異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第216話 くっころ男騎士とラナ火山

 "正統"のエルフェニアとの交渉は、トントン拍子に進んだ。トップ会談を打診した際は、"正統"のリーダー、オルファン氏から「こちらの方がカルレラ市に行っても良い」という返答貰ったほどだった。正直、"新"の連中よりよほど話が早い。

 ただ、うまい話には裏があるものである。"正統"の態度が柔らかいのは、それなりの理由があるはずだ。その辺りを見誤れば、間違った判断を下してしまいかねない。情報収集のためにも、第一回の会談は"正統"の本拠地で行うことにした。

 ただ、僕も一応はリースベン領の指導者である。あまり無茶な真似をするわけにもいかない。手持ちの翼竜(ワイバーン)をフル動員して前日のうちに護衛戦力を"正統"の集落に送り込み、それから僕も出発することと相成った。

 

「ほーう、これがラナ火山か」

 

 そして、会談当日。機上……ならぬ騎上の人となった僕は、上空からラナ火山を見下ろしていた。立派な山体が見事なまでに吹っ飛び、巨大なカルデラ湖を形成している姿は自然のダイナミズムを感じさせる。こんな巨大火山が盛大に噴火したのだから、エルフたちが暗黒時代を迎えたのもむべなるかなという感じだ。

 

「ここへ来るたびに、あいつがまた火を吹いたらどうしようかと不安になります。実際、ちょくちょく小爆発を起こして灰やら石やらまき散らしている様子ですし」

 

 僕の前の鞍で手綱を握るリューティカイネンくんが、ちらりとラナ火山を一瞥しつつ言った。翼竜(ワイバーン)には当然風防(キャノピー)などついていないので風の音は非常にうるさいが、大声を出せばなんとか会話は可能である。

 

「まあ、その時はその時さ」

 

 あのクラスの火山が本気で爆発したら、リースベン半島自体が致死圏内にすっぽり入ってしまうことだろう。その時は諦めて往生するしかない。こういうのは、あまり気にし過ぎてもしょうがないものだ。

 しかし、火山か。うまくやれば、硫黄も取れそうだな。硫黄は火薬の類を製造するために必須の物質だ。これを近隣で調達できるようになれば、弾薬のコストをかなり下げることができるぞ。エルフたちも、貿易を始めれば多少おとなしくなってくれるかもしれない。今日の会談で、提案してみようか。そんなことを考えていると、北の空に小さな黒点がいくつも現れた。

 

「おや、あれは……鳥人かな? 出迎えだろうか」

 

「……なんだか、おかしいですよ。普段の出迎えはもっと南の方から出てきます」

 

 そう応えるリューティカイネンくんの声には、緊張感がみなぎっていた。鞍にマウントされた長大な槍を手に取り、しっかりと構える。臨戦態勢だ。

 

「敵かね?」

 

「わかりません。しかし、いままでこの方向から鳥人連中が現れたことはありませんからね。警戒するに越したことはないでしょう。まして、今はアルベール様を乗せているわけですし」

 

「空のことは君が一番くわしいだろう、任せたぞ。僚騎にも警戒を命じておこうか」

 

「お願いいたします」

 

 リューティカイネンくんが頷くのを確認してから、僕は鞍に取り付けられたホルダーから手旗を引っ張りぬいた。周囲を飛ぶ二騎士の翼竜(ワイバーン)に、手旗信号で戦闘準備を命じる。ちなみに、この二騎にはそれぞれソニアと案内役の星導士様が搭乗していた。

 そうこうしているうちに、謎の編隊との距離はどんどん縮まっていく。やはり、それはカラス鳥人の集団のようだった。足にはカギ爪の装着されたブーツを履いており、明らかに戦闘を意識した装備であることがわかる。

 

「騙されたかな、"正統"のやつらに。地上の騎士たちは大丈夫だろうか」

 

 昨日のうちに"正統"の集落へ派遣した騎士は四名。もし"正統"がこちらにだまし討ちを仕掛けてきたのであれば、おそらく今頃は……。僕はひどく嫌な気分になって、ゆっくりと息を吐きだした。いきなり向こうの陣地に乗り込むのは、拙速が過ぎたかもしれない。うーむ、やはりダライヤ氏のようにうまくはやれないか……

 

「それはわかりませんが、とにかく今は我々の安全を第一に行動するべきです」

 

「そうだな……回避が最優先だが、自己判断で交戦も許可する。なんとか、切り抜けてくれ」

 

 敵の正体はまだわからないが、攻撃を仕掛けてくるようであれば反撃も必要だろう。国際問題になったらその時はその時だ。

 

