異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
僕は軽く息を吐きながら、酒杯の芋焼酎を飲み干した。ロリババアからセクハラを受けるのは心地が良いが、あまり調子に乗っているとソニアに心配をかけてしまう。スケベ方向に傾いていた思考を、真面目な方向へ修正する必要がありそうだ。
「しかし……いいな、この酒は。すっかり気に入ってしまった」
「そうじゃろうそうじゃろう
ニコニコと笑いながら、ダライヤ氏は陶器製の大きな徳利(いわゆる貧乏徳利に似た酒器だ)から僕の酒杯へ芋焼酎を注いでくれた。礼を言ってから、もう一口飲む。前世で愛飲していた日本製芋焼酎よりも随分と芋臭く雑味も多い代物だが、これはこれで趣があって良いと思う。
「……エルフとの交流が本格的になってきたら、蒸留所を建ててうちでも生産できるようにしようかなあ」
芋臭い香りを胸いっぱいに吸い込みながら、僕はぼそりとそう呟いた。すると、ダライヤ氏がにぱっと破顔する。普段の皮肉げな胡散臭い笑みではなく、本心から喜んでいるのがはっきりとわかる笑顔だった。
「おおっ! それは誠か!?」
「どうせ、蒸留所は作るつもりだったからな」
僕は頷きながら、芋焼酎を舐めるように飲んだ。ちなみに、蒸留所を作ろうとしているのは僕が呑兵衛だからではない。むしろ、飲用以外の用途でアルコールを必要としているからだ。高濃度アルコールはそのままでも消毒液として使えるし、小銃や大砲の撃発に使う特殊火薬の原料にもなる。
そんな重要な物資の一つであるアルコールは、やはり自前で生産できるようにしておいた方が良い。軍事物資は基本的に自給すべしというのが、僕の信条だ。
「あとは、何を主な原料とするかだが……麦やブドウは、リースベンの風土にはあまり合っていない作物だ。ならば、大量供給が見込める
「確かにそれはそうじゃのぅ」
自身の酒杯を満たすブランデーをちらりと一瞥しつつ、ダライヤ氏は頷いた。ちなみに、
「蒸留所を建てる時は、ぜひワシらにも協力させておくれ。もはや、ワシらエルフェニアは大規模な蒸留所をひとつも保有しておらんからのぅ。簡易的な蒸留器では、やはり質も量も期待できん……」
憂いを秘めた表情で、ダライヤ氏は息を吐いた。この人も、なかなかの呑兵衛みたいだからな。愛飲していた酒がほとんど生産できなくなっている現状には、やはり思うところがあるのだろう。
うさん臭い所のあるダライヤ氏だが、こういう部分は信頼しても大丈夫なように思える。……まあ、今のエルフたちの暮らしぶりを見れば、現状を憂うのも当然か。自力救済が難しい以上は、最寄りの隣人に助けを求めるのも致し方のない事だろう。
「むろん、その時はよろしくお願いしたい」
こういう平和的な交流なら、いくらでも推進していきたいところなんだけどなあ。そう簡単にうまくいかないのが現実のイヤなところだ。僕は少し息を吐いてから、ブランデーの水割りをうまそうに飲んでいるダライヤ氏の方をチラリと見た。
「……今のリースベンの民からすれば、はっきり言ってエルフたちは迷惑な隣人だ。食料を奪い男を攫い、まさに敵以外の何者でもない」
「うむ……」
悲しみもせず、怒り出すでもなく、ダライヤ氏は穏やかな様子で小さく頷いた。
「しかし……将来的には、もっとも近く、もっとも親しい友だと。そう胸を張って言えるような、素敵な関係を目指していきたいところだな」
「そうじゃな、まったくの同感じゃ。しかし……」
にっと笑って、ダライヤ氏は僕の左手を優しく握ってきた。
「なんなら、もっと近い関係を目指すのも悪くはない。例えば、家族とか夫婦とか……のぅ?」
「……」
手を握ったまま、ダライヤ氏はそのちっちゃい指で僕の手の甲をさわさわと優しく撫でる。なんだかイヤらしい触り方だ。どこぞの宰相のせいでかなりのセクハラ耐性がついている僕だが、相手は色事とは全く無縁に見える妖精じみた容姿のロリだ。自然と、心臓の鼓動が早くなってしまう。
