異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第239話 くっころ男騎士と隣国

 どうやら、ディーゼル伯爵家な神聖帝国国内の、他の領主からの侵攻を警戒しているようである。実際神聖帝国ではこの手の内輪もめは日常茶飯事であり、杞憂であるとも言い難い。

 僕たちとしても、ディーゼル伯爵家が滅んでしまうのは困る。伯爵家を屈服させるまでには、少なくない量の血が流れたわけだからな。リースベン戦争で亡くなった部下たちの死を無駄にしないためにも、この我々にとって都合の良い関係が水泡に帰すような自体は避けねばならない。

 

「そちらの要望はわかりました。しかし、今日明日に結論を出せる問題ではありませんね」

 

 僕は豆茶を一口飲んでから、元ディーゼル伯爵ロスヴィータ氏にそう答えた。他国の内紛に武力介入とか、そういうのはマジで勘弁願いたいだろ。しかも、今はエルフの内紛を調停している真っ最中なわけだし。この上さらに厄介ごとを抱え込むのは普通にムリだ。

 しかも、神聖帝国はエルフェニアと違って広くて人口も多いからな。防衛戦争とはいえ、下手に介入すると大戦争に発展する危険性もある。ガレア王国でも領邦領主にはある程度の独自外交権が認められているが、流石にこの案件はその範疇を逸脱しているように思われる。

 

「まあ、そりゃわかってるさ。大丈夫、緊張が高まっているといっても、侵攻の兆候をつかんだとかそういうマジでヤバいレベルの話じゃあない。まだ外交戦の段階だよ」

 

「多少なりとも、猶予はあると」

 

「ああ。まあ、もちろん出来るだけ早く結論を出してほしいのは確かだがね」

 

 さすがに、緊急性のある話ではないらしい。僕は内心安堵のため息を吐いた。エルフに対処しつつディーゼル伯爵家の問題にも手を出すなど、絶対に不可能だ。しかしたとえ参戦せずとも、隣の領地で戦火が上がり始めればこちらとしてもある程度の対応は必要になってくる。

 とはいえ、わかっているリスクを放置するわけにもいかないしなあ。ズューデンベルグ領が不安定化するのはマズイ。あそこからの食料供給が途絶えれば、エルフどもを食わせていくなど絶対に不可能になってしまう。なんとしても、戦争が起きないよう手を打たねばならない。

 そういうこちらの事情を理解したうえで、ロスヴィータ氏はこの話を打診してきたんだろうな。まったく油断も隙も無いったらありゃしない。

 

「しかし、我々リースベンが神聖帝国内部の戦争に関わるのはあまりにもリスクが高い。これは、完全に僕の職権を逸脱している案件です」

 

 とはいえ、これは神聖帝国内部の問題だからなあ。僕らが介入すれば、かなりマズイ事態になってしまうかもしれない。下手すりゃ王国と神聖帝国の全面戦争に発展するリスクもある。流石にそれは避けたいだろ。

 

「わかってるさ、そんなことは。ただ、まだ戦争が起きると決まったわけじゃあないからな。リースベン戦争やガレアの王都で起きた内戦のせいで、ブロンダン殿の武勇は諸国に鳴り響いている。我らが同盟すれば、好んで手出しをしようという輩はあまり居ないんじゃないかと思うがね」

 

 我らがリースベンを番犬代わりに使うことで、野心を持った周辺領主を牽制したい……それがロスヴィータ氏の狙いのようだ。まあ、武勇云々はさておいても、現在のリースベン軍は城伯の私兵とは思えないほど充実しているのは確かだからな。ある程度の抑止力にはなろう。

 しかし、抑止力が上手く機能せず、戦争が始まる可能性だってあるわけだからな。領主としては、楽観して安請け合いするような真似だけは絶対にするわけにもいかない。難しい所だ。

 

「……とりあえず、上司に相談してみましょう。あまり期待されても困りますが」

 

 こういう時は、上司に丸投げするに限る。幸い、アデライド宰相は近いうちにリースベンにやってくる予定だからな。その時に、ロスヴィータ氏やディーゼル家の幹部と直接話しあって貰えば良いだろう。

 だが、上層部ってやつは基本的に腰が重いものだからな。あれこれ話し合いをしているうちに、事態がマズイ方向へ転がっていく可能性もある。そうならないよう、現場でもある程度の保険はかけておくべきだろう。そう判断して、僕はさらに言葉をつづけた。

