異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
わたし、ソニア・スオラハティは不安だった。アル様が、よりにもよってあのフィオレンツァと一緒にエルフどもと飲み会を始めてしまったからだ。あの羽虫女の危険性は言うに及ばず、ダライヤとかいう見た目童女な年寄りも明らかにアル様を性的な目で見ている様子だ。最愛の男がそんな連中と一緒に酒を飲んでいるのに、のほほんとしていられる女など居ないだろう。
唯一、あのオルファンとかいう自称皇族は誠実そうに見えなくもないが……安心はできない。一見生真面目そうに見えても、内部ではグツグツと性欲が煮立っている可能性も十分にある。
「むぅ……」
頭をブンブンと振ってから、わたしは折り畳みテーブルに乗っているカップを口につけた。中身の香草茶はすっかり冷めているが、気にしない。従兵にお代わりをもってくるよう命じてから、わたしは腕を組んで周囲を見回した。
今、わたしは部下の騎士たちとともに周辺監視を行っている。アル様を狙う不埒な輩は、フィオレンツァやダライヤだけではないのだ。エルフの過激派連中はいつ暴発するやらわからないような状況である。最大級の警戒を維持する必要がある。
「……」
そんな状況だというのに、周囲を見張りもせずにこちらをチラチラチラチラうかがっている不埒なアホが居る。カリーナだ。本来アル様の警護はこのウシ娘の仕事ではないのだが、本人の強い希望により参加を許していた。
最初はやる気があってよろしいと感心していたものだが、このような状態では監視どころではない。わたしは殊更に大げさな仕草でため息を吐き、テーブルの上に置いていた兜をかぶった。
「カリーナ、貴様の仕事はわたしの監視か?」
「ぴゃっ!? い、いえっ! 違います!」
びくんと震えて、カリーナは姿勢を正す。リースベン軍に入ってみっちりと鍛えなおされたおかげか、こういう動作だけはとてもこなれている。だが、中身の方はやはりまだまだ新兵だな。ビビりが過ぎる。
「だったら、見るべき場所が違うんじゃないのか」
「
「謝っている暇があったら己の職務を果たせ、いいな?」
「はっ!」
ピシリと敬礼して、真面目に周辺警戒を始めるカリーナ。出会った当初は跳ねっ返り以外の何者でもなかったこの娘だが、軍隊式教育の甲斐あって今ではすっかり従順になっていた。
「……で、わたしに何か用か?」
そんな彼女に歩み寄り、周囲に聞こえないよう気を使いながらそう聞いた。周りには我々以外にも十数名もの騎士とエルフ警備兵が居る。大手を振って雑談を始めるのはあまりよくない。
「えっ、い、いや、用ということもないのですが……」
嘘をつけ嘘を。だったらなんであんなにずっとチラチラ見てきたんだ。用が無いはずないだろうが。呆れた目つきで睨んでやると、カリーナのやつは「ぴゃあ……」と情けない声を上げながら背筋を震わせた。まるでヘビに睨まれたカエルだ。……そこまでビビられるとちょっと傷つくな。いや、ナメられるよりは百倍マシなのだが。
「思えば、せっかく同じ屋敷で暮らしているのに、ソニア様とまともにおしゃべりをしたこともないな、と思いまして……」
「……」
確かに、わたしはこのウシ娘と私的な会話をしたことはほとんどない。むろん、命令や報告などの任務に必要な会話はするが。しかし、上官と部下の関係などそんなものだろう。特に、カリーナは騎士隊ではなく一般歩兵の訓練部隊に所属している訳だからな。当然、会話する機会などほとんどないのだ。
「確かにそれはその通りだが、わたしと貴様はオトモダチではないのだ。なぜわざわざ雑談などする必要があるんだ」
「……」
カリーナは露骨に困った顔をした。わたしは無言で、ヤツが被っている兜のバイザーをムリヤリ降ろす。士官たるもの、部下の前で動揺を表に出すような真似をしてはいけない。コイツはまだ見習いだが、それでも士官候補には違いないのだ。
