異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
「話し合いの場、ねえ……」
ダライヤ氏の提案に、僕は額を手で押さえながら唸った。むろん、交渉自体はこちらも大歓迎だ。うまくやれば、エルフたちに拉致されてしまった男たちを故郷に帰してやることもできるかもしれない。まあ、向こう側はひどい男不足という話だから、そう簡単にこちらの要求が通るとは思えないが。
まあ、交渉が決裂したところで、こちら側にメリットがないわけではない。なにしろ、わがリースベン軍は大半が新兵ばかりのひどい状況だ。こいつらを戦力化するには、まだしばしの時間がかかる。交渉が続いている間は、相手もなかなか性急な真似はできないだろう。時間稼ぎにはぴったりだ。
「もちろん、会議を開くこと自体には僕も賛成だ。とはいえ、いますぐというわけにもいかない」
問題は、このロリエルフが信用に足る相手か否かだ。なにしろ、エルフェニア帝国云々の話は、彼女一人の口から聞かされたにすぎない情報だからな。全部嘘っぱちである可能性も、十分にある。
とにかく、新エルフェニア帝国というのが実在していること、そしてダライヤ氏が同国で責任ある立場についていること。この二点は最低限なんとしても確認しておきたい。実務的な話し合いを始めるのは、それからだ。
「ある程度、検討の時間が欲しい。構わないだろうか?」
「正直、駄目と言いたいところじゃなあ。このまま冬を迎えれば、また何人もの民が餓死するはめになる。そうならぬよう、こうしてわざわざ森の果てまでやってきたわけじゃし」
「じゃっどん、相手にも相手ん都合があっんよ、大婆様。こちらん都合ばっかい押し付けては、話し合いなぞ成立すっはずもあいもはん」
渋い表情をするロリババアを、カラス娘が諫めた。……諫めてるんだよな? 訛りがキツすぎて、自分の理解が正しいのかちょっと自信が持てないんだけど。参ったなあ、新エルフェニア帝国とやらの住人は、こういう喋り方が基本なんだよな。マトモに会話が通じるんだろうか……? 真面目に交渉をする気があるのなら、彼女らの言語もある程度勉強しておいた方がいいかもしれないな。
「わかっちょるわかっちょる」
苦い薬を飲みほしたような表情で、ダライヤ氏は手をひらひらと振った。やっぱり、この人も素で話すときは訛ってるみたいだな。
「そもそも、そちらはワシらのことを詐欺師ではないかと考えておるじゃろう? ま、初対面の相手をそう簡単に信頼できるはずもないからのぅ。こればっかりは、まあ仕方のない話じゃが」
まあそりゃあね。特にこの人は、たった一人でこちらに接触してきたわけだし。国家の重鎮という雰囲気は、正直言ってまったくない。……とはいえ、大勢のエルフの戦士とこんな場所で遭遇してたら、問答無用で救援を呼んでいたがね。そうなれば、話し合いどころか戦闘へ一直線だ。
「とにかく、早急に信頼関係を醸成するべきだとワシは考えておる。そちらはどうじゃろう?」
「戦い以外の選択肢を探るのは大切だろう。とはいえ、僕もしょせんは新米領主だからな。あまり強権的にふるまいをするわけにはいかない。……ソニア、領内の者たちの意見を取りまとめるには、どのくらいの時間がかかると思う?」
頼りになる副官に向けて、僕はそう聞く。もちろん、言葉通りの意味ではない。交渉の引き延ばし工作の一環だ。付き合いが長いだけあって、このへんは
「そうですね、十日もあれば……なんとか」
「十日、十日か……それはさすがにダライヤ殿に申し訳ない。七日程度に縮まらないか」
「難しいですね。まあ、出来るだけ短縮できるよう、努力はいたしますが……あまり期待しないでください」
うーん、すごい猿芝居だ。年齢四桁の御老人に、こんな雑な交渉術が通用するもんかね? ……ああ、案の定ダライヤ氏が微妙な笑みを浮かべている。こりゃ、バレてるね。ううーん、キッツい。事態の主導権を完全に奪われている。戦術的に考えれば、ここはいったん引き下がって仕切り直しを図る場面かな?
