異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第279話 くっころ男騎士と共同戦線(4)

 後退しつつ戦闘を続行する、これはなかなかの難事だ。一歩間違えば、あっという間に本当の潰走へと発展してしまう。それでも、リースベン軍陸戦隊と長老派エルフ兵の合同部隊は粘り強く戦った。

 一方の部隊が制圧射撃を仕掛け、そのうちのもう一方の部隊が機動する。これを交互に繰り返すことで、被害を最低限に抑えつつ後退していくわけだ。典型的な"射撃と移動(ファイア&ムーブメント)"戦法である。撃って、動いて、撃って、動いて……ただ愚直にそれを繰り返すこと半時間、僕たちはなんとか川港近くの森の中まで後退することに成功していた。

 

「弾幕を切らすな! 敵を制圧し続けろ!」

 

 負傷兵を木陰に引きずりこみながら、僕はそう叫んだ。甲冑を着込んでいるわけではないとはいえ、フル装備の兵士一人はかなりの大荷物だ。後装式ライフルを撃ちまくるソニアの援護を受けつつ、なんとか安全な場所まで退避する。

 整然と戦えているとはいっても、被害をゼロにするのは不可能だ。敵の烈士どもは思ってもみないような場所から変幻自在の攻撃を仕掛けてくる。長老たちは彼女らを若造(にせ)だの何だのと言って馬鹿にするが、難敵であることには間違いなかった。

 乾いた銃声が連続して響き、妖精弓(エルヴンボウ)を乱射していたエルフ兵たちが倒れた。銃と違い、弓は射撃姿勢が限定される。物陰に隠れながら射撃するような芸当は、なかなか難しいのである。発射速度に随分と差がある短弓と先込め銃だが、この特性の差によりカタログスペックほど派手に銃側が撃ち負けるようなことは少なかった。

 

「おい、おい! 気をしっかり持てよ。そんなもんカスリ傷だからな、ツバ付けて寝てりゃ治る。諦めるんじゃないぞ」

 

 青ざめた負傷兵の顔をペチペチと叩きつつ、僕はそう叫ぶ。ハイエナ獣人のその兵士の肩には、妖精弓(エルヴンボウ)特有の太短い矢が突き刺さっていた。

 

「アイテテテ……あたしのツバより城伯様のツバのほうが効きそうなんで、つけてもらっていいですかね?」

 

「そんな軽口が叩けるなら治療すら必要ないな、まったく!」

 

 僕はそういって笑い飛ばすが、やはり部下の負傷ほど嫌な気分になるものはない。全身鎧が基本の騎士隊とは異なり、陸戦隊に所属する歩兵たちには鉄帽以外の防具は支給していないのである。私物の甲冑を身に着けている者もいるが、大半は吊るしの野戦服を着ているだけだ。こんな貧弱な装備では、やはりかなり心許ない。

 本当なら、胴鎧くらい支給してやりたいんだがな。カネもなければ物資も足りない。そもそもリースベンには、本職の甲冑師は僅か二名しか居ないのである。鉄砲鍛冶ですら、王都から連れてきた職人たちがこの間やっと操業を開始したくらいの有様だし……。

 

「すいません、お待たせしました」

 

 慌てた様子の衛生兵がやって来たので、ハイエナ姉さんを引き渡す。衛生兵は手慣れた様子で刺さったままの矢を半ばからへし折り、傷口に消毒液(単なる火酒だが)をぶっかけた。あとは傷口の近くを紐で固く縛り、応急処置完了。雑な治療だが、最前線でできる処置など限られている。これ以上の治療は後送してからだ。

 

「その(消毒液)はさぞ不味かろう。あとでウマイやつを差し入れてやるよ」

 

 苦悶のうめき声を上げる負傷兵の肩を叩いてそう言ってやる。負傷兵は手すきの兵士がタンカに乗せ、そのまま後方へ連れて行った。訓練通りの流れだ。僕は少し誇らしい気分になった。実戦時だからこそ、教科書通りの動きをするというのは大切なことなのだ。

 半年前までは街のチンピラでしか無かった彼女らも、今ではすっかりひとかどの兵士になっている。地道な交渉で時間を稼ぎまくった甲斐があったというものだ。もっとはやいうちに本格的な交戦が始まっていたら、こうも上手くは動けなかったはずだ。

 

「うめ酒ならワシもご相伴にあずかろごたっもんじゃ」

 

 僕の隠れている木陰に一人のエルフが寄ってきて、そんなことを言う、良く見れば、先ほどのエルフ長老だ。ちょっと呆れたような表情をしているのは、いったん後方に下がったはずの僕がまた前線に出てきているからだろう。

 

「いいね。ドンパチが終わったら宴会をしようじゃないか」

 

「そんた楽しみじゃ」

 

 長老は肩をすくめながらそう言った。そして、姿勢を低くしつつ、木陰から顔を出して敵の方をうかがう。甲高い風切り音を立てつつ複数の矢が飛来し、長老のすぐそばの木の幹に突き刺さった。彼女は顔を引っ込め、にやと笑う。

