異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
「いよっっっっし!!」
わたし、ジルベルト・プレヴォは歓喜していた。ダイニング・ルームから退室したとたん、喜びをこらえきれず右手をグッと握ってそう叫んでしまう。デート、主様とデートである。勇気を出して誘った甲斐があったというものだ!
主様にどうアプローチしようか悩んでいるうちに、気付けば数か月が経過していた。当然ながら、この間に進展は全くなかった。ソニア様とこそこそ猥談をするだけの、わびしい毎日である。しかし、このたびやっと一歩を踏み出すことができた。小さな一歩ではあるが、それでも進展は進展である。
「あまり大声を出すと、アル様に聞かれてしまうぞ」
一緒に出てきたソニア様が、あきれた様子でそう忠告する。わたしは思わず赤面して、自分の口元を抑えた。
「まったく……」
ため息を吐いてから、ソニア様は少し苦笑した。それからわたしの肩を叩き、言葉を続ける。
「話しておきたいことがある。一杯付き合ってくれるか?」
「え、ええ、ハイ。もちろん」
……冷静に考えると、ソニア様はかなり強火のアル様ガチ勢。そんな彼女の前で主様をデートに差そうなど、軽率ではなかっただろうか? ヤキを入れられるのではないかと少々怯えつつも、わたしは頷くことしかできなかった。
「待たせたな」
それから、十分後。わたしはソニア様の自室に居た。主様の居室の隣にある、あの部屋である。そういえば、ソニア様はこの部屋ののぞき穴をキチンと封鎖したのだろうか? ……この方のことだから、むしろ塞いでいるはずがないという確信があった。
それはさておき、肝心のソニア様である。部屋にはいってからしばらくの間、枕元のキャビネットをゴソゴソと漁っていた彼女だったが、やっとお目当てのものを発見したらしい。一本の酒瓶を、テーブルの上にデンと置いた。
「これは……」
私にも見覚えのある銘柄だった。西の島国、アヴァロニア舶来の高級ウイスキーだ。
「わたしの記憶が確かならば、ソニア様はそれほどお酒を好まれなかったハズ。どうしてこのような高価なものを……どなたかからの贈り物でしょうか?」
「いや、その……アル様が美味しそうに飲まれていたので、わたしも試しに買ってみたのだが……思った以上にキツくて、放置せざるを得なくなったのだ。まあ、来客用だな」
「そ、そうですか……」
こういう、妙なところで可愛げがあるのがソニア様の面白いところだ。笑いをこらえつつ、手酌で酒杯に注ぐ。ガレアでは水などで割って飲むものも多いウイスキーだが、本場のアヴァロニアではストレートが基本だという話だ。まずは、そのまま行ってみることにしよう。
「その、それでは、いただきます」
「ああ。……処理しきれなくてこまっているんだ。好きなだけ飲んでくれ」
「ええ……」
ちょっと困惑しつつも、ウイスキーを口に含んでみる。……鼻の奥に、強烈な磯の香りと炭火のような風味が流れ込んだ。思わずむせそうになり、あわてて水で流し込んだ。こ、これは……なんだ? 本当に酒なのか? 薬のような風味もするのだが……
「凄いだろう? アル様はこれを、喜び勇んでお飲みになられるのだ。正直、お酒の趣味に関しては全く理解できない部分がある……」
そう語ってから、ソニア様は自らもこの酒だか異臭のする薬品だかわからないようなウイスキーを少しだけ飲んだ。そして涙目になりながら、水をがぶ飲みする。どうやら、ヘンな酒でわたしに嫌がらせをしているわけではないようだ。本気で処理に困っている様子である。
「しょ、正直、これはちょっとキツいですね……それこそ、主様に差し上げればよろしいのでは……?」
本当に主様は、このような酒を好まれているのだろうか? さすがにちょっと、信じがたい。確かに飲みにくい酒というものはそれなりに存在するが、これは常軌を逸しているように思える。
「それも検討したのだが……正直に『キツ過ぎて飲めませんでした』と申告するのは恥ずかしいし、さりとて嘘をつくのも申し訳ないし……」
「盗撮の方がよほど主様に申し訳ない所業ですよ、ソニア様」
「……」
無言で唇を尖らせてから、ソニア様はウイスキーを口に運んだ。そしてむせた。やはり、この酒はそのまま飲むのはあまりにも危険である。せめて、水で割らねばなるまい。……というかソニア様、すでに顔が真っ赤になりつつあるな。下戸なのにウイスキーなど飲むから……
