異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第278話 くっころ男騎士と共同戦線(3)

 僕は、本隊から二つの部隊を分離した。一つはダライヤ氏とその手勢、ダライヤ支隊。そして騎士隊をそのまま流用したジョゼット支隊だ。この二つの支隊はいったん後方に下げ、"正統"軍の支援に当たらせることにした。残った主力部隊は、長老たちとその手勢、そして我々の陸戦隊という布陣だ。

 主力正面から少なくない数の戦力が引き抜かれたため、当然敵に対する圧力は露骨に低下した。もちろん、敵はこの隙を逃さない。これ幸いとばかりに、強烈な攻勢を仕掛けてくる。

 

「チェストリースベン!」

 

 烈士エルフ兵が、獣のように叫びながら突っ込んでくる。まさに猪突猛進というほかない、荒々しい突撃だ。僕は即座に腰のホルスターからリボルバーを引き抜き、即座に発砲する。乾いた銃声が二連続で響き渡り、烈士エルフ兵は倒れ伏した。

 

「ないのこれしき!」

 

 しかし、一人倒れたくらいではエルフ兵の士気は萎えない。怯んだ様子もなく、別のエルフ兵が突っ込んでくる。大上段に構えた木剣の黒曜石が、木漏れ日を浴びてギラリと輝いた。

 

「キエエエエエエエッ!!」

 

 拳銃から手を離しつつ、僕は渾身の叫びを上げた。そしてサーベルの柄を引っ掴み、抜刀。相手の白刃……ならぬ黒刃が己に届くよりも早く、エルフ兵の肉体を二枚下ろしにした。

 

「なんと早か抜刀や!」

 

「まるで稲妻にごつ!」

 

 近くに居た長老派エルフ兵が感嘆の声を上げる。兜の下で僕は破顔したが、彼女らに応えるより早く長老が木剣を振り上げながら叫んだ。

 

「お(はん)ら! 目ん前で男が襲われちょっど! 口を動かす前に体を動かさんか!」

 

「お、押忍!」

 

 上司に叱咤され、長老派兵たちは慌ててこちらへ向かってくる烈士たちへ矢を浴びせかけた。エルフたちの使う妖精弓は種別としては短弓にカテゴライズされるがかなりの強弓で、その威力は長弓に引けを取らない。一度の斉射で複数のエルフ兵が倒れ伏した。

 

「エルフどもに後れを取るな! 吶喊!」

 

「ウオオオオッ! センパーファーイ!」

 

 妖精弓の一斉射撃で出鼻をくじかれた烈士隊に向け、銃剣付きの騎兵銃を構えた陸戦隊員たちが突撃を敢行する。射撃と突撃の見事なコンビネーションだ。流石のエルフ兵もこれには対応しきれず、少なくない数の兵士が鋭い銃剣に身体を刺し貫かれて絶命した。

 だが、エルフたちはそれだけで殲滅できるほど甘い相手ではない。あっという間に態勢を立て直し、逆に陸戦隊員たちを攻めたて始めた。銃剣の刺突を巧みに回避しつつ、隙を見て木剣で切りかかる。敵ながら見事な手前だ。

 着剣したライフルはちょっとした短槍くらいのリーチがあるため、相手の得物が剣ならばそれなりに有利に立ち回れるのだが……敵は精強なエルフ兵だからな、練度の差はいかんともしがたい。正面からの白兵戦では、やはり不利なようである。

 

「おう、おう。短命種どももなかなかやるじゃないか(やっじゃらせんか)

 

「お(はん)らも立派なぼっけもんじゃ。ナメたこと許せ!」

 

 嬉しそうな声でそんなことを言いながら、木剣を構えた長老派兵が陸戦隊の援護に入る。正直、かなりありがたい。エルフ兵に対抗できるのはエルフ兵だけ。そういう感想を覚えずにはいられなかった。連中の練度は本当にヤバい。

 長老派兵は、勇壮な雄たけび(雌たけび?)を上げながら、リースベン兵を守るように剣を振るい始めた。このような光景は、先ほどから何度も目撃していた。どうもエルフどもは、男や短命種たちよりも後に死ぬのは恥だという価値観があるらしい。そのおかげで、初めての共同作戦とは思えないほどスムーズに戦えている。

 

「第三小隊! そこはエルフたちに任せていったん退け!」

 

 一度放り捨ててしまった拳銃を落下防止紐(ランヤード)を手繰り寄せて回収しつつ、僕はそう命令した。白兵では圧倒的に不利なのだから、銃剣突撃はできるだけ控えてほしいというのが正直なところだった。

 とはいえ、彼女らの無茶な突撃は僕を援護するために行われたものだ。その点に関しては、キチンと感謝せねばならない。褒める、礼を言う。これを欠かすような指揮官に、部下たちはついてきてくれないのだ。

 僕は泡を食った様子で撤退してくる陸戦隊員たちの肩を荒々しく叩き「いい働きだった! お前たちのような部下を持てて僕は幸せ者だ」などと声をかける。そしてついでのような口調で、「いったん後ろに下がって銃を再装填してくれ」と命じるのである。

 

「了解!」

 

 リースベン兵たちは誇らしげに笑いながら、後方へと下がっていった。どうやら、僕の目論見は上手く行ったようだ。問答無用で「前線はエルフたちに任せてお前らは下がれ!」などと命じては相手のメンツを潰すことになるから、言い方には気を付けなくてはならない。ちょっと面倒だが、このあたりを気にするか否かで部下からの評判が段違いに変わってくるからな。気を遣うに越したことはないだろう。

 