「それだけ時間がかかるというのは、ワシのことが信用できんからじゃろう。よろしい、そちらの……カルレラ市だったか。その付近の森に、こちらの兵隊を集めて
やめてください、そんなことをされたらリースベン軍の信用がズタボロになってしまいます。……くっそー、州都であるカルレラ市近郊ですら、ちょっと離れればすぐに原生林という地理状況だからなあ。あのあたりに潜伏されたら、手出しができないぞ。困った……。
「あまり挑発的な言動はしないでいただきたい、ダライヤ殿。話し合いがしたいのなら、それなりの態度という物がある。それとも、エルフ族は戦争をお望みか? ならば、結構。我らの畑をあなた方の血で満たすというのも一興だ」
絵にかいたような虚勢だな。我ながら恥ずかしくなってきたぞ。しかし、弱気を見せれば一方的に食い物にされてしまうのが交渉というものだ。幸い、リースベン軍は頭数だけならばそれなりに揃っている。見た目の上での戦力は、なかなかのものだ。
新エルフェニア帝国とやらの戦力がどの程度の代物かはわからないが、すくなくともこちらを大幅に上回っている可能性は低い。なぜかと言えば簡単で、戦力的に圧倒しているのならば話し合いなどせず武力にモノを言わせた方が手っ取り早いからだ。
「おお、怖い怖い。お互い、血を流すのは嫌じゃろ? できれば、話し合いでカタをつけたいんじゃがなあ。しかし、帝国内部にも血の気の多い連中はそれなりにおる。今はワシが抑えておるが……あまり長くはもたぬぞ?」
おうおう、ヤクザみたいな脅し文句だな。蛮族の面目躍如って感じだ。まあ、実際のところ我らがガレア王国も一皮むけばこいつらと大差はないがね。
「しかし、こちらにも都合はある。そうだな……五日後でどうだろうか? 今度は、僕の屋敷にご招待しよう。森の中では、なかなか落ち着いて話し合いもできないからな」
「おや、そうかのぅ? 森の中ほど落ち着ける場所は、そうそうないと思うのじゃが」
「エルフにとってはそうかもしれないがね、僕は見ての通り
「ハッ、面白い冗談じゃのぅ……まあ良い、五日後で結構じゃ。次はエルフの部下たちも連れて来るが、良いかね?」
くつくつと底意地の悪そうな笑い声とともに、ダライヤ氏は頷いて見せた。内心、ほっと息をつく。とりあえず五日稼いだ。まあ、及第点だろう。
「ああ、もちろん。しかし、千人も二千人も連れて来るのはやめてくれよ? それだけの数のごちそうを作れるほど、うちの台所は広くないんだ」
「んっふふふ、面白い男じゃの、オヌシは。けっこうけっこう。とりあえずは、手始めに四、五人ほどにしておこうか。それくらいなら、構わんじゃろ?」
……流されてしまった、残念。向こう側の人口について、ある程度推測できるような反応を返してくれるんじゃないかと期待してたんだがな。流石に無理か。
「ああ、それくらいなら大丈夫だ」
「うむ、うむ。大変結構! では、今日のところはこれくらいにするかの」
ほっと息を吐いてから、ダライヤ氏が折りたたみいすから立ち上がった。どうやら、このハードな交渉もこれで終わりのようだ。身体から力が抜けかけるのを、ぐっと堪える。なにしろ相手はとんでもない強敵だ。緊張するなという方が無理だ。
「連絡員がわりに、このウルを置いていく。何かあったら、コイツに伝えるようにたのむぞ」
ところが、ダライヤ氏はそんなこちらの内心を読み取ったかのように人の悪い笑みを浮かべ、カラス鳥人の背中をパシンと叩いた。……えっマジ? エルフ側の人間を僕の屋敷に迎え入れなきゃならないの? 実質的にスパイじゃん。やめてよマジで……。
「……了解した」
とはいえ、我がリースベン領と新エルフェニア帝国の間には、一切の国交がない状態だ。たしかに、大使館とは言わずとも連絡窓口くらいは設けておく必要がある。流石に、この提案を断るわけにはいかなかった。
……こっち側も一人くらい、向こうに送っておくか? ううーん、相手の野蛮ぶりは折り紙付きだからなあ。何かの拍子に、殺されてしまう可能性もある。人材不足が甚だしい今のリースベンに、そんな無茶な任務に送り出せるような人間は居ないだろ。くそう、このままでは情報格差が開いていくばかりだ。なんとかして、突破口を見つける必要があるぞ……。