異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第268話 くっころ男騎士と未亡人エルフ(2)

 エルフはサシ飲みが好き。この法則は、どうやらヴァンカ氏にも当てはまるらしい。思った以上にアッサリ個人会談に応じてくれたので、僕はほっとした。

 だが、ここは蛮族エルフの集落で、相手は過激派の首魁と目される人物だ。さすがに、個室で二人っきり……というわけにはいかない。仕方が無いので、僕たちは元老院の裏手に野戦用の指揮卓と折りたたみ椅子を出して、即席の会場を拵えることにした。

 

「レマ・ワインを好んでいたということは……もしや、御夫君はリースベンの出身なのだろうか」

 

 指揮卓の上に乗ったオイル・ランプの揺れる炎を見ながら、僕はそう切り出した。ヴァンカ氏に聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず一番肝心なところから取り掛かることにしたのだ。

 ダライヤ氏の話によれば、ヴァンカ氏はもともと穏健な人物で、夫子の死を期に過激な言動を繰り返すようになってしまったのだという。とはいえ、それはあくまで伝聞にすぎないわけだからな。彼女の行動原理が本当に復讐心によるものなのかを、きちんと直接確かめてみる必要があった。

 

「……ああ、そうだ」

 

 陶器製のワインボトルを手に、ヴァンカ氏は頷いた。彼女には、レマ・ワイン三本をプレゼントした。この銘柄は、典型的な大衆酒だ。貴人が呑むような代物ではないが(まあ僕は平気でがぶがぶ飲むけど)、どうやら彼女にとっては他の何よりもうれしいプレゼントだったようだ。渡して以降、ボトルを手放そうとはしなかった。

 

 

「よろしければ、なれそめを教えて頂いても?」

 

 情報収集のチャンスである。僕は身を乗り出して、聞いてみた。ヴァンカ氏が過激派のリーダーなのは、ほとんど間違いのない事実だ。正確な分析のためには、どんな些細な情報でも欲しい。

 

「……貴殿がリースベンにやってくる遥か前から、我々はあの地で狼藉を働き、食料や男性を略奪していた。彼もまた、その被害者の一人だった」

 

 すこし考えこんでから、ヴァンカ氏は遠くを見る目つきでそう言った。……特に、リースベンの入植が始まった時期はほとんど戦争のような有様だったらしいしな。そりゃ、さぞ凄惨な出来事も起こっていたことだろう。

 しかし、被害者ね。ずいぶんと我々に寄り添ったものの見方だな。過激派の首魁って話だったから、もっとガチガチのエルフ民族主義者みたいな性格を想像してたんだが。

 

「そういう経緯だったから、当然……私が出会った時には、彼は本当にひどい状態だった。複数人のエルフ兵から乱暴されて、抜け殻のようになっていたんだ」

 

「……」

 

 まあ、良くある話だよな。相手は蛮族・エルフ。この乱暴極まりない連中が、捕らえた男をどう扱うかなど……簡単に想像できる。さぞ悲惨な目にあったことだろう。

 

「同じような光景は、これまで何度も見てきた。だが、その時だけは……どうしても我慢が出来なくなったんだ。ほとんど反射的に、あの痴れ者どもの首を叩き落し……彼を保護した」

 

 わあ、ナチュラルに物騒極まりない単語が出てきたぞ。一見紳士……いや、淑女的でも、やはりヴァンカ氏もエルフのぼっけもんだ。なかなかにおっかない女性である。

 そして、僕の隣に座るソニアも『わかるわかる』とでも言いたげな表情でウンウンと頷いていた。ヴァンカ氏も大概だがソニアも大概だ。なんで僕の周りにはこういう女性しかいないんだろうね? いやまあ、いいけどさ……。

 

「当時の彼はひどい状態だったが、世話をしているうちにだんだんと元気を取り戻していった。やがて、我々は結婚した……」

 

 そこまで言ってから、彼女は酒杯に入ったワインを飲みほした。ちなみに、中身はレマ・ワインではない別の銘柄だ。どうやら、ヴァンカ氏はレマ・ワインはあくまで夫の墓前に供える腹積もりらしく、渡したボトルには一切手を付けようとしていなかった。

