異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
「もちろん僕も、ダライヤ氏を排除しようという気はさらさらない」
湯気を上げる香草茶を飲みつつ、僕はそう言った。高価な砂糖を惜しげもなくブチこんだそれは、簡易的なエナジードリンクのようなものだ。疲れた時にはこれに限る。
「ただ、やはり彼女のみが状況の主導権を握っている現状は、あまり良いものではないだろう」
状況は良い方向に進んでるんだから下手に手を出すべきじゃないだろ、政治は戦いが終わってからやれや。……前世の僕なら、こう言っていたことだろうな。実際、作戦行動の真っ最中に主導権争いをするなんて、本当に馬鹿らしい行為のような気がする。
とはいえ、小なりとはいえいち組織のトップとしては、組織外の人間にこうも振り回されている現状はなんとかせねばならん。まったく、面倒なものだ。とはいえ、現場に迷惑をかけるような真似はするわけにいかんからな。どうしたものか……。
「ダライヤ氏はどういう着地点を目指しているんだろうな? その辺りがわかれば、対抗もしやすいんだが」
「……あの方の場合、わりと目的については分かりやすいような気がいたしますね」
フィオレンツァ司教が、天幕の外に目をやりながら聞いた。そこでは、エルフ兵の集団が焚き火を囲みつつガツガツと軍隊シチューをかき込んでいる。
「エルフたちをきちんと統治できる人間……つまりこの場合、アルベールさんのことですが。そういう人間を見つけ出して、己の権力や役職を丸投げしたい。現在は、その丸投げのための筋道を作っている段階ではないかと思います」
「本当にそうか? あまりにもこちらに都合の良い妄想のように思えるが。崩壊寸前とはいえいち帝国の皇帝だぞ、そう簡単に権力を手放すものかね」
うさんくさそうな目つきで、ソニアがフィオレンツァ司教を見た。司教はニッコリと笑って、肩をすくめる。
「ガレア王国屈指の大貴族家の家督相続権を躊躇なく手放す方もいらっしゃるのです。皇帝位を投げ捨てたい人間がいても、おかしくはないでしょう?」
むう、とソニアは小さく唸って腕組みをした。まあそりゃそうね。オレアン公爵家が没落を始めた今、彼女の実家スオラハティ辺境伯家は名実共にガレア最大の領主貴族になりつつあるしな。ソニア、実家に帰らなくて大丈夫なんだろうか……? いや、今さらソニアに抜けられると滅茶苦茶困るけどさ。
「まあ、何にせよダライヤさんが仕事を辞めて隠居したがっているのは確かなことだと思いますよ。ですから、彼女の行動指針もその目的に沿ったものであると推測できます」
「確かにそうですね……」
隠居してぇ……って自分で言ってたもんな、ダライヤ氏。気分はわかるぞ気分は。僕だって正直、領主の地位を投げ捨てたくなることあるし。……めちゃくちゃな事ばかりしでかすエルフどもの相手をしてるときとかにな!!
……ああ、だからさっさと現役から退きたいわけね、ダライヤ氏は。確かにあんな連中のトップに立ってあれこれ差配するするのは普通に心労がヤバいわ。逃げたくなってもしょうがない。だからって僕に投げつけるんじゃねえよ!
