異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第201話 くっころ男騎士と火山探索

 農村で一夜を明かした後、僕たちはカルレラ市に帰還した。想定外の事態が幾度も発生した現場視察ではあったが、エルフたちと接触を持てたのは大きい。とりあえず今後の方針を話し合うべく、僕は領主屋敷の会議室に家臣団の幹部たちを集めていた。

 

「とにかく、情報戦で圧倒的に後れをとっている。このような状態では和睦をするにしろ戦争をするにしろ圧倒的に不利だ」

 

「新エルフェニア帝国という国名ですら、我々は初めて耳にしたわけですからね・……もっとも、そのような国家が実在するのかどうかすら、現段階では確証が持てない訳ですが」

 

 難しい表情をしながら、ソニアが香草茶のカップを弄んだ。

 

「情報源があのエルフひとりだけというのは、やはりマズイ状況ですね。彼女の言葉の十割が嘘という可能性は低いでしょうが、情報にフェイクが混ざっていてもこちらには検証する手段がありませんし」

 

「その通りだ。早急に独自の情報源を確保しないことには、僕たちは延々とダライヤ氏の手の中で踊り続けることになる」

 

 ダライヤ氏の発言にどれだけの真実が含まれているのかはまだわからないが、彼女がかなりの切れ者であるのは明白だった。年齢四桁以上という話も、おそらく嘘ではあるまい。見た目こそひどく愛らしいが、交渉相手としてはとんでもなく厄介な相手である。

 

「そういうわけで、我々の当面の目標はダライヤ殿らとは別口で独自にエルフと接触を持つことだ」

 

「その意見には賛成です。……しかし」

 

 ちょっと困ったような顔でジルベルトが僕の方を見る。エルフ探索は彼女が担当していた仕事だが、今までまったく成果は上がっていなかった。ブロンダン家に移籍して初めての仕事が不調なので、ジルベルトも少々参っている様子だった。

 

「これ以上の探索を行ったところで、あらたにエルフを発見するのは難しいよう思えます。……情けないことを申してしまい、申し訳ありません。しかしこのリースベンの森は、わたしたちの情報収集能力では手に余ります。その事実は、認めざるを得ません」

 

 確かに、ジルベルトの言う通り更なる調査をしたところで得られるものはないだろう。これは彼女らが悪いのではなく、リースベンの樹海が広すぎるせいだ。いわば、(わら)山の中から一本の針を探し出そうとするようなものだな。

 

「このむやみやたらと広い森を、五十名に満たない手勢で探索し尽くそうというのがまず無理な話なんだ。気にすることはない。……もちろん僕も、やみくもに探索範囲を広げようというわけじゃないんだ」

 

「……というと?」

 

「ラナ火山だよ。百年前に噴火し、エルフの国を滅ぼしたというアレだ」

 

 そう言ってから、僕は一枚の地図を取り出した。茶色がかった紙の上には、ヘタクソな木こりが伐採した切り株のような形状の半島が描かれていた。これが僕の領地、リースベン半島である。

 リースベンは面積の大半が未探索の地域ではあるが、船を用いた沿岸測量により半島の大まかな形状や面積は判明している。この世界の測量術は前世欧州の大航海時代よりも優れているから、精度に関してもある程度信頼できるだろう。

 

「ダライヤ殿の話では、リースベン半島の中央部にラナ火山はあるらしい。とりあえず、翼竜(ワイバーン)を使ってこの山を見つけ出す。ガレア南部全域に火山灰をまき散らすような大火山だ。空から探せば、そう苦労せずに見つけ出すことができるだろう」

 

地図上のリースベンの真ん中あたりを指で指し示しつつ、僕は言った。この半島はそれなりに大きいが、それでも翼竜(ワイバーン)であれば半日ていどで縦断できる程度の広さでしかない。目標の位置がある程度絞れるなら、火山の一つや二つを見つけるのもそこまでの難事ではないはずだ。

 

「確かに、このラナ火山とやらの付近にはエルフどもの旧首都があったという話ですが……」

 

