異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
エルフの内戦を終わらせる。この難問を前に、僕は解決策を見いだせずにいた。なにしろ百年近く続いている戦いだ。そう簡単には終わらない。
「……やはり、物理的に引き離すしかないと思います」
ジルベルトは従兵が持ってきた香草茶を受け取り、一口飲んでからそう言った。
「継戦を望んでいるのが上層部だけで、下々は戦いに飽いている……そういう状況なら、簡単ですが。しかし今回の場合はそうではないでしょう。お互いが隣人である限り、戦いを止めることはない気がします」
「それはそうだが……つまり、"正統"を我々の領地に受け入れるということか?」
要するに、オルファン氏の提案をそのまま飲むという事である。確かに戦争を終わらせるにはもっとも手っ取り早い手段だが、問題点も多い。南北に分散していた"新"の戦力が、すべて僕たちの方へ向くというのもなんだか怖いし……。
「はい。幸いにも、リースベンは土地だけは余っていますから。しばらくは食料を融通してやりつつ、彼女ら自身の手で森を
「しかしその場合、我々は"新"の全軍と相対することになる。"正統"に肩入れしたことで"新"の態度が硬化し、前面衝突に至った場合……こちらが不利な立場に立たされるのでは?」
僕が反論するよりも早く、ソニアがそう指摘した。むろん、ジルベルトとて優秀な軍人である。指摘されるまでもなく、その程度のことは理解しているだろう。彼女は香草茶を飲みつつ、少しの間思案する。
「……連中は、半士半農の集団です。内戦が終われば、開墾や農作業が忙しくなって戦うどころではなくなるのでは」
「それは、一理あるかもしれないな」
エルフはその寿命の長さから農兵特有の練度が低いという問題を完全に解決しているが、身体が一つしかない以上は当然限界もある。差し迫った脅威がない限りは、戦いよりも農作業を優先せざるを得ないのだ。
「戦いが終わっても、彼女らの仕事は終わりません。むしろ、本業に専念できるようになるわけです。これほど絶望的な食糧難の状態にあるわけですから、戦う必要がなくなれば食料増産に全力を挙げるはずです」
そこまで言ってから、ジルベルトは執務机に置かれたリースベン半島の地図に目をやった。オルファン氏の持っていた地図の模写だ。原住民が作ったものだけあって、僕たちが以前に使っていた地図よりもだいぶ正確かつ精密にできている。
「それに、敵に二正面作戦を強いることができなくなるというのも、考えようによっては利点になります。外敵の脅威度が低くなる分、エルフたちは少ない兵力で防衛を行えるようになります」
「ほう、それで?」
「そのぶん、農業に振り分けられる人間の数が増えるわけですから……しばらくすれば、食料事情は改善するでしょう。"正統"のみならず、"新"に対する食糧援助も、段階的に減らすことができるわけです」
なるほどな。確かにそれはそうだ。みんなが戦士として戦っているせいで、農業をする余裕がない。これが、今のエルフ社会が抱える最大の問題だ。外圧が減れば、その問題は解決する。
「合理的に考えれば、当然そうなるだろうな。……合理的に考えれば、だが」
その形の良い眉を跳ね上げてから、ソニアはため息交じりで言った。そして香草茶で口を湿らせ、続ける。
「連中は根っからの蛮人どもだ。合理的な判断をしてくれるだろうと期待するのは難しいかもしれない」
うううーん、ソニアの言うことも一理あるなあ。先日の襲撃時の"新"側雑兵、だいぶヤバかったもんなあ。死に場所を求めてるとしか思えないような暴れっぷりだった。あんな連中が戦いを止められるのかと聞かれれば、僕だって首をかしげざるを得ない。
だが、その辺りを検証するために捕虜のリケ氏で実験してるわけだからな。結論を出すのは、まだ早かろう。実際、満腹になった彼女は比較的おとなしくしているわけだし。
「とはいえ、エルフが理性もないただの暴れたがりの獣だと仮定してしまえば、もはや戦う以外の選択肢はなくなってしまうぞ。いっそ、一戦二戦くらいは覚悟したうえで、理性的なエルフやカラスたちがこちらにつくように動いたほうが良いかもしれない」