 

「偽善、欺瞞だ。自己満足だ。本当に彼のことを想っているのであれば、リースベンに帰してやれば良かった。彼は何度も、故郷に戻りたいと言っていたのに……私が手放すことを拒んだばかりに、こんなことに……!」

 

 酒杯を掴んだヴァンカ氏の手に力がこもった。僕は小さく息を吐いて、白湯を飲む。敵地でこれ以上酔っぱらうわけにはいかないので、白湯を用意したのだが……こんな話を飲み干すには、白湯などでは明らかに力不足だな。キツイ蒸留酒(スピリッツ)が欲しくなってくる。

 

「貴殿らから見れば、私はさぞ愚かに見えるだろう。自業自得で最愛の男を失い、八つ当たりじみた復讐心に身を任せている。挙句、リースベンにまた迷惑をかけているのだ」

 

「公人としては、貴方の行動は容認できません。我々の目的は、リースベンに平和と安定、繁栄をもたらすこと。そしてあなたは、不逞の輩を集めてこのリースベンの治安を悪化させている。許せるものではありませんね」

 

 そう言ったのは、ソニアだった。彼女はなんとも言えない表情で視線をさ迷わせ、それから小さく息を吐く。

 

「……しかし、私人としては、貴方を応援したい気分ではあります。あなたと同じ立場に置かれれば、きっとわたしも同じように狂うでしょうから」

 

 その言葉は、ひどく実感の籠ったものだった。おそらく、これはソニアの本音だろう。なんだかんだいって、彼女はとても情に厚いタイプだからな。まったく、ソニアの夫になる男は幸せ者だよ。

 

「……そうか。そう言ってもらえると……少し心が軽くなる」

 

 胸が締め付けられるような笑顔でそう答えたあと、ヴァンカ氏は手酌でワインを己の酒杯に注いだ。

 

「しかし、だからこそ大変に申し訳ない。貴殿らの目的がこの地に平和をもたらすことである以上、私は貴殿らとは敵対せざるを得ないのだから」

 

「話し合いでの解決は……難しいのだろうか?」

 

「不可能だな。今の私の存在意義は、彼の遺言を守る事だけ。それだけが、私が行き恥を晒している意味なのだ。連中に食料などを渡してもらっては……困る」

 

「……非常に残念だ」

 

 ヴァンカ氏の意志は固い様子だ。説得は不可能だろうな。僕はため息を吐いて、ポーチの中を探った。出てきた酒水筒(スキットル)を開栓し、中身を喉へ流し込む。キツい酒精の刺激と若いウイスキー特有の青臭さが、気付け薬のように僕の脳天を揺さぶる。

 

「最後の警告だ、ブロンダン殿。エルフに関わるな、始末は私がつける。そう長くは待たせない。すべてが終わった後で、貴殿らは悠々とこの半島を手に入れれば良いのだ」

 

「己の復讐の燃料として、エルフ族そのものを燃やし尽くすつもりか……」

 

 僕は小さな声でそう呟いた。凄惨な笑みを浮かべて、ヴァンカ氏が頷く。……どんな経緯であったとしても、容認できる考えではないな。いっそ、彼女はここで殺してしまった方がマシかもしれない。

 ……だが、そんなことをすれば、間違いなく"新"との戦争状態に突入する。さすがにこれはマズい。"正統"と連携すればなんとか"新"を打倒することはできるかもしれないが……こちらも少なくない被害を受けるのは間違いない。僕の目標はリースベンの発展なのだから、全面戦争が発生した時点で戦略的には負けているようなものだろう。

 

「……少しばかり、酒を飲み過ぎた。今日のところは、これくらいにしよう」

 

 そう言って、僕は立ち上がった。これ以上込み入った話をしても、却って溝が深くなるだけだろう。今日のところは、これで撤退だ。利害が徹底的に一致しない以上、ヴァンカ氏との敵対は避けられないが……無意味な話し合いでも時間稼ぎにはなるからな。いくら頑なな相手でも、対話の道を閉ざすわけにはいかなかった。


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