異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第287話 くっころ男騎士と出撃準備

 あれこれやっているうちに、気付けば夕方になっていた。ヴァンカ派の反撃があるとすれば、夜だ。それに合わせ、我々もルンガ市に夜襲を仕掛ける計画である。エルフは竜人(ドラゴニュート)と同等かそれ以上に夜目の効く種族らしく、夜間戦闘はお手の元という話だった。

 

「できれば、夜間の間は防備を固め、本格的な攻勢は翌朝以降に行いたかったんだがな……」

 

 夕焼けに染まる川港で、僕たちは戦闘前の最終確認を行っていた。余裕ある態度を装ってはいるが、僕は内心気が気はでない。なにしろ夜戦である。昼間戦闘よりもよほど難儀な作戦だ。

 戦力的にはリースベン軍・ダライヤ派・"正統"の合同部隊である我々の方が優位なのだが、夜間の森林戦闘となると大軍の優位はほとんど生かせない。そのうえ、せっかく我々の側についてくれた鳥人たちも、鳥目のため夜間は飛行が出来ないのである。

 自らの優位性を捨て去るがごときこの作戦に、僕はため息をつかざるを得なかった。これが士官学校の演習問題であれば、おそらく僕には落第点がつけられていることだろう。

 

「保護対象が居る以上、軍事的な都合のみで作戦を立てるわけには参りません。致し方のないことでしょう」

 

 甲冑姿のソニアが、これまた小さな声で帰してくる。ま、いかにも味方の士気が下がりそうな内容の会話だからな。部下たちに聞かせるわけにはイカン。

 部下たち……特に陸戦隊員たちは、緊張した面持ちで装具の点検を行っていた。できることなら彼女ら一人一人に声をかけ、肩を叩いて緊張をほぐしてやりたいところだが……それは、陸戦隊の直属の士官の仕事である。上級指揮官があまりでしゃばるのも、よろしくない。我慢だ。

 ちなみに作戦上は一応こちら側から攻撃をしかける予定ではあるが、場合によっては敵の方が川港に奇襲を仕掛けてくる可能性もある。作戦の発動はまだだが、油断するわけにはいかなかった。

 

「まぁね。場合によっては、非戦闘員連中を我々より先に保護(・・)されてしまう可能性もある。それじゃ困るんだよ……」

 

 もはやほとんど戦士階級の者しか生き残っていない"正統"と違い、"新"は少なくない数の戦えない者たちを抱えていた。たとえば男性だったり、老人であったり(不老のエルフも子を成せば老化が始まるし、そのほかの種族は普通に加齢する)、子供たちだったりだ。

 ルンガ市在住の男性は、結構な比率でリースベンから攫われてきた者たちだという。うまくやれば、奪還だって可能だろう。リースベン軍としては、この機を逃すわけにはいかない。ヴァンカ派のエルフどもが男たちをどこぞへ連れ去ってしまう前に、確保しておく必要がある。

 

「向こうもバカじゃあない。現状の戦力でルンガ市を維持するのが難しいことくらい、理解しているはずだ。期を逸すれば、尻に帆をかけて逃げていく可能性が高い。奪還作戦を仕掛けるタイミングは今しかない」

 

 なにしろ、おそらく敵側の大将はヴァンカ氏だろうからな。彼女はダライヤ氏と同じく年齢四桁世代だという話だ。間違いなく、一筋縄ではいかない相手だろう。相手は常に最善手を打ってくるという想定で作戦を立てねばならない。

 

「困難な作戦ですね……」

 

 ソニアはそう言って、小さく笑った。言葉とは裏腹に、その表情には自信があふれている。まったく、頼りになる副官だよ。

 

「ま、せいぜい頑張るしかあるまいさ……」

 

 笑い返してから、僕は小さく肩をすくめた。そこへ、誰かがやってくるのが見える。ダライヤ氏だ。一見いつもと変わらないポンチョ姿のように思えるが、おそらくその下には革鎧を着こんでいるはずだ。日常の装いと戦装束の区別がつきにくいのが、なんともエルフらしい。

 ダライヤ氏も、そしてそのほかのエルフたちも、平素通りの余裕のある態度だ。緊張一色の陸戦隊員たちとは大違いだ。流石はベテランだな、風格が違う。彼女らが味方で良かったと、僕は内心安堵する。

