異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第284話 くっころ男騎士と幕僚会議(1)

 昼食が終わると、会議はいったんお開きとなった。決めねばならないことは他にいくらでもあったが、皆疲れていたからな。休憩を挟むことにしたわけだ。

 疲労困憊の状況で作戦を練っても、だいたいロクな計画は出来上がらないものである。ましてやエルフ連中はみな栄養失調で、一見元気ではあってもあきらかに脳みそがフルスペックを発揮できていない。腹いっぱいメシを食わせて、小一時間ほど昼寝をさせてやることにした。

 

「……」

 

 川港の片隅に張られた天幕の下で、僕は砂糖入りの香草茶を飲んでいた。折り畳みテーブルの上には茶菓子なども並んでおり、完全に茶会の様相を呈している。まあ、茶菓子と言ってもたんなる甘めのビスケットだがね。

 食事のち休憩。それが僕の出した命令だった。兵たちにはできるだけ横になって休むように命じていたが、流石に僕までお昼寝するわけにはいかないからな。食後のティータイムでお茶を濁しているわけだ。

 むろん、部隊レベルでは現在も警戒態勢は維持していた。兵士の三分の一を警備に当たらせ、交代で休憩させる形だ。鳥人による偵察飛行も行わせているから、敵が仕掛けてくる気ならば即座に迎撃を開始することが可能だろう。

 

「……こんな場所でゆっくり休んでいて、大丈夫なのでしょうか」

 

 僕の対面の席に座ったフィオレンツァ司教が言った。非戦闘員である彼女にはできればマイケル・コリンズ号に退避してもらいたかったのだが、『もう吐しゃ物まみれになるのは勘弁願いたいので……』と蒼い顔で断られてしまった。まあそりゃそうだよな、船酔いキツいもんな……。

 

「あんまり大丈夫ではありませんが、補給や休息もなしに戦い続けるのは不可能ですからね。休めるうちに休んでおかねばなりません」

 

 兵に適切な休憩を取らせるのは士官の義務だとリースベン軍の操典(軍隊の教科書)にも書かれている。……まあ、この操典を書いたのは僕だけどね。

 それに、敵が今すぐ再攻撃を仕掛けてくる可能性も薄いしな。なにしろ、あの激しいロケット弾の雨を浴びた直後だ。いくら勇猛なエルフ兵でも、無策に突っ込んでくるような真似には二の足を踏むだろう。実際のところロケット砲は使い捨てで、再使用はできないんだけどな。とはいえ主砲の五七ミリ速射砲は使用可能なので、まったくの無策という訳ではない。

 

「敵が仕掛けてくるとすれば、それは日が暮れた後になるだろう。余裕があるうちに、補給や休息は済ませておくべきだ」

 

 小ばかにしたような口調で、ソニアが言った。相変わらず、この二人はギスギスしている。ギスギスというか、一方的にソニアが司教を敵視しているだけのようにも見えるが。

 

「……なるほど、では安心ですね。もちろん、油断はするべきではありませんが」

 

 一方、司教は大人の対応である。僕らより年下なのに、流石だよな。若くして聖会の重鎮やってるだけのことはあるよ。

 

「ふふん」

 

 ……なんか司教がドヤってる。相変わらず不思議な人である。

 

「それはさておき、せっかく身内だけの時間が作れたわけだし……今のうちに、味方のエルフたちをどうするか、当面の方針を決めておこう」

 

 こほんと咳払いをしてから、僕はそう言った。ダライヤ氏やオルファン氏らとの会議を早々と打ち切ったのは、このためだ。何しろ急に事態が動いたからな。これまでの計画は、もう役に立たない。新しい方針を早急に立てておくべきだろう。

 

「そうですね、少々難しい問題ではありますが……後回しにするわけにもいきますまい」

 

