異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第29話 くっころ男騎士とライフル銃

 翌朝。僕たちはカルレラ市郊外にある草原に集まっていた。傭兵団側からはヴァレリー隊長と銃兵隊に来てもらった。ほかの兵隊はまだ休暇中だ。余計に働かされる銃兵隊には申し訳ないが、ちょっとしたボーナスも出すので許してほしい。

 

「銃兵隊、といっても、あくまで実験的に採用しただけだからな。数はそう多くない。二個分隊二十名。それがウチの抱える銃兵のすべてだ」

 

 そう説明するのは、あちこちに傷を作ったヴァレリー隊長だ。泥酔していたせいか、昨夜のことはぼんやりとしか覚えていないらしい。醜態を見せてしまったようで申し訳ないと、朝に会って早々謝罪された。

 

「中隊に二十名なら、かなり比率は大きい方だろう。十分だ」

 

 火縄銃なんて代物は集団運用してナンボの代物だが、鉄砲が不人気なこの世界でこれだけ銃兵を抱えている傭兵団は貴重だ。有難く運用させてもらう。

 そう思いながら、銃兵隊を見回す。だけを火縄銃を抱えた彼女らは、革鎧すら装備していない軽装な姿だ。身なりもお世辞にもよいとは言えないが、姿勢だけはキッチリしている。訓練はちゃんとしているようだ。

 

「マリエルから聞いたが、山間の閉所で大軍を迎え撃つ作戦らしいな。確かにそういう戦場では銃兵は有効だが……」

 

「普通にやれば、一回射撃しただけで壊滅しかねない。いくら閉所でも、流石に二十名では有効な弾幕は張れないからな。わかっているとも」

 

 ヴァレリー隊長の言葉に僕は頷いた。実際のところ、火縄銃……というか、銃身にらせん状の溝、ライフリングを刻んでいない滑腔銃の命中精度は、信じられないほど悪い。少し距離が離れただけで、弾丸があり得ない方向へ飛んでいく。そのため、敵の白目と黒目が区別できる距離まで近づいて撃てというのが、この手の古式銃の基本的な運用だ。

 更に、銃口から弾を込める先込め式(マズルローダー)であるため、連射速度も極めて遅い。熟達した射手でも、一分で三発から四発撃てたらよい方だと言われている。弓とは比べ物にならない遅さだ。もちろん、戦闘中などの劣悪な条件下では連射速度はさらに低下する。

 

「しかし、手はある」

 

 ニヤリと笑って、僕は銃兵隊のほうへ近寄った。

 

「諸君、あの標的を見てくれ」

 

 僕が指さした先には、麦藁の束で作った雑なカカシがあった。ヘルメットのように、古い鍋が頭に被せられている。距離はちょうど三〇〇メートルほどだ。

 

「この距離から、あれに命中弾を出せるか?」

 

「極めて難しい……と思います。分隊全員で射撃しても、一発も当たらないのでは」

 

 銃兵の一人が答えた。他の傭兵たちもうんうんと頷いている。確かに、三〇〇メートルという距離は火縄銃で狙うにはあまりにも遠い。まぐれ以外で命中することはまずないだろう。

 

「僕なら簡単に命中させられる。見てろ」

 

 そう言うと、僕は背負い紐(スリング)で肩にかけていた愛用の銃を銃兵たちに見せた。オーク材の銃床(ストック)騎兵銃(カービン)特有の短い銃身で構成されたシンプルな小銃で、見た目は傭兵たちの持っている火縄銃とそう変わりはない。

 唯一異なる部分は撃発に関する部品で、傭兵たちの銃はレバーを押し込んで火口に火縄を押し当てる、クロスボウに近い構造になっている。しかし、僕の銃には備えられているのはシンプルかつ無骨な形状の撃鉄(ハンマー)引き金(トリガー)だった。

 軽く構えて、撃鉄(ハンマー)を半分だけ上げる。その下には、細い金属製のパイプが頭を出している。腰の袋から出した勾玉型の入れ物を使って、そこへ真鍮製のキャップをはめ込む。

 

「火縄がついてない……?」

 

