異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第290話 くっころ男騎士と夜の村(1)

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、ということわざもある。明らかに罠ではあるが、僕たちはルンガ市に突入することにした。むろん、何も対策をせずに突進、などという真似はしない。前衛を土地勘のあるダライヤ氏らに任せ、光栄にオルファン氏の"正統"軍を配置して退路を守ってもらう。

 面白みのない単純な陣形だが、にわか作りの連合部隊でいきなり複雑な戦術がとれるはずもない。ここは手堅いやり方でいくことにした。ガッチリと防備を固めつつ、我々はルンガ市に入っていく。

 

「本当に敵が居ませんね」

 

 油断のない目つきで周囲を警戒しつつ、ソニアが言う。長老の言う通り、ルンガ市からは人気が失せていた。粗末な竪穴式住居が、かがり火に照らされぼんやりと浮かび上がっている。耳に入るのは、秋の虫の鳴き声と味方兵の息遣い、そしてかがり火の爆ぜる音ばかりだ。まるで異界に迷い込んでしまったような気味の悪さを感じる。

 

「敵どころか、それ以外の気配も感じん。不気味じゃのぅ」

 

 そう答えたのはダライヤ氏だ。自然体に見える彼女だが、手は腰の木剣の柄に添えている。いつでも抜刀可能な臨戦態勢だ。

 我々リースベン軍は、ダライヤ派の兵士たちと共に先陣を切っていた。なにしろ僕の手勢は三勢力の中でもっとも数が少なく、中核として配置するには少々……いや、かなり荷が重い。ならばいっそ主力のダライヤ派部隊の補助に徹したほうが良かろうという判断だ。

 まあ、本音を言えば安全な場所で見物していたいんだがね。地元民相手に森林戦とか絶対にやりたくねぇよ。しかし、エルフどもを傘下に収める気であるならば、そう都合の良い事ばかりは言っていられない。血を流す覚悟のないものに為政者は務まらないのだ。……価値観が中世以前だなあ。文民統制国家までの道のりはまだ遠い。

 

「この盤面、ダライヤ殿はどういう風に見る? 僕としては、いわゆる空城の計を疑っているのだが」

 

 空城の計というのは、わざと敵を自陣に招き入れることで警戒心を誘い、相手を疑心暗鬼に陥れる計略のことだ。古典的な戦術だが、実際に使われると確かに厄介だ。敵がどう出てくるのかさっぱりわからん。

 

「ま、その通りじゃろうな……。流石はヴァンカ。厄介な手を使う」

 

「策士としては、かなりの出来物なのかね? ヴァンカ殿は」

 

 ダライヤ氏とヴァンカ氏は長年の友人だったという話だから、相手の手のうちもある程度読むことができるだろう。少々申し訳ない気もするが、少し詳しく聞いてみることにする。

 

「うむ……あの婆は、ああ見えてかなりの用兵家じゃよ。百年ほど前、エルフェニアが分裂の危機に陥った際はその辣腕を振るい、反逆者をバッタバッタと薙ぎ払っていったのじゃ」

 

「大婆様、そんた四百年前ん話だぞ」

 

「エッ!? もうそんなにたつのか? てっきり、ほんのこの間の話だとおもっておったが……」

 

 相変わらず時間感覚がガバガバだなこのロリババア。百年前の戦乱はエルフェニア分裂の危機どころかマジで分裂しちゃったヤツじゃないか。

 

「……なるほどな。稀代の名将を相手にする気分で戦った方が良いという事か」

 

 冷静に考えて、前世現世を合算しても三十年弱の軍歴しかない僕が、年齢四桁の古老を相手に対等に立ち回るというのがまず無理な話なのだ。総指揮は、出来ることならば同格であるダライヤ氏に執ってもらいたいものだ。まあ、立場的にそんなことは口が裂けても言えないわけだが。はあ、辛い。癒しが欲しい。

 

「若様、こん先ん広場で男子供ども縛り上げられちょっようじゃ。どうしもんそ?」

 

 そうこうしているうちに、露払いを任せていた斥候隊から伝令エルフ兵がやってくる。まーた若様呼ばわりか。エルフの中で流行ってんのかね……。

 まあ、今はそんなことはどうでもよい。やはり以前の報告のとおり、村に居た非戦闘員たちはまとめて一か所に集められているようである。どう見ても寄せ餌なんだよな。どうしたもんかね?