 

「とはいえ、要するに一番の問題は伯爵軍の兵力が不足していること……ですよね?」

 

「まあ、はっきり言えばそうだ。リースベン戦争の死傷者数は異常だった。戦力が元通りになるには、何年もの時間が必要になる。言っちゃなんだが、この提案はあたしらの戦力が回復するまでの時間稼ぎみたいなもんだ」

 

 何とも言えない表情でロスヴィータ氏は言う。まあ、彼女の子飼いの騎士をぶっ殺しまくったのは僕たちだからな。少々言いづらい部分はあるだろう。

 

「なるほど。では、傭兵で穴埋めするというのはどうです?」

 

「兵も居ないが金もないんだ、ウチは。どこかの誰かさんに多額の賠償金を払っているからな……」

 

 ジト目になって、ロスヴィータ氏が指摘する。……講和会議ではアデライド宰相が獅子奮迅の活躍を見せてたからなあ。賠償金も、相場よりも随分と多くむしり取っていた。そりゃ、金欠にもなるか。

 

「大丈夫、カネではなくメシで動く兵隊にツテがあります」

 

「……なるほど?」

 

 いかにも猛将といった風情のロスヴィータ氏だが、元領主ということもあり決して単なる脳筋ではない。こちらの言いたいことは、すぐに察してくれたようだった。

 要するに、ズューデンベルグ領にエルフを派遣するということである。三食食い放題という条件で募集すれば、おそらく少なくない数のエルフが応じてくれるはずだ。口減らしにもなって、一石二鳥である。こんどの三者会議で提案してみることにしよう。

 

「それはありがたい、よろしく頼もう。……が、保護契約のほうも、とりあえず宰相殿に相談だけでもしてくれないだろうか? 後悔はあと先に立たない。できるだけ、万全を期しておきたいからな」

 

「まあ、相談するだけなら……」

 

 実際、ディーゼル家が滅ぶのは困るしな。上司に取り次ぐくらいは、やってもいいだろう。僕はしっかりと頷いた。

 

「ありがたい!」

 

 にっこりと笑ってから、ロスヴィータ氏は豆茶を一気に飲み干した。

 

「まあ、こちらの話はそこまで急がなくても大丈夫なんだが……そっちはなかなか急を要しているわけだろ? 支払いに関してはツケでいいから、出来るだけ早くそちらに回せるよう手配しておくよ」

 

「ご配慮に感謝いたします、ロスヴィータ殿」

 

 なんだかんだいって、ロスヴィータ氏はこういう面ではとても話の分かる相手である。僕はほっと息を吐いてから、彼女に一礼した。

 

「なあに、あんたはあたしにとっちゃ息子も当然。これくらい、何ともないさ」

 

 にやりと笑って、彼女はそんなことを言う。……息子、ねえ。ものの例えだよな? なぜだか罠に嵌められているような心地がしてきたのだが、たぶん気のせいだろう。

 

「はあ、しかし……久しぶりに真面目な話をしたから、肩が凝っちまった。領主は引退したんだがね」

 

「ハハハ……ご苦労様です。気晴らしついでに、今夜飲みにでも行きますか」

 

 ロスヴィータ氏はかなりの酒好きで、エルフ案件が本格的になる前はよく一緒に酒盛りをしていた。まあ、飲み友達といっても過言ではないくらいの関係ではある。この頃忙しくて、なかなか飲み会をする時間も取れなかったが……たまにはいいだろう。そう考えての提案だったのだが……

 

「いや、悪いが付き合えない。しばらく禁酒する予定でな」

 

「……えっ!?」

 

 こ、このウワバミ大酒のみが禁酒!? 僕は思わず、豆茶のカップを取り落としそうになった。天地がひっくり返っても、この人が酒を断つのはあり得ない。そう思っていたのだが……。

 

「そりゃまた、一体どうして? いきなり、健康に目覚めでもしたんですか」

 

「いや、ちょっと」

 

 にへらと笑って、ロスヴィータ氏は己の腹をさすった。

 

「ガキが出来ちまったみたいでな」

 

「ワアオ……」

 

 いきなりの告白に、僕は椅子から転げ落ちそうになった。


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