異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第215話 くっころ男騎士と戦略資源

 新エルフェニア帝国だけでも対応に苦慮しているというのに、正統エルフェニア帝国などという連中まで出てきたのだからたまったものではない。だが、僕はリースベンの領主である。「もうしーらない!」と現実から目を逸らすわけにはいかなかった。

 幸いにも、両勢力ともに拠点にこちらの人間を派遣できる状況にあったから、一週間もたつ頃には結構な情報が集まってきた。僕は渡された報告書をめくりながら、自分の執務室でウンウンと唸り続ける。

 

「……うううーん」

 

 まず、新エルフェニア帝国のほうに派遣している連絡員が送ってきた報告書に目を向けてみる。彼女らは、カルレラ市から徒歩で三日ほどの距離にある新エルフェニア帝国の集落に滞在していた。数日に一度、カラス鳥人の手で(というか足で)そこから報告書が送られてくる手はずになっている。

 

「我に食料無し、文明なし、男無し。戦地から来たような手紙だなあ」

 

 報告書の内容は、なかなかに悲惨である。どうやら、翼竜(ワイバーン)隊が発見した"正統"側のエルフ集落と同じく、"新"側のエルフたちもかなり原始的な生活を営んでいるようである。住居は竪穴式で、食事は一日一食粗末なものが出るだけ。ついでに言えば、住人はエルフやカラス・スズメ等の鳥人ばかりで、只人(ヒューム)はまったくいないらしい。

 連絡員として派遣したのは、僕の幼馴染の騎士たちだ。当然だが、幼少期から軍人としての心得を叩き込まれた精鋭である。そんな彼女らが、冗談交じりとはいえ泣き言めいた報告書を上げているのだから尋常ではない。

 

「昔はあちこちに酒の蒸留所があったって話なんだがなあ。完全に文明崩壊を起こしてるじゃないか、これは」

 

 いわばポストアポカリプスである。エルフ連中が長命種だからこそなんとか生き残っているのであって、これが短命種ばかりの文明だったらとっくに完全に滅びていたかもしれないな。

 我々が接触したエルフ勢力は二つ。"新"と"正統"のエルフェニア帝国だ。どうやら、この両者は戦争状態にあるらしい。日本史で言うところの、南北朝時代のようなものだろうか? 何にせよ、ダライヤ氏らが言っていた"不逞の輩"とはこの正統エルフェニア帝国ということで間違いがなさそうな様子だった。

 

「参りましたね、これは。敵に回すのはもちろん、味方にするのもなかなかに厄介ですよ」

 

 執務机の対面に座るソニアが、その形の良い眉を跳ね上げながら言った。

 

「こんな有様の勢力をまともに復興するには、かなりのコストがかかります。農地すらないわけですから、リターンすら見込めない」

 

 ダライヤ氏の態度を見るに、どうやら彼女は僕らの力を使ってエルフェニアの復興をやりたいようだ。とはいえ、ソニアの言うように、彼女の思惑に乗ったところでこちら側の利益が少なすぎる。さりとて、殲滅を選択するのも難しいのだからたまったものではない。しかし……

 

「……いや、それはどうだろうか? まだ確信はないが、もしかしたら将来的には莫大な利益が手に入るかもしれない」

 

 僕はエルフたちの言葉を思い出しつつそう言った。彼女らは、反政府組織の与太者どもが燃える油を畑にバラまいていると言っていた。しかし、植物性や動物性の油脂類は案外燃えにくいものである。兵器としての燃焼剤に使うのは、なかなかに難しい。

 しかし、エルフたちの言葉が本当なら、どうやらその油は単体で燃やすことができるようだ。……もしやとはおもうが、石油系の揮発油を使っているのではないだろうか?

 

「と、言いますと?」

 

「エルフどもの勢力範囲内に、石油が沸いている可能性がある」

 

「せきゆ……?」

 

「地中に存在する油だよ。こいつがあれば、いろいろなことができる」

 

 石油は近代文明における賢者の石である。燃料としての利用のみならず、さまざまな有用な物質を含んでいる。というか、そっちがメインだ。合成ゴムがあれば紙製薬莢を用いた後装ライフル銃(シャスポー銃という)の量産が可能になるし、無煙火薬の製造に使う添加剤の原料にもなる。軍事面だけみても、すさまじいメリットだ。

 今のところ我々リースベン軍の装備は世界最新と言っても過言ではないが、いつまでもそのアドバンテージは続かない。実際、この間の内乱では敵方もライフル銃の集中運用をしていたしな。新兵器開発の手を緩めるわけにはいかないんだよ。