「あっ、スイマセン……ええと、それで、ですね……確かに自分とソニア様はオトモダチではありませんが、自分がお兄様の義妹である以上、ソニア様も
「……ほう」
言われてみれば、一理ある。スオラハティ家を捨てた以上、わたしも将来的にはブロンダンを名乗ることになるわけだからな。確かにコイツはワタシの義妹でもあるわけか。ふむ……。
妹と聞くと、実家に残してきた二人を思い出す。双子だというのに正反対の性格をした、面白いヤツらだ。もう一年以上顔を合わせていないが、元気をしているだろうか? ……拠点をこのリースベンに移した以上、もう奴らと顔を合わせる機会は一生ないかもしれないな。我が故郷ノール辺境領はガレアの北端、このリースベンからはあまりにも遠すぎる。
「ブロンダン家を盛り立てていく上でも、我々が親睦を深めるというのは悪くはない事なのではないかと、その……」
「ふーむ」
確かにその通りではある。今では城伯家にまで成り上がったブロンダン家ではあるが、実態は新興の騎士家でしかない。臣下といえばジルベルトのプレヴォ家だけだし、親戚や姻戚もほとんど居ないわけだ。組織としてあまりにも弱すぎる。
むろんそういう部分はわたしやジルベルトが補佐していくつもりではあるのだが……なるほど、こいつもそれに協力するつもりはあるわけま。まあ、一応カリーナも出身は伯爵家だ。そういう最低限の責任感は持ち合わせているらしい。少しばかり見直したな。
もっとも、下心はそれなりにあるだろうがな。どう考えても、このウシ娘はアル様を狙っている。しかし、こいつが独力でアル様と結ばれるのは極めて困難だ。そこで、わたしの下につくことでおこぼれを頂こうという考えだろう。
「なるほど、その意気や良し。だが、今は任務中だ。そちらに集中するように」
「は、はい、ソニア様」
ひどく残念そうな声音でそう言いながら、カリーナは頷く。……バイザーを降ろしても無意味だな。感情がダダ漏れだ。アル様のような立派な士官になるには、まだまだ時間と修業が必要そうに見える。……いや、わたしでさえ、一生かかってもアルさまに追いつける気はしないのだが。
「……カルレラ市に戻ったら、ジルベルトと茶会をする予定になっている。貴様も招待してやろう」
「えっ、あっ!? ……ありがとうございます!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶカリーナに、わたしは思わずため息を吐いた。やっぱり駄目だこいつ、誰かがきちんと指導してやらねばならない。……そしてそれは、義姉であるわたしの役割だろう。
まあ、こいつの言うようにブロンダン家内部の結束は可能な限り強固にしていかねばならない。淫獣……もとい我が母やアデライド宰相をはじめとして、外敵はいくらでもいるわけだからな。最近はエルフの脅威も増している。少しくらいは、コイツに譲歩してやってもいいかもしれない。
「……っ!?」
そう考えていた時だった。風切り音と共に、一本の矢が飛来してくる。反射的に防御態勢になったが、その矢は誰にも命中することなく近くに生えていた木の幹へ突き刺さる。二の矢、三の矢が続く様子はなかった。
「これは……矢文ですね」
おずおずと突き刺さったままの矢に近づいた騎士が、大きな声でそう言った。どうやら、矢には手紙が結わえ付けられていたようだ。……伝令ではなく矢文とは、なんとも味な真似をする。わたしは眉間にしわを寄せながら、部下に命じてその手紙を持ってこさせた。
『村内に不穏な動きあり。警戒されたし』
手紙には、達筆なガレア文字でそう書かれていた。それ以外は、何も書いていない。差出人の名前すらなかった。こんなモノを送り付けてくるような相手と言えば……例のエルフニンジャ? とかいう連中以外に居ないだろう。わたしの眉間の皺は、ますます深くなった。