 

「ふむ……周囲に敵の気配はないか?」

 

「無か。広場ん周囲はもちろん周りん家ん中まで探索したが、見つかったぁゴキブリとネズミくれじゃなあ。戦士どこいか人間すらどけも見当たりもはん」

 

 エルフの家にもいるんだな、ゴキブリ……。エルフの神秘的なイメージが粉々に砕け散ってしまったぞ。いや、圧倒的に今さらだが。

 

「伏兵のみならず、仕掛け罠ん類も見当たらんなじゃ。……男どもを開放してやって大丈夫じゃしかね? どうも、おいん義弟と姪も捕まっちょっごたって……はよ助けてやろごたっどが」

 

 なに、仕掛け罠(ブービートラップ)すら無いだと? そんなおかしな話があるだろうか? 前世で兵隊をやっていた頃も、今のようなシチュエーションには何度か遭遇しているが……毎度のように悪辣極まりないブービートラップ祭りが開催されていたものだ。テロ屋どもが思いつくような手を、エルフたちが思いつかないとはとても思えないんだが……。

 

「まあ待て、ここは慎重に行こう」

 

 ヴァンカ氏は何をしたいのだろうか? 頭の中でグルグルと疑問が渦巻く。もしかして、たんに足手まとい共を僕たちにしつけたいだけなのか? それもありえる。ありえるが、頭からそうだと決めつけるのは不味い。今の僕はエルフたちの総指揮官でもある。僕の双肩には、千人近い兵士たちの運命がのっかっているんだ。軽率な判断は厳に慎まなくてはならない。

 脳裏に前世で見た光景がフラッシュバックする。街中をパトロールしている最中に、部下たちの乗った四輪駆動車(ハンヴィー)路肩爆弾(IED)で吹っ飛ばされてしまったのだ。三トン近い鉄塊が五階建てのビルほどの高さまで舞い上がったあの光景は、文字通り死んでも忘れられない。

 部下の数が多くなったぶん、僕が失敗すればあの時をはるかに超える惨劇が発生する。責任は重大だ。内心冷や汗をかきつつ思案していると、ソニアが提案を出してくる。

 

「アル様。ここは、本隊で広場の周囲を固めつつ慎重に民間人たちを解放するというのはどうでしょうか? 流石に、夜が明けるまでずっと指をくわえて待っているような真似もできませんし」

 

「うん、そうだな。結局のところ、見捨てるなどという選択肢はないわけだし」

 

 頷いてから、僕は本体に男子供が囚われているという広場への突入を命じた。各々が武器を構えつつ、ゆっくり進軍していく。村内はあちこちでかがり火が焚かれているが、夜の森の闇はその程度の灯りではこゆるぎもしないほど深くて暗い。一寸先の闇に敵が潜んでいるような気がして、とても不安だった。

 おまけに時折奇怪な鳴き声と共に飛び去る怪鳥などがいて、そのたびに心臓が派手に跳ねる。何も起こっていないうちから、ジリジリと精神力が削られていた。むろんそれはリースベン兵はもとよりエルフ兵ですら同じのようで、その美しい顔には冷や汗が浮かんでいる。

 これもヴァンカ氏の策のうちなのだろうか? ジリジリとした心地で足を進めていると、陸戦隊員の一人が大きく息を吸うのが見えた。慌てて彼女の肩へ手を乗せる。

 

「うひゃっ!」

 

「はい吐いて―。吸ってー、吐いて―。吸ってー、吐いて―……はーい、深呼吸ヨシ」

 

 ほとんど反射的に僕の指示に従って深呼吸をしてしまった若い兵士は、思わず目を白黒させた。おおかた、「仕掛ける気ならさっさと出てこい、臆病者ども!」とかなんとか叫ぼうとしたのだろう。気分はわかるが、勘弁してほしい。

 

「アレです」

 

 誰もかれもが不安な心地のまま進むこと三分。先導役のエルフ兵が、何かを指さして言った。そこに見えたのは、新エルフェニア元老院、そしてその前で縛り上げられた男性や子供たちの姿だ。数は合わせて百人足らずといったところか。

 

「無体な真似をする……」

 

 ソニアがぼそりと呟いた。その視線の先には、粗末な縄でグルグル巻きにされた男児の姿がある。やっとよちよち歩きができるようになったくらいの年齢の子供で、火がついたように泣き叫んでいた。思わず、僕も籠手に包まれた手をぐっと握り締めてしまう。

 それでも、冷静さを失う訳にはいかない。己の心を落ち着けさせながら、僕は彼らを観察した。大半が男と子供で、子供に関してはエルフもいれば鳥人もいる。少数ながら、只人(ヒューム)もだ。しかし、大人は男性のみである。少ないながらも確かにいるはずの、子を産んで加齢の始まったエルフの姿は一人も見えない。

 

「思ったより少ないな。他の民間人たちは、どこか別のところに捕らえられているのか?」

 

「この街の男子供はあれで全部じゃ。他の女どもの居場所はわからんが……」

 

 ダライヤ氏の返答に、僕は眉を跳ね上げた。総人口千人オーバーの集落で、男子供があれだけしかいないのか? いくらエルフが長命種とはいっても、流石に少なすぎる。そりゃ、絶滅寸前にもなるというものだ……。

 まあ、僕らの最終戦目標は、リースベンから攫われてきたであろう男性陣だ。そんな彼らが一か所にまとめられているのなら、話は早い。僕はこほんと咳払いをしてから、隊列から出て男たちに話しかけた。危険な行為だが、僕はリースベンの代表者だ。責任者としての責務を果たす必要がある。

 

「……諸君ら、無事か!? 僕はリースベン城伯、アルベール・ブロンダン! 諸君らを救援しに来た!」


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