「おんれ毒夫が! 死ね(けしめ)ぃ!」

 

 そんなことを叫びながら、樹上からエルフ兵が奇襲を仕掛けてくる。連中はサル並みに木登りが上手く、たびたび木を利用した攻撃を仕掛けてくるのである。厄介なことこの上ない。

 

「死ぬのは貴様だッ!」

 

 僕が迎撃に移るより早く、ソニアが吠えつつ剣を振るう。彼女自慢の両手剣の一撃を受けたエルフ兵は、着地するより早く真っ二つになった。まき散らされた血や臓物が周囲の木々を汚す。うーん、スプラッタ。

 

「今じゃ、矢を放て!」

 

 だが、樹上攻撃はそれで終わりではなかった。いつの間にか近くの大木の枝に鈴生りになっていたエルフ兵たちが、一斉に矢を射かけてきたのだ。すでに回避が間に合うタイミングではない。僕は被弾面積を最小限に抑えるため半身の姿勢をとりつつ、サーベルで矢を迎え撃とうとする。

 

「やらせんっ!」

 

 そこへ長老の一人が飛び出してきて、歌うような調子で呪文を詠唱した。突風の魔法が発動し、矢の雨を吹き散してしまう。結局、一本の矢も僕に届くことはなかった。

 

「打ち返せ!」

 

 そう命じつつ、僕も樹上のエルフ弓兵たちに向けて拳銃を発砲した。一瞬遅れてライフルの発砲音が重なり、枝に乗ったエルフ兵たちがバタバタと落下していく。

 

「お(はん)も下がれ! 男が前に立っちょっと、ハラハラして戦いにくかど!」

 

 窮地を救ってくれた長老が、怒り狂った表情でそんなことを言う。本当に僕を心配してくれている様子だ。

 

「しかし……」

 

 見通しの悪い森の中では、指揮官先頭は避けられない。そう言い返そうとした僕だったが、長老は問答無用で僕の腕を掴んで後方へと引っ張って行ってしまった。視線でソニアに助けを求めるが、彼女は澄ました表情でそれを無視してしまった。どうやら、ソニアも長老と同じ考えのようだ。

 結局、僕は村のはずれに生えた巨樹の根元まで引っ張り込まれてしまった。現在戦場になっている地点からは、やや離れた場所だ。確かに、ここならば安全だろう。

 

「お(はん)、ないごて主力から兵士(へご)を引き抜いて後ろへ下げた? 叛徒どもは、男たちを守り切れんほど苦戦しちょっとか?」

 

 僕の腕を離してから、長老はそう聞いてきた。その表情はひどく厳しいもので、肯定すれば即座に"正統"軍を援護するため飛び出していきそうな雰囲気がある。

 

「心配かね? 非戦闘員が」

 

「そりゃそうじゃ。あん中には、少なからず男がおっど! あん若造(にせ)どもに捕まったや、一体どげん目にあわさるっか……」

 

 鬼気迫る様子で、長老はそう熱弁した。どうも、撤退中の男たちを本気で心配しているらしい。エルフと言えば男を略奪していく連中という印象が強いが、彼女のように本気で男を守ろうという者もいる。僕は少しうれしい気分になった。

 

「いや、大丈夫だ。後方の敵は陽動目的の小部隊らしい。今のところ苦戦している様子はない」

 

「やったら下げた連中を今すぐ呼び戻せ! ワシらだけならないとでもなっどん、リースベン勢はそうでは無か。アルベールどん、お(はん)さっきから集中攻撃を受けちょっじゃらせんか」

 

 僕の肩をバシバシと叩きつつ、長老は言う。彼女の言うように、確かに僕はあからさまな集中攻撃を受けていた。どうやら、烈士どもは僕を目の仇にしているらしい。……ちょっと、国内にスパイをばらまいて有力者を篭絡しようとしただけなのになあ。……そりゃ目の仇にされて当然だわ。

 

「僕は餌だ。食いついてもらわなきゃ困るよ」

 

 まあしかし、そんなことは僕だってよく理解している。逆に言えば、だからこそオトリとして有用だということだ。兜のバイザーを上げて笑いかけてやると、長老派「……ほう?」と口角を上げた。

 

「こっちの圧力が低下したので、向こうはガンガン攻め込んでくる。こちらとしては、戦線を維持するために後退せざるを得ない……」

 

「じゃろうな。で?」

 

「敵が「ようし、とどめの一撃だ!」と一気呵成に突撃してきたときがねらい目だ。その瞬間、左右に配置しておいた予備部隊を投入し……バン、というわけ」

 

 拍手をするように、僕は手を叩いて見せた。撤退すると見せかけて敵の突出を狙い、挟み撃ちを狙う。いわゆる釣り野伏に近い作戦だ。同時に、敵主力の包囲を担う左右の別動隊は後方の戦線で何かあった時の予備戦力としても機能する。一石二鳥の部隊配置だった。

 そもそも、今のような森林戦では部隊を固めて運用しても大戦力の優位性は生かしづらいからな。小部隊に分散し、相互に支援しつつ有機的に行動する、そういう戦い方をするべきだろう。いわゆる委任戦術だ。

 

「そげん……算段じゃったか」

 

 心配そうな表情から一転、長老は花が咲いたように破顔した。そのまま、僕の肩をバシバシと叩く。

 

「なかなか女々しか作戦じゃ。ワシが(おのこ)じゃったら、お(はん)に惚れちょっかもしれんな。ワッハハハ!」

 

 心底愉快そうに笑いつつ、長老は手をひらひら振りながら去っていく。……女でも惚れてもいいのよ!


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