異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第245話 くっころ男騎士とエルフ忍者

 虚無僧エルフと忍者エルフの戦いは、一方的なものとなった。虚無僧エルフたちの練度はあからさまに低く、新兵同然とまでは言わないにしろエルフ特有の老練かつエキセントリックな戦いぶりからは程遠い有様だ、対する忍者エルフたちはまさに精鋭といった動きで、巧みに虚無僧エルフ兵を追い詰めていく。

 結局、十分もしないうちに虚無僧エルフどもは制圧されてしまった。大木の木陰から様子をうかがっていた僕たちに向かって、忍者エルフの一人が手を振ってくる。

 

「もし! もし! ご無事じゃしか!」

 

 至極友好的な声のかけ方である。状況から考えるとこちらを援護してくれたとしか思えないわけで、少なくとも敵ではないのだろうが……なにしろ怪しい連中である。素直に信用して良いものか、やや疑問だな。

 

「どうしたものか。なかなか素直に信用しづらいような風体をしたやつらだが」

 

 ジルベルトの方を見て、僕は聞いてみる。彼女は、何とも言えない微妙な顔をしていた。怒りが不完全燃焼してしまった表情だ。虚無僧エルフどもは自分の手で倒したかった、そう言わんばかりの態度である。

 

「……事情を聴いてみるくらいはしても大丈夫ではないかと。こちらに危害を加えてくる腹積もりなら、素直にあの妙な被り物をした連中と協力して我らに剣を向けた方が手っ取り早いでしょうし」

 

 ただ、ハラワタが煮えくり返っていても判断は冷静なのがジルベルトの美点だ。彼女は少しだけ思案し、そう返してきた。

 

「そうだな……総員、銃降ろせ。デコッキングを忘れるな」

 

 すでに射撃準備を終えていた騎士たちに、僕はそう命じた。彼女らは撃鉄を指で押さえ、撃発しないように気を使いながら慎重に引き金を引く。撃鉄を上げたままにしておくと、何かの拍子に暴発してしまうリスクが高いからな。こういうのは、きちんと指示しておく必要がある。

 

「問題ない! 助太刀を感謝する!」

 

 木陰から顔を出し、忍者エルフたちにそう声をかける。幸いにも、彼女らは豹変して弓を向けてくるような真似はしなかった。少し緊張していたので、内心安堵のため息を吐く。

 

「こちらはリースベン城伯のアルベール・ブロンダン、およびその配下の騎士である。よろしければ、そちらの所属を教えていただきたい」

 

「《(オイ)らはダライヤ婆様ン直属の透波(すっぱ)衆じゃ! 婆様に命じられて、御身を密かに護衛しちょったど」

 

 透波というのは、現代的に表現すれば潜入工作員である。やはりこの連中、一種の忍者だったらしい。まあ、この手の役職は古今東西の軍事組織に存在するからな。彼女らを忍者だと認識してしまうのは、僕が元日本人だからだろうが……。

 しかしこいつら、話が本当なら少なくとも今日の早朝からずっと僕たちをストーキングしてたわけか? まあ、そうじゃなきゃこれほどいいタイミングで救援に入ることなんてできなかっただろうが……すばらしい潜伏能力だと、感服するほかないな。我々も素人ではないというのに、その監視の目から完全に逃れていたわけだからな……

 

「ダライヤ氏の部下か……」

 

「なんだか、きな臭いですね。この襲撃自体、あの老エルフの自作自演かも」

 

 僕がボソリと呟くと、不審そうな表情をしたジルベルトがそう耳打ちしてきた。実際、その可能性はそれなりにある。僕らの信用を得るため、でっち上げの襲撃を仕掛け、それを配下に救わせる……いわば、泣いた赤鬼作戦である。

 まあ、今手元にある情報では、この襲撃がダライヤ氏のマッチポンプか否かは判断がつかん。真偽の判断は後回しにするしかないだろうな。

 

「まあ、そうだとしたらこれ以上僕らに危害を加えてくることはあるまい。当面は安全だということだ」

 

 ジルベルトにそう答えてから、部下を引き連れて忍者エルフたちの元へと向かう。地面には複数の虚無僧エルフたちが倒れていた。大半は死んでいるようだが、まだ息のあるものもいる。生存者は、忍者エルフたちの手で拘束されていた。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

