異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第269話 くっころ男騎士と異文化交流(1)

 ヴァンカ氏との会談は物別れに終わった。まあ、最初から予想できていたことではある。話し合いだけで何もかも解決する程度の問題なら、エルフ内戦だってとうに終わってるだろ。世の中には、暴力じゃなきゃ解決しない問題もそれなりにあるものだ。

 とはいえ、こちらから手を出すのはよろしくない。"新"内部の穏健派まで敵に回してしまう可能性が高いからだ。こういう場合は、相手に決別の引き金を引かせるに限る。なんとか上手い事、"新"を敵味方に分離するよう立ち回らなくては……。

 そんなことを考えつつ、僕は"新"に提供された竪穴式住居で一夜を明かした。ヴァンカ氏やその部下が襲撃を仕掛けてくるのではないかと厳戒態勢をしいて準備万端待ち構えていたのだが、驚くことに何事もないまま夜明けを迎えることができた。……正直、かなり意外だ。

 

「キエエエエッ!」

 

 そして、早朝。僕は手近な場所に生えていた雑木に木刀(エルフの使う黒曜石の刃を持った物騒な代物ではない、普通の木刀だ)を叩き込んでいた。立木打ちと呼ばれる、基本的な剣の鍛錬だ。

 特別な理由がない限り、僕は毎日休まずこれをやっている。鍛錬をサボればあっという間に腕が錆びつくし、朝から全力で体を動かすのも気持ちがいい。修行とストレス解消の一石二鳥だ。

 まあ、剣を振るうたびに大声を出すせいで、周囲には不評だがね。カルレラ市の市民たちからは、「教会の鐘代わりに働く勤勉な領主様」だの「一番鶏の擬人化」だのといった不名誉な呼ばれ方をすることもある。

 

「びゃあああっ!」

 

 情けない声を上げつつ、義妹のカリーナも同様の鍛錬を行っている。いや、彼女だけではない。護衛として同行している騎士たちも、少なくない数の者が同じように剣を振るっていた。彼女らは大半が僕の幼馴染だから、長い間一緒に過ごしているうちに習慣が伝染(うつ)ってしまったのだ。

 

「面白か事をしちょるな、アルベールどん」

 

 手拭いで汗を拭っていると、一人のエルフが声をかけてきた。見覚えのある顔だ。エルフ元老の一人で、ダライヤ氏やヴァンカ氏と同じく長老職にある御老人だった。もっとも、相手は長命種のエルフ。外見上は、十代の少女としか思えない。

 

「男とは思えん剛剣じゃ。ワシがあと二百歳若かれば、試合を挑んじょったかもしれんな」

 

「ありがとう、ヴリン殿」

 

 にっこりと笑って、礼を言う。"正統"の集落に行った時もそうだったが、なぜか僕の剣術はエルフたちから受けがいい。もっとも、それがわかっているから、村(一応このルンガ市は都ということになっているが)のド真ん中で剣を振るっているわけだがね。一種のデモンストレーションだ。

 実際、僕たちの立木打ちを見物しているのは長老だけではない。少なくない数のエルフやカラスが興味深そうにこちらを見ている。……正直、ちょっと恥ずかしい。

 

「よかったら、一緒にどうだろう? 朝から汗を流すのは気分がいいぞ」

 

「ワシはやめちょこう。腹が減りすぎて、今動いたや倒れそうじゃ」

 

 冗談めかした声音でそんなことを言いながら、長老は自分の腹をさすった。……でもこれ、たぶん本当だろうな。この集落の食料事情、本気でヤバいし。この集落のエルフの一日の摂取カロリーは、たぶんリースベンのそこらの農民の半分以下だ。よくもまあ、この状態でこうも元気に過ごせるものである。エルフはめちゃくちゃ頑健な種族のようだ。

 一方、カラスやスズメなどの鳥人や、只人(ヒューム)などはかなりヘロヘロになっている者も多い。今から考えてみると、出会った当初のウル氏なんかはかなり元気な部類だったようだ。一般のカラスやスズメはひどく痩せているし、髪や羽根もボサボサになっている。明らかにあらゆる種類の栄養素が足りていない。

 まあ、そりゃそうだろうな。頼みの綱であるサツマ(エルフ)芋ですら、数が足りていない様子である。どうやら、戦争にマンパワーが取られ過ぎて畑が荒れ放題になっているらしい。それに加え、"正統"側のエルフ兵は平気で畑を焼き討ちするのだから手に負えない。もう滅茶苦茶だ。

 

「こげんのは若か者んやっこっじゃ。どげんじゃ、リィン。お(はん)、やってみんか?」

 

 長老は、近くに居た若いエルフ(とはいっても、外見でエルフの年齢を判断するのは不可能だが)を呼び止めてそう言う。そのエルフは、素っ頓狂な顔で「(オイ)にごわすか」と聞き返した。

 

「まあ、なかなか面白そうな鍛錬法なんは確かにごわす」

 

