異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第289話 くっころ男騎士と偵察結果

「敵の気配が……ない?」

 

 それからしばらく後。偵察から戻ってきた長老の報告に、僕は思わず眉を跳ね上げた。

 

「うんむ、ワシもたまがっちょっとどん……根掘り葉掘り探してん、若造(にせ)ん一匹もおらなんじゃ」

 

 腕組みをしつつ、長老はそういう。小さく唸りつつ、僕は思案した。敵の偽装が巧みで、見破ることができなかったのだろうか? 森の中は真っ暗で、ダライヤ氏の言う通り灯りが無ければ一寸先も見通せないような状況だ。いかにエルフたちが優れた戦士だとしても、敵の兆候を見逃してしまった可能性は十分ある。

 しかし、報告の通り本当にルンガ市外縁部にはまったく敵が居ない可能性も排除しきれないのである。自分の考えに固執し、敵が居もしない場所へむやみやたらと斥候を送ってしまうのは、新米指揮官によくある失敗だ。そんな無駄なことで貴重なリソースを浪費するわけにはいかない。さて、どうしたものか……。

 

「市内の様子はどうだった? 郊外を偵察したのなら、ある程度内側の様子もわかるだろう。なにか変わった様子はなかったか?」

 

 まあ、ルンガ市は森におおわれた村なので、下手なビル街よりもよほど見通しが効かない街なのだが。しかしまあ、それでもある程度近づけばそれなりに情報は集まるだろう。

 

「ウム、そん件なんじゃが……どうも、市内ではかがり火が盛大に焚かれちょっようやった」

 

「かがり火……?」

 

 僕は眉をひそめた。僕の記憶が確かならば、昨夜はそんなものは使われていなかった。疑問に思って、ウルの方を見る。こういうことは、現地に住んでいる人間に問うのが一番だ。

 

「家ん外で夜に火を焚ったぁ、普段なら御法度になっちょります。光がいっぺこっぺに漏れたや、たて森ん中でも容易に居場所がバレてしまうでね。我々は夜に空を飛ぶことはできもはんが、ミミズクやフクロウん鳥人たちであればなんとか夜間偵察もできっで……」

 

「なるほど、確かにルンガ市は徹底的に隠ぺいされた都市だ。容易に場所を悟られぬよう、普段から気を使っているわけか……」

 

 航空偵察を恐れて灯火管制を行うなんて、思った以上に先進的だなあ。……いやまあ、今はそんなことはどうでもよい。問題は、普段使っていないはずのかがり火がなぜ焚かれているか、だ。

 今回の一件で、"新"の主敵である"正統"にもルンガ市の場所が露見してしまった。もう擬装をする必要がない以上、灯りを解禁したほうが戦いやすいと踏んだか……?

 

「できることなら、市内の偵察もしたいな。現状の情報では、わからないことが多すぎる」

 

 思案しつつそう言うと、長老はキョロキョロと周囲を見回した。いかにも怪しげな動作である。僕も士官としてはそれなりにベテランだから、すぐに察しがついた。こいつ、命令してないことまで勝手にやりやがったな?

 

「実は、こっそり中ん様子も確かめてきたんじゃが」

 

 囁くような声で耳打ちしてくる長老に、僕は小さくため息を吐いた。独断専行、まあ良くある話だ。指揮官としては下の独自判断で勝手な真似はしてほしくないのだが、上の命令に何も考えずに従うだけのロボット人間になられても困るからな。どこまで現場の判断を容認するかというのは、なかなか悩ましい問題である。

 彼女が単なる馬鹿なら、ここで偵察行の成果を自慢げに話し始めていることだろう。しかし、わざわざ声を潜めてこっそり報告してくるあたり、独断専行の容認が致命的な統制の緩みにつながるということを認識できているわけだ。そういう意味では、長老は気が利いている。

 

「……ほう、どうだった?」

 

「男子供が縛り上げられて、村ん広場に放置されちょった。そん周囲に、警備をしちょっ兵ん姿は無かった」

 

「なんだ、それ」

 