 僕は軽く頭を下げて、忍者エルフのリーダーらしき女に手を差し出した。彼女は覆面を取ってニヤリと笑い、握手を返してくる。……覆面、取っちゃうんだ。いや、良いけど。

 間近で見てみると、やはりこの連中はエルフで間違いないようだ。遠目では忍者装束に見えた服装も、よく見ればエルフ様式の野良着を戦闘向けに改造した代物のようである。冷静になってみると、正直和風な雰囲気はあまりなかった。

 

「なんのなんの。お安か御用ど。相手は若造(にせ)、腹ごなしにもならん連中じゃ」

 

「ニセ……?」

 

 ニセというと、エルフ訛りで若造、あるいは短命種を指す言葉だったはずだ。僕が小首をかしげていると、忍者エルフ・リーダーは縄でグルグル巻きにされている真っ最中の虚無僧エルフへと歩みよった。そして、その特徴的な虚無僧笠を強引に外す。

 その中から出てきたのは、やはりエルフだった。ひどくやせ細ってはいるが、それでも尋常ではなく美しい。ただ、当然と言えば当然だがその顔に見覚えは無い。しかし、忍者リーダーが見せたかったのは、捕虜の顔ではなく笠の方だったようだ。彼女はその不気味な被り物を、僕に手渡してくる。

 

「我らん掟では、半人前んエルフは男に顔を見せっべからず、とされちょる。そこで、こげん代物で顔を隠すわけじゃな」

 

 「|くっ、殺せ《こげん辱めを受けては生きてはおれん、さぱっと殺せ》!」などとわめいている捕虜虚無僧を無視しつつ、忍者リーダーはそう説明した。なるほど、エルフは教育の段階でガッツリ男女を分離するわけだな。スパルタや薩摩などでも使われた手だ。そんなに禁欲的なやり方をしているから色仕掛けに弱くなってしまうのでは……? と思わなくもない。

 

「本来、こげん半人前は戦場に出らんよう厳命されちょっるんじゃが……」

 

「そもそも、何者なのですか? この連中は」

 

 やや厳しい口調で、ジルベルトが詰問する。僕は彼女の肩を優しく叩き、視線で僕に任せろと合図をした。彼女はハッとなり、己を恥じたような様子で何度も頷く。

 

「おそらくは、我らん身内やろう。叛徒どもには、もはやほとんど若者は残っちょらんちゅう話じゃし」

 

 そう言って、忍者リーダーは深々と頭を下げた。確かに、"正統"の集落ではこんな被り物をしたエルフは一度も見ていない。ということは、こいつらの所属は"新"で間違いあるまいが……まさか、すぐにそれを認めるとはな。

 

「また我々ん仲間がアルベール殿らにご迷惑をかけてしめ、大変に申し訳あいもはん。大したお詫びはできもはんが、責任を取れとおっしゃらるっんであれば(オイ)が腹を切りもんそ」

 

「い、いや、腹は切らなくていい」

 

 なんでエルフはすぐ切腹しようとするんだ……だいぶ困るんだよそういうのは。勘弁してくれ。

 

「それより、なぜ君たちの所の若者が僕らを襲撃したのかを知りたい。君たちに剣を向けられるような真似はしていないつもりだが」

 

「無論、そん通りじゃ。大恩あっアルベール殿を害そうとすっなど、断じて許せっもんじゃらせん。こんわろらはエルフェニアん恥じゃ」

 

 忌々しげな様子で、忍者リーダーは捕虜を蹴り飛ばした。ぎゃあと悲鳴を上げて、若いエルフは地面に転がる。……いや、エルフの場合、見た目で年齢を判別するのは不可能なんだけどな。実際、外見上は捕虜エルフよりも忍者リーダーのほうが若く見えるし……。

 

「おおかた、ヴァンカ殿に妙なことを吹き込まれたんやろう。あん婆は、叛徒どもを倒すためならばなんでんやっ修羅じゃで……」

 

 聞いた名前だな。ダライヤ氏が言っていた、エルフの長老衆の一人……過激派の要注意人物だ。もっとも、これはあくまでダライヤ氏から出た情報だからな。頭から信用することはできない。彼女が、僕を利用して政敵を陥れようとしている可能性もあるし……。

 

「ないにせよ、詳しか話はこん馬鹿どもから聞いた方が早かやろう。生きちょっ捕虜はすべて引き渡すで、煮っなり焼っなりご自由にしたもんせ」

 

 ……わあお、また捕虜が手に入っちゃった。これでは、我々はカルレラ市に戻らざるを得なくない。いや、そもそも襲撃があった時点でデートどころではなくなっているんだが。はあ、非常に残念だ。せっかく、ジルベルトとなんだかいい雰囲気になってたのになあ。クソッタレのアホエルフどもめ……。


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