異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第286話 聖人司教と蛮族皇女

 ワタシ、フィオレンツァ・キルアージは懸念していた。他人の陰謀に、そう簡単に手を出して良いものだろうか? ワタシも陰謀を走らせている最中に他人の介入を受け、計画がメタメタになってしまった経験がある。同じようなことがまた起きるのではないかと、正直かなり不安だった。まあ、あの策は介入を受ける前からちょっと破綻しかけてた気もするけど、トドメを刺されたのは確か。

 ダライヤおばあちゃんの計画は、思考を読み取った限りではパパ(アルベール)に語った通りの内容なのよね。ワタシにとっては、とっても都合がいい。パパに関しても、損より得が多いように思う。つまり、放置しておくのが最適解ってコト。

 とはいえ、パパに頼まれたからにはワタシも動かない訳にはいかない。正直、陰謀戦であのおばあちゃんに勝てる気がしないけどねぇ……まあ、脳筋のソニアに任せるよりははるかにマシ。結局、ワタシが頑張るほかない。

 

「フェザリアさん。ちょっとよろしいですか?」

 

 そういう訳で、ワタシはエルフ軍の陣地を訪れていた。陣地と言っても、水没林の川辺にエルフ集団がたむろしているだけの空間だけどね。エルフたちはアレコレおしゃべりをしながら、食事をしたり武器の手入れをしたりしている。なんとも荒々しく剣呑な雰囲気だった。顔は良いのにとんでもなくガラが悪いよのねぇ、コイツら。あんまり近づきたくないわぁ……。

 

「……だいかち思えば、フィオレンツァどんか。どげん要件や?」

 

 ワタシを迎えたのは、ダライヤおばあちゃん……ではなく、その対抗勢力正統エルフェニアの頭領、フェザリア・オルファン。おばあちゃんの陰謀に介入するとはいっても、流石に突然本人に会いに行くような真似はしない。将を射んとする者はまず馬を射よ、なんてパパが言ってたような気がするからね。とりあえず、周囲から攻略していくことにする。

 

「いまのうちに、少し個人的なお話ができれば……と思いまして」

 

 一応、作戦では攻撃開始は夕方以降、ということになっている。現在は、休憩が終わった者から戦闘準備に開始している状況。だから、オルファンもヒマではないはずなんだけど……彼女は、「ふーむ」と小さく唸ってから頷いた。

 

「個人的な話ちゅうと、人払いをした方がよかか?」

 

「ええ、お願いいたします」

 

「ううむ、分かった。ついて(ちて)きてくれ」

 

(こん忙しかときに……間が悪かね)

 

 ため息一つついてから、彼女は部下も連れず歩き始めた。相変わらず訛りすぎて何を言ってるのかよくわかんないけど、どうもついてきてくれと言ってるみたい。ワタシはお供連中に待機を命じてから、その背中を追った。

 いやー、話が早くて助かるわ。事前に渡りをつけておいて正解ね。"正統"には、リースベンとは別に星導教からも食糧支援を行うことを内密で確約している。だから、オルファンもワタシを邪険にはできないってワケ。まあ、もちろん食糧支援は布教と交換条件だから、一方的にこちらが債権者というわけでもないけどね。

 

「で、どげん要件なんじゃ? 布教に関してんこっであれば、でくれば後にしてもらおごたっとだが」

 

(我らのこれからを占う大切な一戦じゃ。万が一にも醜態を晒すわけにはいかん)

 

 ワタシを木陰に連れ込んでから、オルファンはそう言った。若干迷惑そうな様子ね。まあ、気分はわかる。ワタシは周囲を見回して、盗み見や聞き耳を立てているものがいないことを確認してから、ニッコリ笑って首を左右に振った。

 

「いいえ、そうではありません。すこし気になる情報が入って来たので、至急そちらのお耳に入れておいた方が良いだろうと思いまして」

 

「ちゅうと?」

 

 興味を引かれた表情で、オルファンは聞き返してくる。しかし、その心中はワタシへの不信感が渦巻いている。まあ、布教の件を受けたのも、リースベンにだけに生命線を頼る愚を避けるためだしね。もちろん、ワタシのことを心の底から信頼しているわけではない。

 このオルファンという人は、即断即決を是としているだけで、頭じたいはかなり良く回る人間という印象がある。おばあちゃんほどではないにしろ、この人もあんまり油断できる人間ではないみたい。

 

「……これは、"新"の中枢に近い方々から漏れ聞こえてきた話なのですが」

 

 内緒話をするような声音で、ワタシはそう前置きする。ま、嘘だけどね。昨日の今日で情報源になるような人間の確保なんかできるわけないもの、当り前よねぇ? そもそもわざわざスパイなんか用意するより、ワタシが直接心の声を盗み聞きしたほうがよっぽど早く正確な情報が手に入るし……。

 

「ほう」

 

(リースベンの連中、こん短期でちゃんと機能すっような情報網を整えたか。やっぱいアルベールどんな只者じゃなかど)

 

 ……本当にエルフどもの思考は読みにくいなあ。コレ、一応パパへの評価が上がった感じなの? それと同時に警戒レベルも一段階上がったような気がするけど……。ううーん、難しい。"正統"とリースベンを離間させるような真似は、絶対に避けたいからね。

 

「どうやらダライヤさんは、アルベールさんに結婚を申し込む腹積もりのようです。まあ、典型的な政略結婚ですね」

 

「……なんと」

 

(あん婆! ……いや、らしいといえばらしいが、なんてことを!)