 意味がわからない。わざわざ男や子供を縛り上げて、しかも警備もつけずに放置していた? その行為に、どんな意味があるというのだろうか。思わず隣にいるソニアの方を見たが、彼女も眉をひそめながら首を左右に振るばかりである。

 

「あまり深入りしすぎてんマズかち思うて、いっき退いたがね。おかげで詳しか事は分からずじめじゃが」

 

「良い判断だ。どう考えても、罠臭いしな」

 

 僕は腕組みをして、小さく唸った。男や子供……つまり、保護対象を捕縛して、一か所に集める。どう考えても餌だ。考えなしにカブリと食いついたら大変なことになるに違いない。

 

「しかし、どうしたものか。敵の姿が全然見えないというのが不気味だ」

 

 声を普段のトーンに戻して、僕はそう言った。ヴァンカ派の兵士たちは、どこに隠れているのだろうか?たった一人の兵士すら尻尾を出さないというのは流石にヘンな気がする。ヴァンカ派兵には少なくない数の未熟なエルフ……虚無僧エルフが混ざっているのだ。あまり統制だった行動が出来るとは思えないのだが……。

 

「もしや連中、撤退したのでは? 自分たちの勢力だけではルンガ市を維持できないことくらい、ヴァンカも理解しているでしょう。いったん姿をくらまし、態勢を整えているのでは……」

 

 ソニアの意見に、僕はふむと頷く。あり得ない話ではない。ヴァンカ氏は復讐に狂っているものの、理性を失っているわけではない。退いた方が良い状況であれば、躊躇なく撤退するだろう。

 ルンガ市から撤退したと考えると、男子供を放置している理由も推察できる。要するに、足手まといを切り捨てたのだ。ただでさえエルフの食料事情は大変によろしくないのだ。戦えぬ者を養う余裕はあるまい……。

 

「その可能性は十分にある。しかし、油断は禁物だな。相手はダライヤ殿と同じくらいの古老だ。我々のような若造には想像もできないような奇抜な策が飛んでくるかもしれん」

 

 籠手の装甲を指先でトントンと叩きつつ、僕は考え込んだ。それを見た長老が、ニヤリと笑って言った。

 

「いっそ一気呵成に攻め込んちゅう手もあっ。少々被害は出っかもしれんが、こちらん方が戦力的には優越しちょっど。少しばかりん損害であれば問題はなか」

 

 ……危ないことをいう人だな。兵も見ているというのに、堂々と犠牲を前提にした作戦を話すとは。むろん僕だって場合によっては捨て石じみた作戦を取ることはある。犠牲を過剰に恐れると、却って被害が増えることになるからだ。

 とはいえ、それを兵の前で話すような真似はしない。捨て駒にされて喜ぶヤツなんかそうそうはいないからだ。味方兵の士気は大丈夫かと、周囲をうかがうが……。

 

「おうおう、良か考えだ。そげんこっなら、(オイ)にお任せあれ。見事に死に華を咲かせて見せよう」

 

「自分だけ恰好を付けようたって、そうはいかんぞ。アルベールどん、ここは(オイ)に」

 

 いかん、なぜかむしろ士気があがっている。なんでそんなに物騒な方向に積極的なんだよお前らは、そんなんだから滅亡寸前になるんだぞ。見ろよ周りのリースベン兵の顔を。ドン引きしてるじゃねえか。

 ううむ、しかし確かにそのアイデアは悪くはない。どうせ、この夜闇では満足な偵察など行えるはずもないのだ。打って出るなら、早めの方が良い。相手の策に嵌まったら、その時はその時だ。

 

「いいだろう。しかし、攻撃を決断したからには、小部隊をペチペチぶつけるようなケチ臭い真似はしない。本隊の全力をもってルンガ市を強襲し、手早く非戦闘員を保護しよう」

 

 僕の言葉に、エルフ兵は剣を掲げて「おうっ!」と答えた。罠とわかっている場所に突っ込むというのに、この態度とは……まったく、気持ちの良い連中である。


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