 

「……よくわかりませんが、最優先で確保すべき資源ということですね」

 

「その通り。それも、平和的な手段でな。せっかく有用な資源があっても、輸送の最中に敵にやられてしまえば元も子もない」

 

 僕の言葉に、ソニアは難しい表情で腕組みをした。その非常に豊満な胸が腕にのっかる形になり、なかなか眼福な光景である。

 

「現実として、エルフを完全に滅亡させるのは難しいわけですしね。やはり、融和路線を継続するしかないのか……」

 

「実際に方針を決めるのは、石油の存在が確定してからだがね。それに、融和路線とはいってもエルフどもと一戦や二戦くらいはしなくちゃならない可能性も十分にある……」

 

 こちらからの干渉を急激に強めれば、エルフ側でも反発が生まれるだろうしな。比較的スムーズに進んだ明治維新ですら、かなりの量の流血を伴ったんだ。ましてや、エルフたちの好戦性はなかなかのもののようだし……。

 

「しかし、そうなるとエルフェニアとやらが分裂国家なのが難点ですね。彼女らが内戦を続けるようであれば、資源の採掘どころではなくなってしまうでしょう」

 

「そこなんだよなあ……本当に困るよ」

 

 ため息を吐いてから、僕は従兵を呼んで何か甘いものを持ってきてくれと頼んだ。考えることが多いせいか、脳みそがしきりに糖分を要求してきていた。

 

「とりあえず、今は"正統"の方のエルフェニアについて重点して調べてみよう。ダライヤ氏ら"新"のほうのエルフェニアからは引き出せない情報を持っている可能性もある」

 

「承知いたしました。……"正統"のリーダー、オルファン氏は我々と直接会って話がしたいと言っているようですね」

 

 机の上に広げた報告書のうちの一枚を手に取ってから、ソニアはそう言った。ラナ火山付近のエルフ集落には、毎日のように補給物資を持たせた翼竜(ワイバーン)を派遣している。"新"と同じく"正統"もひどい食糧難の状態であり、翼竜(ワイバーン)に搭載できる程度のわずかな食料でもなかなか喜んでくれている様子だ。

 少なくとも、"正統"は僕たちを敵だとは認識していない様子だ。これは非常にありがたい。できることなら、我々が仲介にたって"新"と"正統"の和解を図りたいところだな。まあ、実際はそう簡単にはいかないだろうが。

 

「いきなり直接対話か、前のめりだな。おそらく、こっちも要求は食料支援だろうが。ふむ……」

 

 ダライヤ氏らの話によれば、燃える油とやらを運用しているのがこの"正統"の連中である。その製法さえ明らかになれば、石油の有無も確認できるだろう。とりあえず初手でトップ会談というのは、悪い選択肢ではないように思える。

 

「よし、向こうの申し出を受諾しよう。できれば、最初の会談はむこうの拠点で行いたいところだな。その方向で話を進めてくれ」

 

「アル様が、その正統エルフェニアとやらにゆかれるのですか? 副官としては、頷きかねますね。余りにも危険です」

 

「わかってるよ。しかし、向こうのリーダーをこっちに呼びつけるのも心証が悪いだろう? 仲良くやりたいなら、こういう積み重ねが大切だよ」

 

 僕はそう説明するが、むろんこれは建前である。本当の目的は、燃える油とやらを僕自身の目で確認することだ。この世界では、まだ石油の積極利用は始まっていないからな。実物を見たところで、それを石油製品かどうか判別できるのはリースベンでは僕くらいのものだろう。

 エルフ領に本当に石油があるなら、僕の対エルフ政策もだいぶ変わってくる。現状の技術力では石油はそこまで重要度の高い資源ではないが、将来的には間違いなく重要になってくるからな。下手をすれば、ミスリル鉱山以上の火種になる可能性もある。早いうちに判別しておかないとマズイことになりそうだ。

 

「……しかし、連中の集落は例の火山の傍でしょう。道もありませんから、空路で向かうほかありません。ですが、我らが保有する翼竜(ワイバーン)は僅か三騎のみ。護衛のための戦力があまりにも少なすぎます」

 

「大丈夫さ、ソニアにもついて来てもらうからな。お前が傍に居てくれるのなら、どんな敵だって怖くない。そうだろ? 僕の大切な副官どの」

 

「……ッ! え、ええ! もちろんです、アル様。どうぞ、このわたしにすべてお任せを」

 

 いつものクールな表情をふにゃりと崩しつつ、ソニアは頷いて見せる。ひどく照れている様子だった。……ヨシ、説得成功!


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