こうなれば、この酒はわたしが処理するしかあるまい。わたしは腹をくくって、酒杯に水を追加で注いだ。きちんと薄めてやらないと、大量に飲むのはムリだ。
「それで……今回は一体、どういったご用件でしょうか?」
こほんと咳払いをしてから、わたしは本題に入った。雰囲気からして、ヤキ入れの類ではなさそうなので密かにほっとしている。
「ああ……アル様の遠乗りの件だ。浮かれている様子なので、すこし諫めておこうと思ってな」
わたしに倣って酒杯に水を注ぎつつ、ソニア様はそう言った。
「エルフどもも含め、アル様の身柄を狙うものは少なからず居る。わたしが同行できない以上、頼りになるのは貴殿だけだ。浮ついた気分になるのは理解できるが、あまり油断せぬようにな」
「……それは、もちろん。どうぞわたしにお任せください」
事実上のデートとはいえ、あくまでわたしは護衛である。あらゆる危険から、主様をお守りする義務がある。もちろん、わたしとしてもそのお役目をないがしろにするつもりはない。
「うむ、それでよし。……言いたいことは、それだけだ」
「な、なるほど……」
思った以上にあっさりしていたので、わたしは少し拍子抜けしてしまった。嫌味のひとつでも言われるのではないかと思ったのだが……。
「しかし、その……よろしいのですか? わたしが、主様と仲良くして」
「良いも悪いもない」
ソニア様は即座に首を左右に振った。
「今のリースベンには、アル様とわたしの代理を務められる人間は貴殿しか居ない。つまり……」
「つまり?」
「わたしがアル様と二人っきりの休暇を過ごすには、貴殿に頑張ってもらうほかない」
「……ああっ!」
なるほど、それで合点がいった。わたしは思わず手をぽんと叩いてしまう。要するに、ソニア様は「お前がデートに行くのは認めてやるから、次はわたしのデートに協力せよ」と言っているわけか。
「困っていたのだ。わたしの代理がいなくて……ジョゼットの奴は一向に責任ある立場に付こうとしないし……」
ぶつぶつと愚痴りつつ、ソニア様はウイスキーの水割りを飲む。ジョゼットというと、主様たちの幼馴染騎士の一人だったか。確か、王都の戦いでは主様の補佐を担当していた記憶がある。
「宰相だの司教だのの影響を排除しつつ、この領地を運営していくには……我ら二人がしっかりと協力して、アル様を盛り立てていく必要があるのだ。……この意味が解るな?」
ソニア様はすでにすっかり酔っぱらっている様子だった。まだ、酒杯の中身は半分も減っていないというのに……やはり、この方にはお酒は飲まさない方が良いのではないだろうか。
「そ、それは、まさか……」
「うむ。……むろん、アル様が認めればの話だが」
どうやら、ソニア様はわたしと自分で主様を共有するプランを考えている様子である。ガレア王国では亜人と
驚くわたしなどお構いなしに、ソニア様はがぶがぶとウイスキーの水割りをのんだ。そして、ぷはあと磯と煙の混ざった臭いの息を吐く。いや、いやいやいや、下戸がこの勢いで酒を飲むのは不味いぞ。流石に止めた方が良いのではないかと思ったが、行動に移すまえにソニア様は言葉をつづけた。
「貴殿には、期待しているのだ。実のところ、わたしは己が色ボケの変態である自覚はある……。なにしろ、あの女の娘だからな……あの女と同じように暴走して、アル様を傷つけたり嫌われたりするのが、ひどく怖い……そんなことになる前に、わたしを止めてくれる人間が欲しいのだ……」
すっかり酔っ払いの口調になってしまったソニア様は、そう主張する。若干要領を得ない部分はあるが、ようするにソニア様はわたしにストッパー役を期待しているらしい。どうも、ソニア様はわたしをずいぶんと買ってくれている様子である。じんわりと、胸が熱くなるような心地がした。
しかし、あの女の娘、か……むろん、これはスオラハティ辺境伯のことだろう。王都で、主様が辺境伯の屋敷で一夜を明かしたことを思い出す。あの時、主様は何事もなかったと説明していたが……。
「……」
忌まわしい想像が脳内に浮かび、わたしは慌てて首を左右に振った。水割りを一気に飲み干し、酒精の力で悪い気分を吹き飛ばそうとする。
「貴殿がいれば、わたしはやっと前に進める気がするんだ。だから……」
そんなわたしのことなどお構いなしに、ソニア様はつらつらと言葉を重ね続けた。……どうやら、今夜一晩はずっとこの酔っ払いの相手をせねばならないようだな。しかし、悪い心地ではない。少し苦笑してから、わたしは自分の酒杯にウイスキーのお代わりを注いだ。