異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第194話 くっころ男騎士と森の茶会

 その後も僕たちは必死になりながら森の探索を続けたものの、探せども探せどもエルフが居た痕跡らしきものは見つからない。いい加減に疲れてきた僕たちは、休憩を取ることにした。

 従卒たちがてきぱきと折りたたみ式のテーブルとイスを並べ、焚き火で香草茶を沸かす。ガレア貴族は行軍や戦闘の最中にも平気でガバガバお茶を飲むので、その世話を担当する従者や従卒たちも慣れたものだ。

 

「いやはや、しかし……リースベンの森はなかなかの難物だな」

 

 香草茶で満たされたカップを口に運んでから、僕は小さく息を吐いた。野外活動に関しては人並み以上に得意なつもりだが、流石に少々くたびれた。

 

「しかし、いい経験にはなりました。エルフの足取りを掴めなかったのは残念ですが、視察としては大成功の部類でしょう」

 

 ハンカチで額の汗をぬぐいつつ、ソニアが笑う。竜人(ドラゴニュート)は比較的暑さに強い種族だが、ソニアは北方のノール辺境領の出身だ。リースベン特有の湿気を含んだ暑苦しい空気は、少々苦手なようである。

 

「やはり、部下からの報告や地形図だけに頼って作戦を立てるのは危険です。指揮官自らが現場に足を運び、己の五感を使って状況を確認するべきでしょう」

 

「そうだな」

 

 ため息交じりに、僕は頷いた。確かにその通りだ。予想以上に、この森は危険な場所だった。僕らだって、レナエルの案内がなければ途中で遭難していたかもしれない。

 見通しが効かず、足元も悪く、目印になるような特異な地形もない。ついでに言えば、地図もない。こんな場所に軍隊を突っ込むなど、もってのほかだ。行軍中には大量の落伍者が出るだろうし、補給線の維持も極めて難しい。敵からの攻撃がなくとも、みるみるうちに戦力が削られていくだろう。

 

「森林での行軍・戦闘訓練は大幅に増やしておいたほうがいいだろうな。王都周辺の森とは、あまりにも勝手が違いすぎる」

 

 それでも、いざとなれば不利とわかっている場所へも突っ込んでいかなくてはならないのが軍隊という組織だ。その準備はしておくべきだろう。幸いにも、演習場として使える場所はいくらでもある。リースベンは、ほぼ全土がこの場所と同じような樹海に覆われているのである。

 

「そうなると、リースベンの森林に精通した人物を教官役に据えるべきですね。わたしの郎党たちも、このような場所で戦った経験のある人間はおりませんし」

 

 湯気のあがるカップにふぅふぅと息を吹きかけながら、ジルベルトが言う。

 

「そうだなあ……」

 

 少し考えこみながら、僕はポーチからビスケットを取り出した。包み紙を剥がし、一枚口に運ぶ。はちみつのほのかな甘みが口の中に広がった。茶菓子にはぴったりの味付けである。

 

「ほい」

 

 持ってきたビスケットは三枚。残る二枚を、無言で香草茶を飲んでいたレナエルに手渡した。彼女はひどく驚いた様子だったが、すぐに「ありがとうございます、領主様」と頭を下げて受け取った。

 

「……ッ!」

 

 おずおずとビスケットを口に運んだ彼女は、一瞬だけ目を輝かせてあっという間に一枚平らげた。どうやら、お気に召してくれた様子である。人がうまそうにメシを食っている様子ほど、見ていて楽しいものはない。僕はホクホク顔で香草茶を飲み干した。

 

「教官役が出来る人間が軍にいないとなると、外部から募るほかないか」

 

「そうですね。まあ、詳しい話はカルレラ市に戻ってからにしましょう。このような場所で、軍機に属する話をするわけにも参りませんし」

 

 ソニアが周囲を見回しつつ言った。なにしろ、森はエルフの領域である。いわば、敵地も同然だ。この辺りにエルフが居るという証拠は出てきていないが、警戒するに越したことはないだろう。

 

「確かにな。まったく、居るのやら居ないのやらわからないのが一番困るよ」

 

 堂々と姿をさらして攻撃準備をしてくれているのなら、まだやりやすいんだが。困ったもんだね。

 

「レナエル、君の意見を聞きたい。この辺りにエルフが居るのか居ないのか……どう思う?」

 

「……わかりません」

 

 二枚目のビスケットにかぶりつこうとしていたレナエルはピタリと動きを止め、数秒間考え込んでから首を左右に振った。

 

「エルフたちは、犬の鼻すら誤魔化すことができるようです。正直、自分が手に負える相手ではないと思います。……役立たずで申し訳ありません」

 

「相手はエルフだからな、一筋縄ではいかないだろうさ。あまり気に病む必要はない」

 

 優しげな口調で、ジルベルトが慰める。実際問題、こればっかりは仕方がないだろう。エルフは長命種、つまり百年以上の時間をかけて野伏(レンジャー)としての鍛錬を積んできた連中だ。我々短命種がそれに立ち向かうのは、生半可なことではない。

 

「ジルベルトの言う通りだ。できないことをできないと認めるのは、大人でもなかなか難しいものだよ。君は立派だ」

 

「……」

 

 少し赤くなって、レナエルは狐耳をぴこぴこさせた。いやあ、いいねえ狐っ娘は! うーん、可愛い。これで御年ウン百歳とかなら最高なんだが、まあ現実は甘くない。獣人の寿命は、おおむね只人(ヒューム)と同じ程度の長さだ。ファンタジックな異世界とはいえ、どうやらお狐ロリババアは実在しないようである。非常に残念だ。

 

「……ふう」

 

 一つため息を吐いてから、僕は従卒に香草茶のお代わりを頼んだ。とりあえず、当面は新兵たちの錬成を急ぐほかあるまい。敵の出方がわからないことには、どうしようもないのだ。どんな事態が発生してもいいように準備を整えておくべきだろう。そんなことを考えていた矢先だった。

 

「やあやあ。このような森の中で茶会とは、なかなか風情のある話じゃな」

 

 鬱蒼とした原生林の中で聞くには、あまりに不釣り合いな幼い声だった。あわてて声の出所に目を向けると、そこに居たのはぶかぶかのポンチョを纏った幼女だ。木漏れ日に照らされた長いプラチナ・ブロンドがきらきらと輝き、妖精のような幻想的な雰囲気を放っている。

 

「良ければ、ワシも混ぜてはくれんかね?」

 

 幼女はそんなことを言いつつ、友好的な笑みを浮かべて手を振ってくる。まるで、通りすがりの旅人が挨拶がてら声をかけてきたような風情だった。だが、先ほどまであの場所には誰も居なかったはずだ。この場には十数名の騎士と、それ以上の数の従卒たちがいる。彼女らの監視の目をかいくぐってここまで接近できる人間が、単なる幼女であるはずはない。

 そして何より、僕たちの警戒心を煽る要素があった。彼女の耳は、笹穂状にとがった長いものだったのだ。このような身体的特徴を持っている種族と言えば……

 

「エルフ、だと……!?」 


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