 思案顔のソニアが、地図を見ながら小さく首を傾げた。

 

「二つほど、この案には問題があるように思えます」

 

「言ってみろ」

 

 部下からの異論・反論は大歓迎というのが、僕のスタンスである。周囲にイエスマン(ウーマン?)しかいなくなった指導者など、悲惨なものだからな。もちろん、付き合いのながいソニアもそのあたりは万事承知している。

 

「ひとつ。旧首都の所在地といっても、大規模噴火があったという場所です。ましてエルフは長命種、百年前などほんの昨日の出来事でしょう。そんなところに、エルフたちがいまだに住んでいる可能性は低いように思えます」

 

「それはそうだろうな。火砕流に沈んだという旧首都の上に、そのまま新首都を建設するような真似はしないだろう」

 

 ダライヤ氏の言葉が本当ならば、リースベンのエルフ族全体が絶滅の危機に瀕したような大噴火だったらしいしな。その厄災の元凶となった場所の近くに街をつくるような真似は、普通に考えて控えるだろう。

 

「とはいえ、火山の近くには一人のエルフも居ないということは考えづらい。次の噴火の兆候を見逃さないよう、観測所の類を構えている可能性が高いだろう。その上を翼竜(ワイバーン)でブンブン飛び回ってやれば、むこうも何かしらのアクションを仕掛けてくるんじゃないかな」

 

「なるほど」

 

 ソニアは頷き、香草茶で舌を湿らせた。

 

「では次、二つ目。リースベン半島は、面積だけは広大です。その上、飛行中の目印になるような地形も判明していない。そのような場所に翼竜(ワイバーン)を派遣すれば、騎手は迷子になってしまいますよ」

 

「確かに。わたしも竜騎士としての訓練は受けていますが、目印もない場所で飛行するのは不可能です。ベテランの騎手も、それは同じことでしょう」

 

 この世界には当然ながらGPSなど存在しない。飛行中に自分の現在位置を見失えば、あっという間に迷子になってしまう。そこで竜騎士は、山や街、海岸線などを目印にして飛行するわけだ。しかしリースベンのような未探索地域では、このような手法は利用できない。

 

「ああ、その通り。……だが、世の中には何の目印もない大海原でも、問題なく自分の現在位置を把握できる連中が存在している」

 

「……星導士」

 

 ボソリとソニアが呟いた。星導士というのは、その名の通り我らがガレアの国教、星導教の役職の一つだった。そもそも星導教じたい、外洋を航行するための航法術から発展した宗教である。当然、彼女らは皆実用的な測量技術を習得している。

 星導士はその中でも、特に天測に特化した技術職だった。常日頃から天測台と呼ばれる施設に住み、占星術めいたオカルティックな未来予測から科学的な天気予報まで、さまざまな業務を行っている。いわば天測のプロフェッショナルだ。

 

「その通り。もともと、リースベン内陸部の航空偵察はやろうと思ってたんだ。すでに、最寄りの天測台に星導士を派遣するように要請を出している。その星導士を翼竜(ワイバーン)の後席に乗せて飛べば、未探索地域でも安心して長距離飛行が出来るという寸法だ」

 

「……星導士が来てくださるのですか?  このリースベンに」

 

 大陸西方では俗界権力と聖界権力は分離している。辺境の零細地方領主が星導士の派遣要請をだしても、なかなか受理してくれないのが現実だった。しかし、僕のお友達には星導教のお偉いさんがいるのため、そのあたりはいくらでも融通が利くのである。持つべきものはやはりコネだな。

 

「ああ、フィオレンツァ司教から要請を出してもらった。今日の朝早くに最寄りの天測台へ翼竜(ワイバーン)で使いを出したから……明後日には探索飛行を始められるだろう」

 

「……」

 

「……」

 

 フィオレンツァ司教の名前を出した途端、ソニアとジルベルトがひどく渋い表情で顔を見合わせた。……えっ、なんなのその反応?


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