「お任せを。今方向転換をすると、おそらく敵に後ろを取られます。ここは、正面からぶつかった方が良いでしょう。しっかり鞍につかまっておいてください」

 

「了解した」

 

 陸戦にはそれなりに自信があるが、空戦は完全な素人だからな。ここは専門家に丸投げすべきだ。僕はそう判断し、自分の腰に取り付けられた安全帯を確認した。

 そうこうしている間に、カラス鳥人どもとの距離は相手の顔まで確認できるほどまで近づいていた。ブーツに取りつけられたカギ爪が、陽光を受けてギラリと輝く。あきらかに、こちらに襲い掛かろうとしている様子だった。あと数秒もしないうちに、交戦距離に突入するだろう。リューティカイネンくんが、槍を握る手に力を込めた。その瞬間である。

 

「ッ!?」

 

 上空から、別のカラス鳥人編隊が急降下してきた。彼女らは猛スピードで先ほどの編隊に襲い掛かる。足のカギ爪で翼や胴体を切り裂かれ、血をまき散らしながら先ほどの連中は墜落していった。猛禽の狩りを思わせる、見事な襲撃ぶりである。

 

「リューティカイネンどんか!?」

 

 襲撃をしかけてきたカラス鳥人のうちの一人がぱっと上昇に転じ、僕たちの隣へとやってくる。

 

「ガルジャか! いったい、何が起こっているんだ!?」

 

 どうやら、そのカラス鳥人はリューティカイネンくんの知人のようだ。彼女がそう叫び返すと、ガルジャと呼ばれたカラス鳥人は憤怒の表情で叫ぶ。

 

「僭称軍ん連中じゃ。奴ら、こげん時に襲撃を仕掛けてきよった! お(はん)らに迷惑はかけられん。はよ逃げぇ!」

 

「僭称軍というと、新エルフェニア帝国か……」

 

 どうやら、彼女らは"新"の連中とは戦争状態にあるようだからな。運悪く、戦闘に遭遇してしまったのだろうか? いや、もしかしたら僕たちと"正統"の交流を阻止するために攻撃を仕掛けてきた可能性もあるか。

 

「何はともあれ、地上には友軍が四名も残っているんだ。逃げ帰るという選択肢はない。リューティカイネンくん、いったん僕らを地上へ降ろすんだ。余計な荷物を載せていては、君も飛びづらいだろう」

 

「……了解! エルフどもの村へ降ろします。よろしいですね?」

 

「構わない、行け!」

 

 頷いてから、僕は手旗信号で同様の指示を僚騎へと出した。……航空無線が欲しいなあ! いちいち手旗を振らなきゃならないのは、ちょっと面倒くさいぞ。

 それはさておき、僕の指示を受けたリューティカイネンくんは翼竜(ワイバーン)を操り急降下をし始めた。気圧が急激に変わったせいで、鼓膜が圧迫されるような感覚を覚えた。即座に耳抜きをしてそれを解消する。

 

「減速します、しっかり捕まって!」

 

 木々の(こずえ)に接触しそうな高度まで降りてくると、リューティカイネンくんは翼竜(ワイバーン)に翼を広げさせて急制動をした。身体が前に向かって吹っ飛びそうになるので、なんとか鞍につかまってそれをこらえる。そのまま、リューティカイネン君は見事な手綱さばきで木と木の隙間を縫って地上へ向かった。

 

「ほう……!」

 

 そこで目にしたのは、樹木に寄り添うように建てられた大量の円錐状の粗末な家屋……竪穴式住居だ。どうやら、ここが"正統"とやらの集落らしい。

 

「しばらく地上で敵をやり過ごす。君は空中待機だ。自衛戦闘は認めるが、積極的に戦う必要はない。状況が落ち着いたら発煙弾で合図する」

 

「了解」

 

 早口で命令を伝えてから、僕は腰の安全帯を外した。そのまま(あぶみ)を蹴り、地上へと降りる。強烈な衝撃を覚悟したが、分厚い苔がクッションになってくれた。ぐるぐると回転して受け身を取り、なんとか停止する。

 

「ウオオ、目が回る……!」

 

 ふらふらしながら、何とか立ち上がった。兜の上から頭を叩きつつ、周囲をうかがう。女の叫び声や剣戟の音が聞こえた。どうやらエルフの村は戦場と化している様子だ。

 

「こりゃ、面白い事になってるじゃないか……!」

 

 やけくそ気味に、僕はそう呟いた。もちろん、皮肉である。まったく、厄介なことになってしまったもんだ。


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