きなテーブルが置かれているだけの簡素な場所だった。どうも、この部屋が村長宅の食堂らしい。促されるまま席に着くと、村長の夫らしき男がお盆をもって寄ってきた。
「どうぞ、領主様。……領主様にこんなものをお出しするなど、本当ならば打ち首モノでしょうね」
「いえいえ、結構。普段食べているものと同じ料理を出してくれといったのは、僕の方だからな」
村長の夫は湯気の上がる木椀を差し出してきた。受け取って中身を覗き込むと、そこに入っているのは
リースベンは温暖湿潤な気候で、小麦の育成にはあまり適していない。そのため、しっかりとした小麦のパンは結構な高級品だった。代わりに庶民の主食になっているのが、この地の気候に強い燕麦やコーリャンだった。
「それでは、いただきます」
食事前のお祈りをしてから、麦粥を口に運ぶ。塩だけで味付けされた、素朴な味わいだった。少々味気ないのは事実だが、まあ僕は食事に気を遣う人間じゃないからな。腹に入ればなんでもいい、みたいな意識は少なからずある。
もっとも、そんな考え方をする人間は貴族では少数派だ。実際、同行してきたソニアやジルベルトは妙な顔をしつつ粥を口に運んでいる。まあ、しょうがないよな。ガレア本国では燕麦は家畜の飼料というイメージが強く、貧民たちですら積極的には食べたがらない。ましてや彼女らは貴族、多少は抵抗を感じてしまうのも致し方のない話だろう。
「一応、白パンもご用意していたのですが」
「それは我々が帰った後、自分たちで食べなさい。民がどのようなものを食べているのかを知るのも、領主の仕事のうちだ」
村長の言葉に、僕は首を左右に振った、これは半分本心から出た言葉ではあるが、下心がないと言えばうそになる。なにしろ、領主と言っても僕は所詮よそ者で、なおかつ男だ。領民たちから嫌われてしまえば、日常の政務もままならなくなる。多少あざとくとも、ご機嫌取りをしておいた方が良いと判断した。
こういう中央の権威が弱い辺境では、独立独歩の気風が強い。貴族だなんだといって偉そうにしていたら、あっという間に支持を失ってしまう。立ち振る舞いには、それなりに気を付ける必要があった。
「いやはや、御見それいたしました」
にっこりと笑って、村長が頷く。この中年の
そんなことを考えつつも、僕たちは麦粥を片手に村長一家と雑談をする。今年も相変わらず小麦の実りが悪いだとか、村の教会をしっかりとした石造りにしたいだとか、そういう当たり障りのない話題が中心だ。本題には、なかなか入らない。なにしろエルフは略奪・強姦上等のロクデナシどもだから、飯時の話題としては少々刺激が強いのだ。
「さて……」
僕がそう切り出したのは、食事が終わってしばらくたってからのことだった。使用済みの食器類をもって炊事場の方へ向かう村長の夫や使用人たちの背中を見送りつつ、食後のビールに口を付ける。……なかなか面白い味だ。原料は大麦ではなく燕麦で、ホップの代わりに爽やかな匂いのするハーブで香りづけされている。正直、現代的ビールとは味も香りも全く別物だった。
「そろそろ、蛮族たちの話を聞かせてほしい」
「へぇ、わかりました」
村長は即座に頷いた。僕たちが村を訪れた理由は、当然到着時にきちんと説明してある。蛮族対策は辺境の農村にとっては死活問題だ。彼女らは快く僕たちを歓迎してくれた。
「まあだいたいのところは、そこの騎士様にすでにお話している通りなのですが」
ジルベルトの後ろに控えた中年騎士をちらりと見てから、村長は小さく息を吐いた。蛮族に対する防衛、および情報収集はジルベルトの部下たちに任せてある。プレヴォ家の郎党たちはみな実戦経験豊富な古兵ばかりだから、この手の任務にはぴったりだ。
「二度手間で申し訳ないが、相手は蛮族だ。警戒しすぎる、ということもあるまい。悪いが、もう一度たのむ」
「そりゃあ、もちろん。私らも、連中には難儀させられとりますからね。領主様があいつらを退治してくれるってんなら、いくらでもご協力いたしますわ」
ニヤリと笑って、村長は素焼きのコップになみなみと注がれた燕麦ビールを一気に飲み干した。