異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第258話 くっころ男騎士と射撃戦

取り舵一杯(ハードアポート)!」

 

取り舵一杯(ハードアポート)ヨーソロー(マム)

 

 後方から接近する敵船団を迎撃するためには、艦を一八〇度回頭させる必要がある。艦長の号令に従って操舵手が舵輪を回し、船はゆっくりと方向転換を始めた。小型艦だけあって、舵の効きはなかなかに良好である。

 

「城伯殿」

 

 感心していると、艦長から声をかけられた。「どうした?」と返すと、彼女は少々申し訳なさそうな様子で頭を下げる。

 

「自分は古い船乗りでしてね、衝角(ラム)や移乗攻撃の心得はありますが、火器の扱いはとんとわかりません。万が一にも失敗するわけにはいかない航海ですのでね、よろしければ、戦闘指揮をお願いできないかと」

 

 ……そりゃそうか! 実戦経験者つっても、やっぱり民間船の船長だものな。火器の扱い方など知っているはずがない。むしろ衝角や移乗攻撃(相手の船に陸戦隊を乗り込ませる戦術)をやったことがある時点でびっくりだよ。

 

「……なるほど、わかった。すまないが、指揮権をしばらく借り受けよう」

 

 とはいっても、僕だって水上戦の経験はないんだよなあ。正直、ぜんぜん自信はないが……いちおう、前世の僕は海軍兵学校を卒業している身の上である。ズブの素人ではない……ハズだ。いやまあ、卒業後は陸戦畑一本だったんだけどさ。

 なにはともあれ、頼まれたからにはなんとしてもやり遂げねばならない。僕はこほんと咳払いをしてから、周囲を見回した。このマイケル・コリンズ号の航海指揮所はほぼ完全に露天状態だから、ここから目視で甲板の様子を観察することができる。

 

「陸戦隊を艦首側に集めろ、小銃射撃で敵を牽制する」

 

「陸戦隊、集合!」

 

 ソニアが指揮所から身を乗り出して、そう号令した。マイケル・コリンズ号には艦内電話どころか伝声管すら装備されていないので、下達をしようと思えば大声を張り上げるしかない。

 

「主砲、射撃準備はどうだ」

 

「いつでも撃てます、城伯殿!」

 

 返ってきたのは、なかなか頼もしい答えだ。この艦の主砲は航海指揮所のすぐ前にあるから、肉声での会話も十分に可能だ。……まあ、射撃戦が始まれば銃・砲声で会話どころじゃなくなるだろうがな。

 

「照明弾の準備はできているな?」

 

「もちろんです、城伯殿」

 

「よろしい。……本艦の乗員はかなり優秀と見える」

 

 この三者会談がマイケル・コリンズ号の実質的な処女航海だというのに、乗員たちの手際にはまったくモタついたところがない。思わず褒めると、艦長がニヤリと笑った。

 

「城伯殿、船尾……いえ、艦尾の例の武装は、どうしましょう?」

 

「アレは対地攻撃用だ、小舟相手に使うような代物じゃない。温存しておこう」

 

 実のところ、本来マイケル・コリンズ号は艦首と艦尾に一門づつ、合計二門の五七ミリ砲を搭載する設計だった。しかし、今艦尾側に据え付けられているものは、防水帆布製のカバーがかかった大きな箱である。これは、この旅のために急遽調達した"秘密兵器"だった。

 とはいえ、敵はあくまで小舟。奥の手を使う必要はないし、そもそもこの兵器の性質を考えれば小さなボート相手には効果が薄いだろう。ここは、小火器と大砲だけで対処すべきだ。

 

「艦長、あの小舟どもが敵と仮定して……どういう風に仕掛けてくると思う? 個人的には、火矢が怖いが」

 

 前世の世界なら、対戦車ミサイル・無反動砲とか小型の対艦ミサイルなんかを警戒すべき盤面なんだが、現世にはその手の兵器はまだ登場していないからな。小さなボートにはサイズ相応の非力な兵器しか搭載できないはずだが……。

 

