異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第257話 くっころ男騎士と水上戦闘用意

「敵襲だって?」

 

 マイケル・コリンズ号の航海指揮所に飛び込むなり、僕はそう叫んだ。周囲にはいまだに半鐘の音が連続して鳴り響いている。ただ事ではない雰囲気だ。

 指揮所といっても、所詮は小さな川船だ。一応屋根はあるものの、それ以外はまったくの露天状態である。その手狭な空間に、艦長をはじめとした士官たちが集まっている。ほとんどが就寝中に半鐘でたたき起こされた手合いらしく、多くのものが寝ぼけまなこだった。

 

「川上より正体不明の小舟の一団が接近中とのことです。数は確認されているだけで五(そう)ですが、何分夜間ですので……おそらくは確認漏れがあるでしょう」

 

 そう報告したのは、艦長だった。中年の竜人(ドラゴニュート)だ。彼女は王都のそばを流れる大河、セイル川で商船の雇われ船長をしていたところを僕がヘッドハンティングした人材だった。民間出身者ではあるが、河賊(ようするに海賊の河川版)の襲撃を何度も退けた経験のある、なかなか剛毅な人物だ。

 

「小舟、ね。まっすぐこっちへ突っ込んできているのなら、たんなる漁民ということもあるまい」

 

 そもそも、この辺りにはリースベン側の集落はないからな。九割がた、ボートを操っているのはエルフだろう。

 

「回避は可能かね?」

 

「帆装があるぶん、足はこちらが早いでしょう。しかし、そんなことは向こうも理解しているはず。おそらく、下流側にも罠を張っているのではないかと思われます」

 

 さすがは実戦経験者、艦長の状況判断はなかなかにこなれている。こいつは頼りになるぞと思いつつ、僕は小さく息を吐いた。

 

「本船は、短時間であれば川の流れに逆らって動くこともできたな?」

 

「はい、城伯様。漕ぎ手と風術師の負担が大きいので、長時間は難しいですが」

 

 魔法で発生させた風を用いて船を自由自在に操る技術は、こちらの世界ではごく一般的なものだ。これに亜人特有の剛力を持った漕ぎ手たちが加われば、河川であってもかなり自由な機動をすることができる。

 

「……敵の思惑に乗ってやるのも面白くない。ここは、あえての正面突破を図ろうと思うが……どう思う?」

 

「大変結構かと」

 

 ニヤリと笑って、艦長は被った三角帽の位置を直した。民間出身とはおもえない根性の座り方だ。

 

「ソニア、陸戦隊の様子はどうだ」

 

「船酔いと、それに伴う寝不足でひどい状態です。無事な者もおりますが、少数ですね」

 

 ちょうど指揮所へ入ってきたソニアに問いかけると、返ってきたのは無情な答えだ。まあ、平民出身の兵士たちは船なんてめったに乗らないからなあ。仕方がないのかもしれない。騎士階級であれば、まだ行軍で川船に乗る機会はそれなりにあるんだが……。

 しかし、陸戦隊がまともに戦えない状態なのはマズイな。この船に搭載されている兵装で、対舟艇用に使えるものは艦首付近に装備された試製五七ミリ速射砲が一門のみ。試作兵器ゆえにその信頼性はカス同然だし、そもそもまだ東の空がかろうじて明るくなってきたかどうかくらいの時間帯だ。主砲をぶっ放したところであまり役に立つとは思えない。

 そうなると、頼りになるのは陸戦隊の小銃射撃くらいのものなんだが……参ったねえ。まあ、船酔い状態でも敵に向けて発砲するくらいはできるだろう。命中しなくとも、牽制程度になれば十分かな?

 

「ウル、ウルはいるか?」

 

 少し思案してから、僕はそう叫んだ。「へいへい、ないか御用やろうか?」と言いつつ、上甲板のほうから見覚えのあるカラス鳥人が顔を突っ込んできた。ひどく眠そうな表情をしている。

 

「いちおう、例の小舟に警告を行いたいんだが……夜間飛行は難しいか?」

 

 残念ながら、この世界には電気的な拡声器など存在しないのである(メガホンくらいならあるが)。接近する小舟群に言葉による警告を行うのは難しい。しかし、いきなり問答無用で火器をぶっ放すのは流石に嫌だ。一応、相手はまだ敵対行動をとってないからな。もしかしたら、たんなる民間船の可能性もあるし……。

 こういう時こそ、鳥人の出番だろう。彼女らはこの小さなマイケル・コリンズ号の甲板でも離着陸を行えるほど小回りが利くのだ。偵察も兼ねて、ちょいとひとっ飛びしてもらうことができれば話が早いのだが……。

 

「あてらは夜目が利きもはんで……こうも暗かと難しか。最悪、自分がどこを飛んじょっとかわからんくなって、地面に突っ込んことになっじゃ」

 

空間識失調(バーディゴ)か……」

 

 僕は思わずうなってしまった。よく考えれば、鳥人たちは高度計も速度計もなしにその身一つで空を飛んでいるわけだからな。視界不良の状態での飛行は、自殺行為に等しいわけか。これは困ったな。

 

「じゃっどん、リースベンの船が川を下ってくっで、邪魔をせんごつちゅう触れはすでに出してあっとじゃ。そいでもなお近ぢてこようとすっ輩が、マトモな連中であっハズもあいもはん」

 

 しきりに目をこすりながら、ウル氏はそう説明する。どうも、彼女は朝にはかなり弱い性質(タチ)らしい。

 

「警告などっちゅうしゃらくせぇ真似は必要なかやろう。問答無用でチェストすりゃええとじゃ」

 

 ……さすが異世界、交戦規定(ROE)もなにもあったもんじゃないな。しかし、本船に搭乗している"新"の人員の中では、ウル氏が最上位者なのである。その彼女がこう言っているのだから、まあ警告なしの射撃をおこなっても構わないだろう。……たぶんね。

 

「漕手、操帆員、配置につきました」

 

 伝令が飛び込んできて、そう叫んだ。半鐘が鳴りはじめてからまだ大した時間もたっていないのに、もう戦闘配置が完了したのか。むろん、夜襲は警戒していたから、事前に警戒態勢を取らせていたという部分も大きいだろうが……それにしても、艦本来の乗員たちはなかなかに優秀だな。高い金を出して雇った甲斐があったというものだな。……まあ、カネの出所は僕ではなく、アデライド宰相の財布はであるが。

 

「たいへん結構! ……城伯殿、抜錨いたしますが、よろしいですね?」

 

「ああ、頼んだ」

 

 現在、マイケル・コリンズ号は川下側に艦首を向けている。ところが、この船の艦尾側には大砲がないのである、このままチンタラしていたら、無抵抗のままケツを掘られることになる。そいつはさすがに面白くないだろ。さっさと迎撃態勢を整えなきゃマズい。

 僕が頷いて見せると、艦長は鋭い声で部下たちに指示を飛ばし始めた。ベテランだけあって、なかなか堂に入った指揮ぶりである。水上戦は、彼女に任せておいて大丈夫だろう。

 そもそも、僕は前世でも現世でも水上戦は経験してないからな。いわば、素人も同然である。ヘンな指示を出して味方を混乱させるわけにはいかない。丸投げ以外の選択肢はないということだ。

 

「錨を上げろ! 全速前進!」

 

 専門の魔法使いたちが風術を使って帆を膨らませるのとほぼ同時に、漕ぎ手たちが声を揃えながら(オール)を振るい始めた。微かな軋みの音とともに、マイケル・コリンズ号は前進を開始する……。


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