異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
アデライド宰相やソニアを見送った僕を待っていたのは、忙しくも退屈な仕事達だった。参事たちが応援を寄越してくれたとはいえやはり人手不足には変わりないし、この仕事に慣れている人間も一人もいないと来ている。自然と、僕はつまらない仕事に忙殺される羽目になった。
代官や領主の仕事というのは、ヤクザによく似ている。暴力を背景に縄張りの中のトラブルを解決し、よそのヤクザ(別の貴族)の暴威から住人を守る。そしてその対価としてショバ代(税金)をもらう。ショバ代だけ受け取って、自らの義務を果たさないものもそれなりに居る、という部分もヤクザと同じだ。
そういう訳で代官である僕の元には、
「裏路地で勝手に野菜を栽培しているヤツがいる」
だの
「放し飼いにしていたブタを隣家が勝手に食べてしまった」
だの
「レマ市へ向かう街道に盗賊が出現し、通る者を見境なく襲っている」
だの、しょーもないものから早急に対処すべきものまでさまざまな陳情が上がってくる。小さな町とはいえトラブルの種は尽きず、僕の胃はキリキリと締め上げられた。現実的な脅威が目の前に迫っているというのに、日々の業務で手一杯になってそれらへの対応が遅れるのは、ひどく苦痛だった。
溜まったストレスはヴァルヴルガ氏の子分……リス獣人のロッテに餌付けすることで解消していたが(両手でクッキーをもってカリカリ食べてる姿が滅茶苦茶かわいいんだよ、この娘)、それにも限度がある。
「そうか、帰って来たか!」
三日後、部下からの報告を聞いた僕は飛び上がらんばかりに喜んだ。偶然にも、二人(とネル氏)はほぼ同時にカルレラ市に帰還した。
偵察任務のソニアはともかく、宰相たちの行ったレマ市は
とにかく早く報告を聞きたい僕は、やっていた書類仕事を急いで片付けると尋問室へと向かった。
「只今戻りました、アル様」
尋問室へ入ると、即座にソニアが立ち上がって一礼した。その胸には、ヒモでつられた
「ああ、よく無事に戻ってくれた、感謝する。……アデライド、大丈夫ですか?」
ソニアに笑顔を向けてから、アデライド宰相の方を見る。彼女は、テーブルの上にでろんと身を投げ出していた。顔は真っ青で、プルプルと震えている。
「大丈夫ではない……やはり
どうも、
「ええと、その……落ち着かれるまでちょっと待ちましょうか。先に、ソニアの方の報告を聞いていますので」
今のアデライド宰相には、喋っているとそのまま胃の中身をぶちまけてしまいそうな危うい雰囲気がある。若干心配だが、それよりも偵察の結果が早く知りたい。今はそっとしておこう。
「上司が苦しんでおるのだぞ、背中くらい撫でてくれんのかね、君ぃ……」
「はいはい、もちろん謹んで撫でさせていただきます」
苦笑して、その通りにしてやる。筋肉がついていないのがはっきりとわかる、すべらかな背中だった。そのまま、ソニアの方へ視線を向ける。
「偵察の結果ですが」
宰相を恨みがましい目で見ながら、ソニアは口を開く。こちらは顔色一つ変えていない。三日に渡る偵察任務の直後だというのに、疲れた顔ひとつしていないのはさすがというほかないな。
「やはり、戦争準備を始めているようです。具体的に言えば、我がリースベン領に隣接した領地をもつ、ディーゼル伯爵家の軍ですね」
「さすがに皇帝軍は出てこないか」
お隣の神聖帝国は、僕たちのガレア王国以上に地方領主の力が強い事実上の連邦国家だ。全面戦争などの余程の事態が起こらない限り、皇帝は出張ってこない。
「はい。何人か捕まえて尋問しましたが、ディーゼル伯爵は同盟した領主や皇帝にはこの件を知らせていないようです。おそらく、リースベン領など自分だけで攻略できると思っているのでしょう」
「パイを分配する相手は少ないほどいいだろうからな」
オレアン公も、神聖帝国軍の主力が出張ってきたら自分の陰謀が滅茶苦茶になってしまうことは分かっているはずだ。戦争を起こすにしても、地方領主同士の小競り合い程度で終わるよう調整しているだろう。
というか、尋問とかやったんだな。危険な橋はあまりわたってほしくないが……流石に上空から見ただけではわからないことも多いだろうから、これは仕方がないか。
「飼い葉や食料品を運ぶ荷馬車を大量に目撃しましたので、戦うつもりがあるのは間違いありません。近日中に準備を終え、こちらへ進軍してくるものと思われます」
「予想通りと言えば予想通りだが、あまり良くないな。早急な対処が必要だ」
向こうは伯爵様だ。こちらのまともな戦力は騎兵二個小隊(馬無し)とその従士隊くらいしか居ないので、対策なしでぶつかれば一瞬で摺りつぶされる。特に馬を奪われたのが厳しい。これを見越して、前代官エルネスティーヌ氏はあんな事件を起こしたのだろう。
「とりあえず、撮れるだけの写真はとってありますし、簡単な地図も作っておきました。ご活用を」
「助かる」
アデライド宰相の背中を撫でる手を止め、ソニアから何枚もの紙を受け取った。地図が手に入ったのは非常にありがたい。これがないと、まともな作戦すら立てられないからな。簡単な地図でも、あると無いとでは大違いだ。
「写真の方もすでに現像に回しています。明日の朝には出来上がっているでしょう」
「よくやった、流石ソニアだ」
僕の言葉に彼女は珍しくにっこりと笑い、深々と頭を下げた。
「もちろん、貴方の副官ですから」