 

 オルファンの形の良い眉が跳ね上がった。うんうん、イイ感じ。予想通りの反応ねぇ。この人も、パパのことは憎からず思ってるみたいだし。それが目の前で掻っ攫われようとすれば、まあいい気はしないでしょうねぇ?

 

「リースベンの安定を第一に考えているアルベールさんとしては、この提案は蹴りにくいでしょう。エルフと姻戚関係を結べば、統治もスムーズに進むわけですし」

 

「ううむ、確かにそんたそうだが……」

 

 ワタシの作戦は、至極シンプル。要するに、オルファンをダライヤおばあちゃんの当て馬にしようってワケ。おばあちゃんが引退しても統治に影響のない"新"と違い、"正統"はその権威性をオルファンの血筋に頼っている。だから、オルファンはパパとくっ付いても後継者が育つまでは引退できない。

 こうなると、おばあちゃんは困るわよねぇ? パパの伴侶となったオルファンが権勢を振るえば、"新"が冷遇されてしまう可能性が高い。こんな状態になっても同胞が見捨てられないくらいには責任感の強いおばあちゃんとしては、認められない展開じゃないかしらぁ。そうなるともう、自分も現役にとどまり続けるしかないワケよ。

 つまり何が言いたいかと言うと、パパがダライヤおばあちゃんとオルファンを同時に娶ってしまえば、万事解決ってコト。エルフどもが結婚攻勢を仕掛けてきたら、ソニアやジルベルトも危機感を抱いて積極的になってくれるだろうし。これが一石二鳥ってヤツ。

 

「しかし、"新"のみと姻戚関係を結ぶのは、バランスを欠く行為ではないかとわたくしは考えております」

 

「そいで(オイ)に話を持ってきたわけか」

 

「ええ、その通りです」

 

 深刻そうな表情で唸るオルファンに、私は頷き返す。よしよし、イイ感じで危機感を抱かせることに成功したわね。ま、実際問題、エルフたちを上手く統治するには、政略結婚が一番手っ取り早い手だものねぇ。そりゃあ、乗ってくるでしょうよぉ。

 しかし、エルフかあ。良いわよねえ、キレイだし長生きだし。ちょっと、いや、かなり野蛮なのが難点だけど、そのあたりは新しく生まれてくる子であれば教育でなんとかなるでしょ。"姉妹"としては、とても歓迎できる相手だわぁ。パパには、ぜひこの二人を娶ってもらいたいものねぇ。ワタシの計画上、"姉妹"はできるだけ増やしておきたいからねぇ。ガンガン子作りしてもらいたいものだわぁ。

 姻戚関係でガッチリブロンダン家とエルフたちが結び付けば、リースベン軍の戦力強化にもなるしね。ウンウン、本当にワタシにとって都合がいい状況だわぁ。ダライヤおばあちゃんサマサマねぇ。

 

「……じゃっどん、アルベールどんなどう考えちょっど? 本音を言えば、我らんような野蛮な輩と結婚すっなど、身ん毛もよだつことじゃろう。もしかしてあん方は、国んために自分の身を捧ぐっ気なんか? そいではあまりにも申し訳なか」

 

 わあ、オルファンったらお優しい。この言葉、本音だわ。下手したらソニアや宰相より淑女的なんじゃない? この人。伊達に皇女なんかやってないわ。オルファン家ってば、ガレアのヴァロワ王家よりも歴史が長いみたいだしね。やっぱり、高貴な血筋は違うわねぇ……。

 

「アルベールさんは国家国民の為なら躊躇なくその身をささげるお方です。何しろ、男だてらに騎士になって、その身を民衆の盾にされているようなお方ですからね」

 

「むぅ、確かに。じゃっどんそんた……あまりにも。アルベールどんな恩人や。彼を犠牲にすっような真似はしよごたなか」

 

 ……何言ってるのか半分くらいわかんないんだけどぉ!? なんとかなんないかしらね、コレ。訛りがひどすぎて本当にキツいわ。いっそ完全に別言語だったほうがわかりやすいかも……。

 

「わたくしは聖職者ですから、様々な夫婦を祝福して参りました。もちろん、政略結婚で結ばれた方も少なからずいらっしゃいます。しかしそういう夫婦は、必ずしも不幸せな状態になるわけではありません。お互い歩み寄る気持ちがあれば、政略結婚であっても愛し合うことができるのです」

 

 実際のところ、オルファンもパパのことは憎からず思っている。背中を押すのは、そう難しいものではないわ。ここまでくれば、思い通りの方向に思考を誘導するのは簡単……なにしろ、彼女自身の欲望に正統性を与えてやればいいだけだからね。ワタシは内心笑みを浮かべながら、オルファンに対して一気にまくしたてた……。


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