 そう言って、若エルフはその辺に落ちている真っすぐな木の枝を手に取った。腰に差していた山刀で長さや持ち手を簡単に整えてから、何度か振ったり手に叩きつけたりして具合を確かめる。どうやら満足の行く出来になったようで、彼女は小さく頷いてから手近な雑木の前で即席木刀を構えた。……綺麗な構え方だ。明らかに、剣術の基礎ができている。そこらの騎士見習いなどでは、相手にならないほどの実力だろう。

 ガレアの一般的な騎士よりも、エルフェニアの一般農民のほうが強いのではなかろうか? まったく恐ろしい国だ。やっぱり、こいつらとは戦いたくない。兵員の質でも量でも負けてるとか、ちょっと泣きたくなる。

 

「……ヤァッ!」

 

 そんなこちらの思惑など気付きもしない様子で、若エルフは木刀を雑木に振り下ろした。甲高い音を立てて、木剣は木の幹に弾かれる。若エルフはその形の良い眉を跳ね上げた。

 

「据え物斬りじゃと油断しちょったが、こんた案外……」

 

 どうも、木剣が弾かれたのがご不満のようである。彼女は何度か振り方を変えて雑木を叩いたが、どうにも上手くいかない。……とは言っても、これはこのエルフの剣技が未熟だからではない。彼女の剣術が、生身の人間を斬ることを前提に構築されているせいだ。

 エルフ兵はガレア騎士のような大仰な防具は纏わない。せいぜい、固い獣皮でできた簡易な革鎧を着ている程度だ。軽装の人間と戦うための剣術では、太い木の幹に歯が立たないのも当然のことである。

 

「木を打つことに関してはアルベールどんの方が先輩なんじゃ、手取り足取り教えてもろうてはどうじゃ?」

 

 ニヤニヤ笑いながら、長老殿がそんなことを言ってくる。若エルフは顔を赤くして「手取り足取りぃ!?」と叫んだ。

 

「いや、しかし……剣の振り方を見ればわかるが、彼女もひとかどの剣士だ。僕のような短命種(にせ)の、しかも男が剣技の指南を行うなど、あまりにもおこがましいのでは……」

 

 なんだかんだいって、この世界では男はナメられがちだからな。訳知り顔でアドバイスするような真似ははしたないし、何より相手のプライドを傷つけることになる。だからこそ、あまり口出しをしなかったわけだが……。

 

「い、いやあ、そうでもなか。青二才は卒業したとはいえ、おいもまだまだ未熟な身。他流ん者から教えを受くっちゅうとも悪うなかじゃろう」

 

 が、予想に反して若エルフはこちらをチラチラ見ながらそんなことを言ってくる。ありゃま、なぜか好感触だ。まあ、本人が言うなら少しばかり口や手を出しても見てもいいが……。

 

「……そういうことなら、まあ。思うに、手首に力が入りすぎていると思うんだ。生身の人間を斬るならまだしも、丸太や甲冑はひどく硬いから、そういう握り方だと手首を痛めてしまう」

 

 若エルフの手首を優しく掴みつつ、そう言ってみる。彼女は満更でもなさそうな様子で「ほ、ほお?」と頷いた。その視線は、なぜか僕の胸元に釘付けだ。確かに今の僕はシャツ一枚の軽装だが……男の胸なんぞ見ても何も楽しくないと思うんだがねえ。

 

「ち、近か。男にこげん近寄ったんな初めてじゃ。良か匂いがすっ……」

 

「今なんて?」

 

「いっ、いいや、なんでも無か。つまり、こう振ればいいわけじゃな? ……ヤッ!」

 

 首をブンブンと振ってから、若エルフはまた雑木を打った。今度は幹で弾かれることなく、きちんと木剣を振りぬくことが出来た。すでに基礎ができている人間だから、飲み込みは早い。

 

「流石だな、その調子だ! ……それともう一つアドバイスなんだが、声はもっと派手に出した方が気持ちがいいぞ」

 

「……おっ、おう! わかりもした! キエエエエエエイッ!」

 

 猿じみた叫びを上げながら、若エルフは雑木を親の仇のようにシバき始めた。周囲のエルフたちも興味を覚えたのか、手ごろな枝を拾って周囲の木々を打ち始めた。やはり普段の素振りと調子が違うせいか「おういアルベールどん! (オイ)にも教練を頼む!」と声がかかり始める。

 

「はいはい……」

 

 その求めに従って剣の振り方や握り方を手ほどきしつつ、僕は密かに笑った。わざわざ敵地ともいえるルンガ市の真ん中で鍛錬を始めたのは、こうやってエルフたちを誘い込むという狙いもあった。武士じみた価値観を持つエルフのことだ、武術を軸にしたコミュニケーションが有効だと思ったんだよな。一緒に汗を流し、同じ釜の飯を食う。連帯感の醸成にはもっとも効果的な手法である。

 ヴァンカ氏らとの全面対決は避けられないであろう状況だが、それ故に出来るだけ多くのエルフをこちらに取り込む必要がある。リースベン軍単独でエルフどもと戦うなんて、絶対に避けたい。一般エルフたちとはせいぜい仲良くなっておきたいところだ……。

 

「まーたお兄様が無自覚誘惑してる……」

 

 なにやら我が義妹が呟いている様子だったが、その声はエルフたちの発する猿じみた奇声によってかき消されてしまった。

 


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