なんか、普通に口説かれてない? 僕。うわあ、普通にクラッときたぞ。……い、いや、しかし……自意識過剰の可能性もあるのでは……? こと男女関係においては、僕の感覚はまったくの役立たずだからな……。
「しかしだ」
そんなこちらの困惑などまったく気にしていない様子で、ダライヤ氏は素早く手を引っ込めた。そして真剣な表情になり、続ける。
「エルフのすべてが、そのように考えているわけではない。"新"の中枢である元老院ですら、それは例外ではない」
「……ほう」
いきなり真面目な話になってきたぞ。ほとんど無意識に脳内が仕事モードになり、早鐘を打っていた心臓もあっという間に平常運転に戻ってしまう。我ながら、切り替えが早すぎる。せっかくロリババアと飲酒してるんだから、もうちょっといい気分に浸っていたかったのに……。
「とくに、長老衆のヴァンカは危険なヤツじゃ。あの女は夫子を"正統"の攻撃で失い、強い憎しみを抱いておる。エルフェニアの未来よりも、己の復讐心を優先しておることは間違いない」
わあお、既婚者かよ。子供が出来ると加齢が始まるエルフの特性を考えれば、子を失った時の悲しみや喪失感は
「要注意人物と」
「うむ。オヌシは"正統"との和平を仲介しようとしているワケじゃろう? ヤツからすれば、面白くないどころの話ではないハズじゃ。当然妨害はしてくるじゃろうし、場合によっては直接的に牙を剥いてくるやもしれぬ……」
ため息をついてから、ダライヤ氏はヤケになった様子で水割りブランデーを一気に飲み干した。ぷはあと酒臭い息を吐いてから、さらに言葉を続ける。
「むろん、ワシもヤツはできるだけ抑え込むつもりではいる。しかし、まあ……はっきりいって、効果は薄かろうて。
ぺこぺこと弾を下げながら、ダライヤ氏はそう説明する、他人事ながら、ひっでぇ内情だなあ。国を名乗ってるけど、もはや山賊団と大差ない気がする。……穏当な人間は長い戦乱で淘汰されちゃったんだろうなあ。
それに、エルフどもはどいつもこいつも飢えている。腹を空かせると、人間どうしても気が荒くなっちゃうからな。奴らを大人しくするには、やはりいったん腹を満たしてやる必要があるだろう。建設的な話をするのは、それからでも遅くない。
衣食足りて礼節を知る、という言葉もある。飢えて頭が回らなくなった連中に対して、怒ったり失望したりしてはいけない。そういうもんだと諦めて、じっくり腰を据えて付き合っていくしかないのさ。それが、前世の僕がアフリカや中東で得た教訓だ。
「ワシとしては、"正統"とはさっさと和睦すべきじゃと思うんじゃがのぅ。むこうのフェザリアも、同じ考えじゃろう。あやつは、エルフの
フェザリアというと、"正統"のリーダーのオルファン氏のことだな。そういえば、ダライヤ氏はもともと彼女の教育係だったという話だ。こうして敵味方に別れてしまった後も、お互いを信頼し続けているわけか。なんともお辛い話だ。
「なんにせよ、オヌシが平和を望むのであれば、ワシは協力を惜しまん。しかし、増えるのは味方ばかりではない。ゆめゆめ油断せぬことじゃ」
「味方が増えれば敵も増える。厄介な話だ」
あー、やだやだ。僕、こんど"新"の本拠地に行くことになってるんだよなあ。しかも三者会談の予定だから、当然オルファン氏もやってくるわけだ。反"正統"派からすれば、絶好の攻撃チャンスじゃないか。どう考えても、なんか仕掛けて来るぞ。本当に勘弁してくれよ……。
「頼りにしているぞ、ダライヤ殿。我々は比翼の鳥、運命共同体だ。リースベンとエルフェニアが無二の友となるために、まずはトップ同士模範を示していこうじゃないか」
「……うむっ! 任せておけ!」
裏切るなよと釘を刺したつもりなのだが、ダライヤ氏は満面の笑みで頷いて見せた。……まさか、言葉通りの意味で取られたわけじゃないよな?