「そうですな。弓矢や投げ槍、あとは手投げ弾がせいぜいでしょうか。移乗して白兵戦を仕掛けてくる可能性もありますが……やはり、怖いのは火を用いた戦術でしょうね。なにしろ、こちらは可燃物を大量に搭載している」

 

 艦長は頷きつつそう答えた。現代軍艦なら、可燃物は可能な限り減らすというのがセオリーなんだが……この世界は、そもそもまだ木造船の時代だからな。そりゃ、火を付けられたら盛大に燃えるに決まっている。まして、マイケル・コリンズ号には大砲や小銃に使う火薬がたっぷり載っているわけだから……火災など起きようものなら大変なことになる。

 

「なるほどな。弓矢の射程(レンジ)には入れたくないが……」

 

 そんなことを思案しているうちに、艦の回頭が終わる。艦長が「舵戻せ(ミッドシップ)!」と号令を出し、マイケル・コリンズ号は直進状態になった。とはいっても、川の流れに逆らって進んでいるわけだから、そのスピードはあまり早くない。

 しかし艦の両舷で(オール)を振るっている漕ぎ手たちにはなかなかの負担がかかっているらしく、なかなかつらそうな声が上がるのが聞こえてきた。長時間この状態を維持するのはムリだろう。風術師の魔力の問題もある。

 

「照明弾、撃て!」

 

 僕の命令に従い、甲板に設置された信号砲が火を噴いた。陸上で用いられているモノと全く同じ、打ち上げ花火の発射機めいた木製の簡易砲だ。打ち上げられた照明弾は空中でパラシュートを展開し、未明の大河を明々と照らし始める。

 そのしらじらしい光によって、こちらに接近してくる小舟の姿が露わになった。丸太をそのまま掘りぬいて作ったと思わしき、原始的なカヌーである。その戦場には数名の兵士らしき人影も見えた。報告では五(そう)とあったが、見る限り七(そう)居る。

 

「目標、前方の小舟群。主砲、射撃開始(ファイア)!」

 

「目標、前方の小舟群。主砲、撃ちぃ方はじめ!」

 

 砲術長が命令を復唱するのとほぼ同時に、試製五七ミリ速射砲が咆哮した。口径が小さい分野戦砲などに比べれば控えめな砲声だが、それでも小銃などとは比べ物にならない大音響である。近くに居たウルが翼で耳を塞ぎ、「雷鳴んごたっ!」と叫ぶ。

 放たれた砲弾は放物線を描いて飛翔し、敵小舟からかなり離れた位置で水柱を上げた。ほとんど大暴投に近い外れっぷりだが、なにしろ相手は小さな丸木舟だ。奇跡でもないかぎり初弾命中など起こらない。

 

「……ふむ、退かないか」

 

 とはいえ、威嚇としては十分な効果があったはずだ。しかし、相手は回避のために散開をしたものの接近をやめようとはしなかった。やはり、相手は普通の漁民などではない。

 

「射撃を続けろ」

 

 装填手が砲尾のハンドルを回し、薬室を開放する。そしてその中に砲弾と装薬をひとまとめにしたカートリッジを押し込み、抜いていた閉鎖機(四本の縦溝が刻まれたネジのような部品だ)をさし込んで回す。十秒足らずで再装填は完了だ。従来の砲ではどれほど頑張っても装填には三十秒以上かかっていたことを考えると、圧倒的なスピードと言っていい。

 間髪いれず、二射目を発砲。しかし、また外れだ。……まあいい、たった一門の砲であんなちいさな目標に命中弾を出そうってのがまず無理な話だ。本命は別にある。

 

「陸戦隊、展開が完了いたしました」

 

 ソニアの報告に、僕は頷いた。見れば、甲板上にズラリと兵士たちが並んでいる。甲板上には漕ぎ手も多くいるので、なかなか窮屈そうな様子だ。

 

「よろしい。……ライフル隊、撃ち方はじめ!」

 

 こういう相手には、大砲よりも小銃の方が効果的である。敵ボートが射程内に入ったことを確認してから、僕はそう叫んだ。

 

 


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