"新"が強気に出られるのも、兵力が多いお陰だからな。内部で分断してやれば、対処のしようもあるかもしれない。それに、森林戦のノウハウは圧倒的にエルフのほうが多いわけだしな。エルフ勢力の一部をこちらで吸収するというのは、悪いアイデアではないだろう。
むろん我がリースベン軍も森林での戦闘力を高めるべく、猟師などを教員にして特別訓練を行っているわけだが……正直、エルフに対抗できるレベルではないからなあ。いっそ、森林猟兵としてエルフを直接雇用するというのは悪くない。
幸いにも、"正統"は比較的こちらに好意的だからな。土地を与える代わりに軍役を課すという契約には、簡単に応じてくれるだろう。そもそもリーダーであるオルファン氏自身が、そういう提案をしてきてるわけだし。
「とりあえず、いったん"正統"を取り込む方向で考えてみようか」
正面からエルフと戦争をする事態を避けたい以上、僕たちが取れる方針は融和策だけだ。強硬論に舵を切るのは、話し合いで解決できない事態に陥ったときのみである。もちろん、それはそれとしていざという時のために戦争の準備はしておくがね。"汝平和を欲さば、戦への備えをせよ"というやつだ。
「しかしその場合、放棄されるであろうラナ火山付近の土地をどうするかという問題がある。あのあたりは、できればオルファン氏らが領有したままにしておきたいんだが」
石油さえなければ、別に捨ててもらっても全然かまわないんだけどな。しかし、幸か不幸かあのあたりは石油の宝庫である。適当に捨て置くわけにはいかないし、エルフの窮地に付け込んで僕たちのほうで回収してしまえば、将来的な遺恨になりかねない。かなり扱いが難しい土地だ。
「……その、なんですか? せき、石油? とかいう油は、現状ではあまり役に立たないわけでしょう、アル様」
少し考えこんでから、ソニアはそう聞いてきた。
「ああ、まったく無益という訳ではないがね。とはいえ、石油は加工に手間がかかる。まともに利用できるようになるまでには、年単位の時間が必要になってくるだろう」
蒸気機関すら作れない現状の技術力では、ガソリンや軽油なんかあっても仕方ないしな。石油から作ることができる化学薬品類は役に立つだろうが、それだって別に今すぐ確保しなければならないほど重要なものではない。
「……では、こういうプランはどうでしょう。"正統"にはこちらの土地を与え、対価として軍役を提供してもらう。その上で、ラナ火山付近の土地は書類上彼女らのものとし、こちらに貸し出してもらう」
「ほう、租借ですか」
ジルベルトが頷く。租借というのは、要するに国家間で行う土地の貸し借りだ。
「ええ、その通りです。一時的にでもラナ火山が我々のものになれば、"新"は手を出してこないでしょう。……彼女らが合理的に判断してくれさえすれば」
チクリと刺してくるなあ。まあ、ソニアはエルフ連中をあまり信用していない様子だ。こればっかりは、仕方あるまい。気に入らない方針でもキチンと真面目に意見を出してくれる辺り、ソニアは本当によくできた副官だ。
「しかし、飛び地なんか借りてもな。とてもじゃないが、防衛なんかできないぞ」
本領の防衛だけで精いっぱいなんだよなあ、リースベン軍じゃ。たとえ新兵の練兵が完了しても、飛び地を管理できるほどの余裕はないだろう。
「実際に防衛する必要はありません。名目だけあれば良いのです。降灰のせいであのあたりの土地は耕作にはまったく適していませんし、石油とやらもエルフにとってはただの油です。我々と事を構えてまで欲しいような土地ではないでしょう」
「なるほど……」
さすがはソニアである。僕は思わず感心した。
「そして、"正統"がある程度安定してきたら、ラナ火山は彼女らに返却する。こうすれば、我々は収奪者というそしりを受けずに済みます」
「流石はソニアだな、良いアイデアだ」
特に、租借というアイデアが良い。租借料として、食料を送ることができるからな。オルファン氏は一方的にモノを恵んでもらうだけの関係を嫌っている。しかし、正当かつ公平な取引であれば、喜んで応じてくれるだろう。
それに、ラナ火山を一時的に領有できるとあれば、僕たちにもそれなりのメリットがある。石油は確かに短期的には役に立たないが、あそこには別の資源も眠っている。火山につきものの物質、硫黄だ。なにしろ僕らの主力兵器は銃や砲だからな。火薬の原料になる硫黄は、いくらあっても足りないくらいだ。
「そういう方向で、オルファン氏に一度打診してみよう」