 そう言いながら、ソニアが指でトントンとテーブルを叩いた。従者がやってきて、新しい香草茶を彼女のカップに注ぐ。ソニアは優雅な手つきでカップを手に取り、口に運んだ。

 

「……まあ、いい機会ではあります。このままいけば、エルフ連中は問題なく我々の傘下に収まるでしょう。もともとその気だった"正統"はもちろん、"新"のほうも分裂で随分と弱体化いたしました。もはや独力での組織維持は難しいでしょう。そうなれば、彼女らは我々に頼るしかありません」

 

「確かにそれはそうだ」

 

 ソニアの指摘に、僕は頷く。

 

「それはいい。それは良いんだが、問題は別の部分にある。どうもこの一件は、ダライヤ氏の陰謀のような気配がある。……いや、証拠はないが」

 

 もちろん僕の勘違いという可能性もあるが、ダライヤ氏の態度を見ているとそうとは思えないんだよな。すべての状況がダライヤ氏のコントロール下にあるとも思えないが、大まかなレールは彼女が引いたもののような気がする。

 

「そうですね、わたくしも同感です。どうにも一筋縄ではいかないお人のように思えますし、あの方は」

 

 そう言って、フィオレンツァ司教は己の片目を覆う革製の眼帯をゆっくりと撫でる。……よく見ると、以前付けていたモノとは別の眼帯だな、これ。

 

「一筋縄ではいかないのは貴様も同じことだが、まあ同感だ」

 

 ソニアさんソニアさん、貴方はどうして司教のこととなると一言余計なことを付け加えずにはいられないのですか? 僕は小さくため息を吐いて、香草茶を飲んだ。母親のことといい司教のことといい、ソニアは嫌いな相手にはとことん辛辣だ。

 

「まあ、現状はダライヤ氏の陰謀に乗ったままでも我々に損はないがね」

 

 現状の親リースベン派"新"エルフ……面倒くさいのでダライヤ派でいいか。ダライヤ派の兵数は"正統"と大差ない状況になっている。この状態で再び両者が戦端を開けば、お互いタダではすまないだろう。過激派をパージしたこともあり、ダライヤ派は"正統"との和平に否は唱えないものと思われる。

 問題の過激派連中……ヴァンカ派さえなんとかしてしまえば、僕らにとってはたいへんに都合の良い状況になるのは間違いあるまい。上手くいけば、エルフェニア全体がリースベンの傘下に入ることになるだろう。

 

「しかし、状況の主導権をダライヤ氏ばかりに握らせておくのもよろしくないだろう。下手をすれば、リースベンの実権を彼女に奪われてしまう可能性もある」

 

 ダライヤ氏の普段の言動を見ていると、そんなことはしないような気はするがね。彼女は隠居従っている様子だし……。しかし、彼女は非常に頭が切れるし割と平気で噓をつく。心の底から信用するのはやめたほうがいいだろう。まったく無警戒というわけにはいかない。

 

「わたくしとしては、ある程度はダライヤさんにかじ取りを任せても問題ないとは思いますが。なにしろあの方、とんでもなく有能なのは間違いありませんから。むろん、手綱はつけておく必要がありますが」

 

「何を言っているんだ、貴様は。リースベンはアル様の国だぞ。エルフなぞに牛耳らせるわけにはいかない」

 

 ううむ、と唸りながら僕は腕を組んだ。これは、なかなか難しい問題だ。僕個人としては、ダライヤ氏には好感を抱いているがね。しかし、リースベンの領主としてはソニアの意見に賛同せざるを得ない部分もある。ダライヤ氏は僕の部下ではないし、完全に信頼できる相手でもないからだ。

 ヴァンカ氏らも厄介だが、ダライヤ氏のほうがよほど厄介な気がする。それに、オルファン氏も正直油断できない。面倒くさい連中だよな、エルフって。さてどうしたものかと、僕は脳みそをフル回転させはじめた。……ううーん、こんなんじゃ休憩にならないじゃないか。まったく……。


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