 その様子を見た銃兵のひとりが、ぼそりと呟いた。僕は軽く笑って、勾玉型ケースを袋へ戻す。そして撃鉄(ハンマー)を一番上まであげてから、銃をしっかりと構えた。

 銃床(ストック)に頬付けし、カカシの頭を狙う。呼吸を一瞬止め、引き金を引いた。撃鉄(ハンマー)が墜ち、真鍮キャップを叩く。撃発。猛烈な白煙とともに、銃口から弾丸が飛び出した。甲高い音を立てて、カカシの頭の鍋は吹っ飛ぶ。

 

「おおっ!」

 

「嘘だろ……!」

 

 銃兵たちが、一斉にどよめいた。期待通りの反応に僕は嬉しくなったが、努めて平静な表情で打ち終わった小銃をソニアへ渡す。彼女は恭しい態度でそれを受け取り、スッと後ろへ控えた。

 

「これは何も、僕が諸君らと比べて特別技量が優れているという訳ではない。武器の差だ。この新式銃を用いれば、諸君らもすぐ同じことが出来るようになる」

 

 僕が使った銃は、前世の世界ではミニエー銃と呼ばれていたものだ。銃身にライフリングが刻まれており、従来の銃に比べて極めて高い命中精度を誇る。これも、愛用のリボルバーと同じく自分で設計図をひいて銃職人に作ってもらったものだ。

 

「聞いたことがある。ライフル、というやつだな」

 

「流石だな。その通りだ」

 

 それを見ていたヴァレリー隊長が、額に指をあてながら唸った。この世界でも、ライフルの理論自体はすでに発見されている。しかし銃という武器自体が日陰の存在なので、そのことを知っている人は極端に少ない。

 やはり、ヴァレリー隊長はそれなりに優秀な人物らしいな。自分の部隊で使っている武器についてしっかりと情報収集を行っている。僕は感心しながら、彼女に頷いて見せた。

 

「しかし、そのライフルとやらはなかなか使い勝手が悪いと聞いたぞ。銃弾と銃身の間にほとんど隙間がないから、装填の際には強引に押し込むしかないとかなんとか」

 

 ヴァレリー隊長の言葉は事実だ。ライフルの理論が発見されているというのにまったく普及していないのはそれが原因だったりする。銃身の口径ぎりぎりの大きさの弾を無理やりねじ込むため、装填にひどく時間がかかってしまう。

 一発撃ったら再装填に一分も二分もかかる、なんていうのは使い勝手が悪いとかいうレベルじゃない。実用性は皆無だ。せいぜい、指揮官の狙撃くらいにしか使えないだろうな。

 

「その問題も解決済みだ。この銃弾は球形弾と変わらない速度で装填できるが、発砲の際の爆圧を受けて尾部が膨らむようになっている。それによってしっかりライフリングにかみ合うようになっているんだ」

 

 ポケットから出したミニエー銃用の弾丸を、ヴァレリー隊長に見せる。ドングリのような形状のそれは、ミニエー銃の本体といっていいほど重要な代物だ。

 

「この銃と弾丸を、今回の作戦の間に限り諸君らに貸与する。……ジョゼット、みんなに銃を配ってくれ」

 

「はっ!」

 

 配下の騎士に、銃の分配を命じた。彼女は神妙な顔で頷き、持ってきた木箱の中からいくつもの銃を取り出す。その様子を見ながら、僕はヴァレリー隊長へ言った。

 

「これが秘策その一だ」

 

「……なるほど。だが、これだけで勝てるほどディーゼル伯爵は甘い相手じゃないぞ。わかっているのか?」

 

 残念ながら、ヴァレリー隊長の表情は優れなかった。そりゃあ、そうだろう。新兵器の一つくらいで無邪気に勝利を確信するような指揮官は無能だ。僕はむしろ安心した。ヴァレリー隊長は現実が見えている。

 

「ジョゼット、銃を配り終わったら傭兵諸君に向こうで使い方をレクチャーしてやってくれ。僕はヴァレリー隊長の作戦の方を詰める」

 

 もちろん、僕の方も策はこれで打ち止めじゃない。部下にそう命令したあと、ヴァレリー隊長へ挑戦的な笑みを向けた。

 

「そんなことはもちろんわかってるさ。作戦は用意してある、まあまずは話を聞いて欲しい」

 

 


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