異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
「ううーん……」
私、カリーナ・ブロンダンは困り切っていた。お兄様と、ジルベルトさんがなんだかいい雰囲気になりつつあることを知ってしまったからだ。
発端は、ヘンな態度の二人が人気のない作業小屋……開発ラボ? とかいうところに入っていく姿を発見したことだった。もちろん小屋の周りにはお兄様の護衛を担当している人たちがいたけど、そのリーダーがジョゼットさんだったのが幸いした。
ジョゼットさんはお兄様の幼馴染で、わたしの教官でもある。だから、ある程度の融通が利くのよね。事情を話して頼み込んだら、なんとか盗み聞きすることを許してくれた。もちろん、それが原因で軍機を知ってしまったら、きちんと黙秘するようにと念押しされたけどね。
「まんざらじゃなさそうだったなあ……」
深いため息を吐きながら、私は呟く。どうやら、ジルベルトさんがお兄様にプロポーズか何かをしようとして、エルフの刺客に邪魔をされ……その後、お兄様が愛の告白の続きを促した。そういうシチュエーションらしい。
勇気が足りなかったのか、結局ジルベルトさんは肝心なことは言えなかったけど……雰囲気を見れば、言いたかったことはバレバレよね。お兄様も、それはわかっている様子だった。
ジルベルトさんは有能だし、家柄もいい。ちょっと背は低いけど(まあ、それでもわたしよりはだいぶ高いんだけど……)、とても頼りになる軍人なのは確かなのよね。お兄様とお似合いといえば、お似合いかもしれない。悔しいけど、それは認めざるを得ない。
「だいぶマズい……よねえ?」
なにしろ、私もお兄様を狙っている立場だ。今の状況は、かなりよろしくない。もちろん、私も自分の立ち位置がとても不安定なものであることは承知している。ブロンダン家の養子になったとはいえ、結局私なんてただの勘当娘でしかないわけだしね。
そこでガレア屈指の大貴族であるスオラハティ辺境伯と取引をし、実質的な愛人関係になることの許しを貰ったわけだけど……その代わり、辺境伯様とその娘であるソニアの関係修復を命じられているのよね。
あれだけ拗れた母娘仲を修復するなんて、どう考えても難しい。だから、忙しさにかまけて放置していたわけだけど……いい加減、行動を開始する必要がありそうね。取引の内容や貴族としての序列を考えれば、辺境伯様を差し置いて私がお兄様にアプローチをかけるわけにはいかないわけだし……。
「ううーん」
「どうしたんだカリーナ、さっきからブツブツと」
私がウンウン唸っていると、隣に居た当のお兄様が話しかけてくる。思考が言葉になって口から洩れていたことに気付いた私は、顔が真っ赤になってしまった。
「なっ、なんでもない!」
「そ、そうか……。もうすぐお客様が来るんだから、しっかりしてくれよ? カリーナ。親しい相手とはいえ、一応かなりのお偉いさんなんだから」
少し笑いながら、お兄様は私の頭を優しく撫でた。その心地の良い感触に、顔が緩んでしまう。以前は私が求めない限りは頭を撫でてくれなかったお兄様だけど、最近は
今、私たちは来客を出迎えるべく領主屋敷の中で待機している。予定では、あと半時間もしないうちに到着する予定……らしい。王都から大物がやってくるということで、使用人たちは調度品や掃除の最終チェックに余念がない様子だった。
「わ、わかってるって!」
そう応えつつも、私の心は晴れないままだった。こうして頭を撫でてくれるのはとてもとてもうれしいけれど、結局は兄妹関係の延長線でしかないわけだしね。それ以上を望む私としては、この立場に甘んじ続けるわけにはいかない。そう理解はしてるんだけど……その先へ踏み出していくのには、なかなかの勇気が必要なのよね。
というかあの狂犬、いや、狂竜のソニアに近づくというのがまずキツい。滅茶苦茶怖い。しかも、その目的が仲たがいをしている母親との関係修復でしょ? 見えている逆鱗に触れに行くようなもんじゃないの。考えるだけでおしっこ漏らしそうなんだけど……。
「……」
無言で、お兄様の後ろに控えているソニアをちらりと確認する。今朝の彼女はひどく体調の悪そうな様子だったけど、今は平気そうな顔をしている。毎月来るアレが、ちょっと重めだったんだろうか? よくわからないけど、あのソニアが体調を崩すところなんて初めて見たから、かなりびっくりした。
それはさておき、ソニアはジルベルトのことをどう思っているんだろうか? ジルベルトがお兄様にアプローチを仕掛けていると知ったら、怒り狂いそうな気もするけど……でも、この二人はなんだか仲のよさげな様子なのよねえ。
友人同士が同じ男を好きになった場合、結末は二つのパターンがある。仲たがいをするか、かえって仲が良くなるかだ。親友同士で夫を共有するなんて、そう珍しい話でもないしね。……前者も困るけど、後者もこまるなあ。うううーん。
「はあ……」
なんにせよ、可及的速やかにソニアに接近し、スオラハティ辺境伯との仲を取り持つ必要がある。急がないと、どんどんお兄様が遠くへいってしまう……。ああ、本当に失敗した。グズグズし過ぎた。
以前、お兄様は「戦術的な勝利を収めるには、相手の機先を制し続けイニシアティブを確保し続けることが肝心だ」と言っていた覚えがある。どうも、この法則は恋愛でも当てはまるみたい。そりゃ、何のアクションも取らずにボンヤリしていたら、劣勢に立たされるのは当然のことよねえ……。
とはいえ、私も戦わないままただ敗北を受け入れるような真似は絶対にできない。劣勢を挽回できるよう、なんとか頑張らないと。今さら、どこの馬の骨ともわからないようなモヤシ貴族令息なんかと結婚させられるなんて、絶対に嫌だしね。お兄様じゃなきゃダメなのよ、私は。
「恋は戦争、か」
お兄様に聞かれないよう、密かに呟く。この言葉が本当ならば、これまでお兄様から習ってきた軍学が役に立つはず。ええと、こういう場合まずどうするべきか……『己を知り、敵を知らば百戦危うからず』……これだ! とりあえず、ソニアに関していろいろ調べてみよう。それから、ジルベルトさんについてもね。
……本当に、ライバルが多くて困るなあ。いちおう、私のバックにも大貴族様がついてるはずなんだけどねえ。領地が遠すぎて、全然支援が来ないのよねえ。はあ、辛い。もっと味方が欲しい……。
「パレア教区司教、フィオレンツァ・キルアージ様が到着されました!」
そんなことを考えていると、伝令がやってきてそう告げた。私は自分のほっぺたをパチンと叩く。何はともあれ、今はお客様の出迎えだ。お兄様の恥になるような真似をするわけにはいかないからね。シャンとしないといけない。