「だとすると、少なくとも途中までは我々とダライヤ氏の利害は一致しているということですね」
「なるほど……まあ、認めたくはありませんが一理はあります。実際、エルフ全体をリースベンの勢力下に置くことそのものには、双方それなりに大きなメリットがあるのは間違いないでしょう。むろんそのメリットには様々な問題が付随してくるわけですが」
僕の言葉にソニアも同意した。戦士としても有能極まりないエルフたちだが、農民としても有能だ。なにしろリースベンの気候や土壌に合致した農業ノウハウと作物を持っている。
現在のリースベン農民は気候に合っていないガレア式農法を使っているせいで、作物の生産高が伸び悩んでしまっている。食糧自給率の向上はリースベンの喫緊の課題と言っていい。エルフどもが腰を落ち着けて農業に励むようになれば、この辺りは随分と改善するだろう。
「つまり、少なくともダライヤ派エルフをこちらに取り込むまでは、彼女の思惑に乗るのも悪くないと」
「ええ。それが良いでしょう」
「フゥム」
司教の言葉を聞いて、僕は小さく唸った。相手の思惑に乗りつつ主導権を取り戻すとか……なかなか難しいな。さて、どうしたものか。……戦術目標を達成させつつ、戦略目標をとん挫させる、これだな。
ダライヤ氏の戦術目標は、リースベン軍とダライヤ派の一体化を進めて両者の融和をスムーズに進めること。これに関しては、大いに協力して構わない。しかし、戦略目標……つまり隠居に関しては阻止する。こういう方針で行こうか。
「……どうせエルフを傘下に取り込むとは言っても、直接統治するのは難しいんだ。だったら、我々とダライヤ派の折衝を行う人物が必要になってくる。これは、エルフの文化を良く知り、なおかつ思慮深い人間にしか務まらない。……ちょうどいい人材が、タイミングよく我々の懐に入って来たな?」
「んふ、ダライヤさんですか」
フィオレンツァ司教がくすりと笑った。ダライヤ氏はこれが最後の御奉公だと思ってるんだろうが、そうはいかん。あなたには、少なくともエルフ情勢が落ち着くまでは頑張ってもらわなきゃ困るんだよ。
「その通りだ。我々に協力してくれるというのなら、ぜひ頑張ってもらおうじゃないか。ガンガン責任を押し付けてやる」
彼女には大変申し訳ない話だが、相談もせずにこちらをハメるような真似をするからいかんのだ。このくらいの意趣返しはしたって構わないだろう。
そもそもからして、ダライヤ氏はかなりの有能人材だしな。リースベン政府の人材不足はひどいものがあるので、そりゃあ有効活用しなきゃもったいないってもんだろ。何なら、エルフ問題以外でもどんどん活躍してもらいたいものだ。
「なるほど、良い考えです」
両手をパチンと重ね合わせ、ソニアが言った。彼女とて、人手不足のせいで過労死寸前のオーバーワークが続いている。頼りになる
「そもそも、上級幹部がわたしとジルベルトしか居ない状態でエルフどもの面倒まで見るのは不可能です。厄介者を押し付けてくるからには、それなりの誠意をというものを示してもらわないと困りますね」
「一理ある」
僕は腕組みをしてウンウンと頷いた。確かにその通りで、ジルベルトにも大変な苦労をかけている。今回の遠征も、彼女に領主名代を押し付けてから出航してきたのだ。いまごろ、カルレラ市で四苦八苦していることだろう。
「そういう事でしたら、ぜひわたくしにお任せを。ダライヤさんが責任ある立場から離れられぬよう、布石を打っておきましょう」
「おお、それはありがたい。よろしいのですか?」
フィオレンツァ司教の提案に、僕は膝を打った。実際、この申し出は大変にありがたい。なにしろ現状はヴァンカ派への対処で精一杯なのだ。政治闘争に明け暮れている余裕など微塵もない。政治力・交渉力に優れた司教の協力があれば百人力だ。
「ええ。わたくしは、戦働きでは何のお役にもたてませんからね。せめて交渉役としてはお役に立てる所を見せておきたいので」
ニッコリと笑って、フィオレンツァ司教が頷く。そんな彼女を、ソニアが大変に胡散臭そうな目つきで睨みつけていた。……そんなに心配しなくても、司教に任せておけば大丈夫だよ。……たぶんね。
「ではこの件は司教様にお願いするとして……」
そこまで言って、僕は香草茶を一口飲む。……甘ぁい! いったいどれだけ砂糖入れたの? なんかジャリジャリするんだけど……豪勢に砂糖ぶちこみすぎだろ。甘いものは嫌いじゃないけど、砂糖はとにかく
「作戦面においても、我々にできることはあるだろう。今回の戦いは、単にヴァンカ派から非戦闘員たちを保護すればよい、という単純なものではない。今後の政治的な主導権を握るためにも、重要な一戦となるだろう」
「……その顔、なにやら腹案がおありのようですね?」
さすが、幼馴染副官は話が早い。僕はニヤリと笑って頷いた。
「その通り。うまくやれば、エルフたちの統治も容易になるだろう」
そう前置きをしてから、僕は二人に自分の案を話し始めた……。