 

「ブロンダン殿、こちらは準備万端じゃ、いつでも出陣できるぞ。そちらはどんな感じじゃ?」

 

「もう少し待ってくれ。本格的な夜戦は初めてという兵も少なくない。入念な準備が必要だ」

 

「ン、わかった」

 

 ダライヤ氏は頷き、そしてポンチョの中から未着火の松明を取り出して見せた。

 

「一応聞いておくが、しっかりとした灯りは用意しておるかのぅ? 松明であれば、多少は融通できるが」

 

「もちろんだ」

 

 肯定しつつも、僕はなんとも言えない心地になっていた。現代国家で戦闘教練を受けた人間としては、照明を片手に夜戦を行うなど自殺行為に思えてしまう。

 

「しかし、アレだな。今夜は随分と月が明るいが、それでも灯りが必要かね?」

 

「むろん、必要じゃ。知っての通り、ルンガ市は森の都。たとえ満月の夜でも、その光は地上まで届かぬ。一寸先をも見通せぬ状態で戦うなど、エルフであっても至難の業じゃ」

 

「ううむ、そうか……」

 

 森林戦の達人であるエルフがこう言っているのだ。僕としては、納得するほかない。

 

「ま、安心せぃ。条件は敵も同じじゃ」

 

「無責任なことをゆな、ダライヤ。木陰に潜んだ伏兵からすりゃ、松明を持った兵など的も同然や。どしこ警戒してんしたりんていうことは無か」

 

 ケラケラと笑うダライヤ氏を、暗がりの中から出てきたオルファン氏がたしなめた。なんだか、普段よりもトゲのある声音である。

 

「ま、そりゃそうじゃがのぅ。しかし、男を安心させるのも女の務めなのじゃぞ? オヌシこそ、ブロンダン殿を心配させるようなことは言わぬほうが良い」

 

「む、むぅ」

 

 オルファン氏がぷぅと膨れたので、僕は思わず笑ってしまった。なんとも凛々しい彼女がこういう顔をするのは大変に珍しい。そう思ってみていると、視線に感付かれた。その白い頬を桜色に染めつつ、オルファン氏は顔を逸らした。……なんだか、普段とちょっと反応が違う気がする。なぜだろう? 疑問に思ったが、今はそれを追及している時間もない。

 

「安心させてくれるのは嬉しいがね、不正確な情報を上げられちゃ困るよ。少なくとも仕事中は、僕のことは男だと思わないでくれ」

 

「おう、それは済まなんだ。次から気を付けよう。……ところで、仕事中はと言ったな? つまり、私的な時間は男扱いしても良いと……」

 

「それ以上余計なことを言ったら両手両足のすべての関節を外すぞ、チビエルフ。もちろん指も含めてな……」

 

 ソニアが地獄の底から響いてくるような恐ろしげな声で威圧した。僕の傍にいたカリーナが「ぴゃっ!?」と悲鳴じみた声を上げる。なんでお前がビビってるんだよ。

 

「おお、コワイコワイ」

 

 一方、威圧された方はどこ吹く風と言った態度である。うちの義妹とは面の皮の厚さが違うね。……まあ、見習ってほしいとも思わないが。

 

「実戦を前にして、なんとも頼もしい態度だことだ」

 

「伊達にウン百年も生きてないからのぅ」

 

「千ウン百年ん間違いじゃろうが」

 

 オルファン氏の言葉に、今度はダライヤ氏がふくれっ面になった。フグの稚魚みたいな顔だ。滅茶苦茶カワイイ。

 

「そ、そんなに年寄りではない。せいぜい、千歳止まりじゃ。たぶん、おそらく」

 

 ほんとかなァ? そう思ったが、追及はしない。戦闘前にあまり無駄話をするわけにもいかないからだ。小さく息を吐いてから、僕は陸戦隊のほうへ目をやった。丁度準備が終わったようで、隊長がこちらへ走り寄ってくる。

 

「お待たせいたしました、城伯様。陸戦隊、いつでも出撃可能です」

 

「よろしい。……ではみんな、作戦開始と行こうか」


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