異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
翌朝。夜明け前の薄暗い時間に、僕たちはこっそりと街を抜け出した。やってきたのは郊外に広がる鬱蒼とした森だ。そこに、アデライド宰相らが乗って来たという
「ほう、ほうほうほう! いや、やはり
しかもそれが三頭もいる。見通しのきかない森の中とは言え、なかなかに壮観な光景だ。ちょっとした直線があれば離陸でき、小回りも効く。非常に使い勝手の良い航空戦力である。指揮官としては、こんなにありがたいものもない。
「でしょう?
そう答えるのは、竜騎兵の女性だった。軽量・強靭な魔獣革の鎧をまとい、大きなゴーグルを額に乗せている。地上の騎士とは明らかに異なる格好だ。
挨拶といくつかの社交辞令を交わし、さっさと本題に入る。迅速果断を旨とするのが竜騎兵だ。話が早くて助かる。
「宰相様方をレマ市へ送り、並行してソニア殿を連れて神聖帝国の国境地帯に偵察をかけると……なるほど」
「可能だろうか?」
昨夜の話し合いの結果、そういう事になった。なにしろアデライド宰相は極秘にリースベン領を訪れているわけだから、彼女の名前で書状を出しても偽物だと思われる可能性がある。本人が出向いた方がよほど手っ取り早い。
偵察をソニアに頼んだのは、彼女が写真撮影技術に優れ、さらに地図を製作する技能も有しているからだ。
航空写真を撮れば言葉で説明されるより敵情がわかりやすいし、もし実際に紛争が発生すれば主戦場になるであろう場所の地図は絶対に必要になってくる。あのあたりの地図はまだ僕も持っていないので、一石二鳥というヤツだ。
「前者は簡単ですが、後者はなかなか危険ですな。しかし、私も誇りある竜騎士の一人。不可能とは申しませんとも」
「ありがたい!」
オレアン公の陰謀が順調に動いているなら、そろそろ向こう側も何かしらの動きを見せているはずだ。その辺りを調べ上げないと、対応策を練ることが出来ない。
「本当に私が行かねばならないのか? もう
アデライド宰相が不満の声を上げる。話し合いの時から、彼女は自分がレマ市へ出向くことを嫌がっていた。どうやら、
僕としては、せっかくファンタジー世界に転生したのだから一回くらいドラゴン(まあこいつらはどちらかというとトカゲだが)に乗ってみたいわけで、どうにも羨ましい。立場を代わってくれないものだろうか。……無理だな、現場指揮官が現場を離れるわけにはいかないだろ。悲しい。
「初日なんか、竜騎士殿の背中にしがみついてびえびえ泣いてましたからね、ご主人様。そりゃあいやでしょうね」
そんなことを言うのはネル氏だ。宰相の懐刀である彼女とは、当然僕も面識がある。しかし、主にやたら辛辣なのは相変わらずだな。
「な、泣いてないぞ! 風が目に染みて涙が出ただけだっ!」
「ゴーグルをつけてたのに?」
「……」
黙り込むアデライド宰相に、ネル氏はニヤニヤ笑いを見せた。上司で遊んでやがる……。
「……く、くそお……泣いてなどおらんからな!」
「ならば、こんな簡単なお使いを断るような真似はしませんよね?」
「……わかった! わかったとも! やればいいんだろうが、やれば!」
ヤケクソになって叫ぶ宰相。ネル氏がこちらを見て、ウィンクしてきた。僕としては、苦笑いをして頷くしかない。いや、協力してくれるのは非常にありがたいんだけどね。
オレアン公の策さえ破ることができれば、逆にミスリル鉱山をこちらのものに出来る可能性も出てくる。そうなれば、宰相も大儲けが出来るはずだ。なんだかんだ言いつつもここまで親身に協力してくれるのは、これが理由だろう。
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「う、うむ……しかしこれは貸しだぞ。わかっているな?」
「はあ、もちろん」
借りを作りたくない相手に、山のように借りが出来ていく。まったく世の中ままならないものだな。このまま返済不能になったら、僕はいったいどうなるんだろうか。普通に怖い。
「ところで、このお使いが終わったら宰相はどうするんだ? そのまま王都に帰るのか?」
突然、ソニアが聞いてきた。相変わらずのタメ口だ。
「いや、長期出張ということにしているから、まだこちらに滞在できる時間は残っている。手伝えることもあるだろうから、いったん戻ってくるつもりだが」
「チッ……」
「ええい、どいつもこいつも! 私、宰相だぞ! 偉いんだぞ! みんなして態度が悪いんじゃないかね!」
「申し訳ありません、うちの部下が……」
「い、いや……こいつらの性根が曲がっているのは生まれつきだ、アル君は悪くない」
慌てたように、アデライド宰相が首を左右に振る。偉そうではあっても存外に寛大なのがこの人の長所だ。
「しかし私の心はいたく傷ついた。それを癒すためには何が必要か……わかってるね、君」
が、見直したばかりだというのにアデライド宰相はスススと寄ってきて僕の尻を撫で始めた。今日は鎧を突けていないので、ズボンの上からダイレクトに嫌らしい手つきで触ってくる。
「教育が足りないようだな」
止めてください。僕がそういうより早く、ソニアが宰相の胸倉を掴む。彼女は
「ひん……」
「ソニア副官、気持ちはわかるけど、その人を苛めるのは私の専売特許よ」
「おっと、失礼……」
ネル氏に窘められて、ソニアは胸倉を離した。半泣きのまま、宰相はネル氏の背中に隠れる。彼女はやや馬鹿にした様子で「おーよしよし」と彼女の長い黒髪をワシワシと撫でた。
「ところでご主人様、あまり時間を無駄にしている暇はありませんよ。あまり時間が経つと、街道に人が来るかも」
ネル氏がたしなめた。
この辺りの街道は農民と行商人くらいしか利用しないが、それでも人通りが皆無というわけではない。どこにオレアン公や神聖帝国の目があるかわからないので、発着はできるだけ人目につかないよう行いたいところだった。
「む、むう……」
宰相は唸りながら物欲しそうな顔で僕を見たが、すぐにソニアの方に視線を移すと慌てて両腕を組んだ。
「い、いや、そうだな。うん。では、行こうか」
ソニアが居る限り、積極的なセクハラはできない。ここは退散したほうが吉と判断したようだ。ソニアはクールな表情のまま宰相へ向けてピースサインをした。こいつ……。
「よろしくお願いします。……ソニア、そのくらいにしてくれ。それより、偵察のほうは任せたぞ」
「もちろん。完璧な成果を御覧に入れましょう」
「……無理はするなよ、情報は大切だがソニアの命はもっと大切だ」
自国領であるレマ市へ向かう宰相たちと違い、こちらは明白な領空侵犯だ。危険度は段違いだろう。私人としても公人としても、ソニアの死は絶対に避けたい。
「お任せを」
胸に手を当て、ソニアは深々と一礼する。どこへ出しても恥ずかしくない騎士らしい動作だ。
「しかし、任務が任務ですので、帰投には数日以上かかるでしょう。アル様も、十分ご注意を」
はっきりと宰相の方を見ながら、ソニアはそう言った。