 

若造(にせ)共、弓ん腕は悪うなかど。相手にとって不足無しじゃ」

 

 危うく串刺しになりかけたのに、剛毅なものだ。彼女のみならず、エルフ兵全体がこの調子なのだから恐ろしい。彼女らの肝はオリハルコンでできているに違いない。

 

「腕もそうだが、数の方も思った以上に多いな。敵の兵力は無尽蔵に見える。どれだけのエルフがあの烈士どもに協力してるんだ?」

 

 これは僕の本音だった。本当に、敵の数が多い。倒しても倒しても、増援がやってくるので手に負えない。ため息を吐きつつ、ホルスターからリボルバーを抜いて銃弾を装填する。

 リボルバーと言っても現代的な金属薬莢式の銃ではないから、レンコン型の弾倉の前面から鉛球と火薬を押し込んでやる必要がある。しかもそれが五発分だ(一応この銃は六連発式だが、安全装置のついていないこの手の古式銃は暴発の可能性が高いため最初の一発は装填しないのが基本だ)。装填完了にはかなりの時間がかかるのである。

 

「そんた、お(はん)ん自業自得ん部分もあっ」

 

 装填の様子を興味深そうな様子で観察しながら、長老が言った。エルフたちが以外と知的好奇心が旺盛で(痴的好奇心も旺盛だ)、僕たちの使う武器にも興味津々だった。銃器類を売ってくれないかという打診をしてくるものまで居た。……ただでさえ凶悪なエルフ兵が銃まで持ち始めたら手が付けられない。もちろん、丁重にお断りした。

 

「自業自得?」

 

 それはともかく、聞き捨てならない単語が出てきたので僕は思わず聞き返した。いったい、何が自業自得だというのか? エる婦たちに対しては、極力融和的な態度を崩さぬよう立ち回ってきたつもりだが……なにか向こうの地雷でも踏んでしまったのか?

 

「そりゃそうじゃ。ワシらはここ百年、極端な女余りん状況で暮らしてきた。そげん状態で、お(はん)んようなスケベな男が村中をうろちたや……自分のもんにしよごたっち思うものが大勢出てくっとも、自然なこっじゃ」

 

 そう言って、長老はニヤリと笑った。そして、「むろん、お(はん)ん連れてきた他ん男どもにも同じこっが言ゆっ」と付け加えた。……つまり、もともと僕を除こうとしている集団に、さらにスケベ目的の脳みそピンク蛮族どもも合流しちゃったってこと? 倫理観サル並みじゃん、怖………いや今さらか。

 

「ええ……」

 

 そんなもん、回避不能な地雷じゃねえか。女装でもして性別を誤魔化しておいた方が良かったのか? ……いや、この世界の常識では僕の普段の服装もだいぶ女装よりだわ。

 

「……」

 

 後ろに控えていたソニアが、何とも言えない笑みを浮かべながら僕の肩をぽんぽんと叩いた。なんだその生暖かい視線は。……まったく! 僕は憤慨しつつ、装填の終わったリボルバーをホルスターへと収めた。

 

「まあ、それはさておき……そろそろ作戦も終盤だ。もうひと頑張りするとしようか」

 

 先ほど、鳥人伝令がダライヤ・ジョゼットの両支隊の配置が完了したとの情報を持ってきた。あとは、予定地点に敵部隊を引き込むだけだ。

 

「おうおう、面白く(おもしてう)なってきたな。リースベン城伯ん手管がどれほどんもんか、とっと見せてもらおうか」

 

 背中に背負っていた妖精弓(エルヴンボウ)を取り出しつつ、長老は頷いた。その表情は本当に楽しそうだ。まったく、エルフという種族はどいつもこいつも救いがたい戦バカばかりだな。まあ、僕だって同類だが。

 

「総員、撤退! てったーい!」

 

 いかにも敵の攻撃に耐えかねたという風を装って、僕はそう叫んだ。なんとか抗戦を続けていた味方兵たちは、弾かれたように戦線を放棄して走り始める。もちろん、僕やソニア、それに長老もそれに続く。

 ここからが、正念場である。敵に背を向けて逃げている時が、一番部隊の損耗が大きくなるのだ。本当なら、こんな危険な手は使いたくない。しかし、僕たちには全力疾走でこの場から逃げなくてはならない理由があった。チンタラ戦いながら後退していたら、味方の攻撃に巻き込まれてしまう……。

 

「おい、連中逃げ始めたど!」

 

「毒夫を逃すなっ! 生け捕りだ!」

 

「ウオオオッ! 男!」

 

 蛮声を出しつつ、烈士たちは追撃を開始する。その動きは、まったく統制の取れていないものだった。敵集団は、個人の練度が極めて高いだけの烏合の衆だ。手強い敵であるが、誘導自体は容易い。

 

「捕まったらシャレになんないな、コレッ!」

 

 森の妖精からは程遠い彼女らの態度を笑いつつ、僕は足を動かした。誘導予定地点まであと少し。捕まって慰み者にならぬよう、せいぜい頑張って走ることにしようか。


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