異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

250 / 700
第250話 盗撮魔副官と悪質酔っ払い女

 わたし、ソニア・スオラハティは非常に……とても困っていた。我が宿敵、フィオレンツァがこのリースベンに来てしまったからではない。いや、それも大きな懸念点であるのは確かなのだが、今はそれどころではなかった。

 

「あのドグサレエルフどもがぁ……」

 

 わが友、ジルベルトがとんでもないことになっていたからだ。我々がよく内緒話に使っている小部屋で、彼女は浴びるように酒を飲んでいた。さらに、酒の合間に煙草まで吸うものだから、部屋の中は煙幕を焚かれたようになっている。たいへんな荒れようだった。こんなジルベルトは、私も初めて見る。

 こまった。非常に困った。わたしは、彼女とフィオレンツァへの対策法を話し合いたいのだが、どう考えてもそれどころではない。彼女は「エルフめぇ……許さん」と呪詛を吐きながら、酒をがぶ飲みしている。

 当のフィオレンツァはというと、領主屋敷で晩餐をしたあと、カルレラ市の教会へと去っていった。わたしの強い要望により、あの女を屋敷に泊めるような事態だけはなんとか回避することに成功したのだ。腐っても生臭でも一応聖職者なのだから、教会で面倒を見てもらうのがスジというものだろう。

 

「あいつらさえいなければ……アイツらさえいなければあ!」

 

「ま、まあ、落ち着くんだジルベルト」

 

 わたしは冷や汗をかきながらジルベルトをたしなめた。

 

「これが落ち着いていられますか! あのバカみたいな被り物をした腐れ耳長さえいなければ、わたしは思いを遂げることができたっというのに!」

 

「お、思いを遂げるぅ!?」

 

 おもわず、持っていた酒杯を取り落としそうになる。酒を口に含んでいなくてよかった。もしそうなら、噴き出してひどいことになっていたはずだ。

 

「それはまさか、プロポーズということか?」

 

「ええ! そうです!」

 

「ええ……」

 

 確かにわたしは彼女がアル様にアプローチをかけることは認めているが、それにしてもかなり性急すぎるのではないだろうか? 十年来の付き合いであるわたしでさえ、そこまではまだしていないというのに……。

 

「それは、その……少し拙速なのではないか? ジルベルト。こういうのは、騎兵突撃と同じだ。きちんと準備を整え、相手の隊列が乱れたタイミングで仕掛けるのが常道では……」

 

「甘ぁい!」

 

 酒杯に残った例のやたら臭いウィスキーを一気に飲み干してから、ジルベルトが叫んだ。酔いすぎてちょっとおかしくなってないか、この女。

 

「そんな風にチンタラしていたら、いつの間にか友人や部下としての立ち位置に固定され、心地は良いけど発展性は皆無の化石じみた関係に落ち着いてしまいます! そうなったらおしまいですよ!」

 

「ウッ!!」

 

 いきなりナイフのような言葉が飛んできて、わたしは思わず胸を抑えた。

 

「そ、そんなことがあるか! 見ろ、わたしとアル様を! 実質両想いじゃないか!」

 

 あんな事件があったせいとはいえ、王国随一の大貴族の次期当主の座すら捨てて、アル様に付き従うことを選んだのだ、わたしは。それほどの覚悟を見せたわけだから、当然アル様とてこちらの気持ちには気付いているだろう。

 

「いくら長い付き合いでも、言葉にしなきゃわからないことなんていくらでもありますよ!」

 

「そ、そうかもしれないが、しかし……」

 

「本当に両思いだというのなら、主様に「愛してる」だの「好きだ」だの言ってみればいいんですよ! 「僕も」って返してきたら間違いなく両想いだと考えていいわけで、わかりやすくていいじゃないですか!」

 

 ジルベルトはずいぶんとよっぱらっているようで、とんでもなくグイグイつっこんでくる。まあ、そりゃあそうだろう。彼女は、わたしであればとっくに意識を失っているであろう量の酒をすでに腹の中に納めている。

 

「そ、そ、そんな恥ずかしい真似、できるかっ……!」

 

「盗撮のほうがよほど恥ずかしい行為だと思います! 言ってくださいよ愛してるって! 二人で言えば怖くないですよ! 一緒に告白しましょう!」

 

「う、うるさいっ! ほっとけ!」

 

 私はそう叫んで、ウイスキーを飲み干した。ああっ! 喉が痛い! しかも臭い! やっぱりストレートで飲むのは駄目だこの酒は!

 

「げほげほ……うぇっ……き、貴殿こそ、そんなことを言って……プロポーズに失敗しているではないか!」

 

「ンッ!!」

 

 ガツンと音を立てて、ジルベルトはテーブルへ突っ伏した。そのままぷるぷると震えつつ、情けないうめき声を上げる。

 

「だ、だってぇ……あ、あ、あんな珍妙な集団に襲われたら、もうプロポーズなんて無理じゃないですかぁ……」

 

 珍妙な、というのはおそらく、襲撃者が被っていたという釣鐘型の奇妙な被り物のことだろう。わたしも実物を見せてもらったが、なかなかに不気味な代物だった。

 

「よしんば主様が頷いてくれたとしても、告白記念日とか結婚記念日とか、ことあるごとにあの連中が脳裏に浮かんでくることになるんですよ! プロポーズとあのバカエルフどもを紐づけて記憶しちゃったら!」

 

「ウッ……そ、それは少しイヤかもしれないな……というか貴殿、記念日とか気にするタイプなのだな……」

 

 勇猛な騎士にして有能な指揮官でもある彼女が、こんな恋に恋する町息子みたいなことを言い出すとは思わなかった。思わず冷や汗が垂れるが、ジルベルトはお構いなしだ。

 

「これがまだ、強敵だったら良かったんですよ! 危機的状況を乗り越えて、愛の炎も燃え上がったかもしれませんっ!」

 

 そう叫びながら、ジルベルトは手酌で例のくさいウイスキーを酒杯に注いだ。とうとう、酒瓶に中身はカラになってしまった。どう考えても飲み過ぎだが、彼女はおかまいなしにガブガブと飲み干す。

 

「でもあいつら、訳の分からない怪しげな増援に全滅させられるほどの雑魚さじゃないですか! 何のために出てきたんですかまったく! 道化にもなれませんよあれでは!」

 

「そ、そうだな、ウン」

 

「あれを良い記憶にするのはムリです! あんな連中に襲撃された日に、告白の続きなんて絶対に嫌ぁ……うえええ」

 

 情けない声をあげつつ、ジルベルトは涙をあふれさせる。……ううむ、流石になんだか可哀想になって来たな。

 

「ううううーっ! あのエルフども、許せないぃ……」

 

 ジルベルトは愛用の煙草入れから煙草を取り出し、口に咥えた。そしてアル様に貰ったというオイルライターで火をつけ、また煙幕を張りはじめる。

 

「ソニア様も飲んでくださいよぉ……わたしのおごりですからぁ……」

 

 そんなことを言いながら、ジルベルトはどこからともなく取り出したワインをわたしの酒杯に注ぎ始める。……や、やめろ! わたしの杯には、あのくっさい酒が入っていたんだぞ! どんな美酒でも、これと混ざったらただのくっさい液体になってしまう!!

 困った。非常に困った。ジルベルトはすっかり面倒な酔っ払いと化してしまった。どうしよう、コレ……もうわたしも酔っ払いになるしかないのか?

 

「ああ、まったく!」

 

 叫びながら、わたしは仕方なく酒を飲んだ。……やっぱりワインまで臭くなってるじゃないか! 注ぐならせめて新しい酒杯にしてくれ!

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。