異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第292話 くっころ男騎士と解放

 それから、十分ほど後。案の定、オルファン氏から『我、攻撃を受けつつあり』との報告がやってきた。それに対し、相変わらず我々の方は静かなものである。矢の一本が飛んでくることもないし、妙な罠で兵員が死傷したということもない。

 一切の攻撃は受けていないといっても、あまりのほほんとはしていられない。なにしろオルファン氏の部隊が受け持っているのは僕たちの退路だ。ガッツリ後方が脅かされているわけだから、なんとも焦燥感が凄い。

 だが、いますぐ部隊をひっくり返してオルファン氏を救援、というわけにもいかないのである。なにしろ我々には百名近い民間人を保護・回収する任務がある。けっこうな数だから、解放作業だけでもそれなりの時間がかかる。おまけにケガや脱水を起こしているものもいたから、縄を解いてすぐに動き出すわけにもいかなかった。

 

「大丈夫か? この後もしばらく歩いてもらわねばならん。体力的に難しいようであれば、手近な騎士に伝えろ。背負ってでも連れて行かせるから」

 

 憔悴した男性に水筒を手渡しながらそういってやると、彼は目に涙を浮かべながらぺこぺこと頭を下げる。こういうシチュエーションでは、一人一人にしっかりと声をかけ、場合によっては肩を叩いたり手を握ったりして励ましてやるのが重要だ。人間ってやつは簡単に折れるからな。限界を超えて踏ん張らせるには、それなりの手順を踏まねばならない。

 ……そう、限界を超えて、である。なにしろ僕は、彼らをカルレラ市の近くまで避難させる計画を考えていた。このルンガ市からは徒歩で三日ほどの距離である。街道が整備された平地であればどうってことのない距離だが、このリースベンにそんな文明的な設備は存在しない。未開の森を切り開いて進むしかないのである。

 軍人ならまだしも、特別鍛えているわけでもない男性たちにとってはなかなかに難儀な旅路だろう。こちらの世界の男性は、本当に貧弱なのだ。実のところ、僕ですらこの世界の男性としてはかなり強靭な方だったりする。それでも前世の肉体と比べるとあまりにもクソザコなので、時々キレそうになるが……。

 

「あのあの、お兄様。ちょっといい?」

 

 男女逆転世界の理不尽さをかみしめていると、胴鎧の背中をチョンチョンとつつかれた。振り返ってみれば、そこに居たのは我が義妹カリーナだ。普段は一般歩兵部隊と一緒に行動させている彼女だが、今は実戦下ということもあり従騎士として僕の傍仕えをやらせている。

 

「どうした? ションベンなら一人で行くなよ。どこに敵の伏兵が潜んでいるのかわからんからな……」

 

「ちっ、違うよ!?」

 

 首をブンブン振るカリーナ。フルフェイスの兜に隠れて見えないが、たぶんその顔は真っ赤になっているだろう。……冗談で言ってるわけじゃないんだけどなあ。戦場での排泄問題は本当に重要だぞ。特にカリーナの場合、ビビるとすぐお漏らししちゃうし……。

 

「そうじゃなくて、その……敵の意図がよくわからなくて」

 

 そこまで言って、カリーナはちらりと僕の傍にいる民間人男性を見た。そしてチョイチョイと手招きをする。どうやら、彼らには聞かせづらい話らしい。僕は軽くしゃがんで、彼女に耳を貸した。なにしろカリーナは背が低いので、しゃがまないことには内緒話もできない。

 

「爆弾か何かで、救助者もろとも吹き飛ばしちゃったほうが戦術としては有効なんじゃないかと思ったんだけど……。せっかく捕まえた人質を"お土産"もなしに返しちゃうなんて、あんまり合理的な行動じゃないなって」

 

 その言葉に、僕はフムと頷いた。こういう疑問を抱いた時には、緊急時でない限りその場で質問をするように彼女には命じていた。士官教育の一環だ。

 ちなみにとんでもなくひどいことを言っているようだが、これも僕の教育の成果である。戦場では外道な相手と相対する機会などいくらでもあるからな。その思考をトレースする訓練は欠かすべきではない。……軍人教育としてはそれで正しいんだが、子供への情操教育としては問題大ありだよなあ。まったく、やんなるね。

 

「確かにその通りだ。僕としても、もちろんそういう戦術を警戒していたわけだが……」

 

 カリーナの質問に、僕は真面目に答え始めた。味方が交戦状態に入っているというのになんと悠長な、と思わなくもないが、僕が一人で焦ってもなにも状況は改善しない。解放作業が終わるまでは、本隊は動くことができないのだ。自らの平常心を維持するためにも、僕は努めて普段通りの口調で説明を続ける。

 

「相手の司令官、ヴァンカはどうやら僕たちを敵だとは思っていないようだ。ようするに、非戦闘員の避難を僕らにおしつけたんだよ。陽動も兼ねてな」

 

 ま、劣勢側であるヴァンカ派が避難民を抱えて我々リースベン・エルフ連合軍と戦うなんて無理な話だからな。選択肢としては、逃がすか殺すか人質として有効活用するかの三択である。

 ヴァンカ氏はその中でもっとも穏当な案を採用したわけだな。縛り上げて一か所に集めたのは、彼らが離散して遭難するのを防ぐためだろう。リースベンの森には大型肉食獣などは生息していないが、なにしろとんでもなく深い。素人が不用意に踏み込めば間違いなく自らの現在位置を見失って死ぬまで森の中をさまよい続けることになる。

 

「つまり、ヴァンカは我々を対手として見てはいないのだ。まったく、ナメた真似をしてくれる」

 

 ソニアが顔を突っ込んできて、そう補足した。近寄りがたく見える彼女だが、案外部下に対しては面倒見が良い。

 

「なぁに、敵になめられる分にはむしろ有難いくらいだよ。相手が油断すればするほどこっちは動きやすくなるってもんだ、どんどん舐めてほしいもんだ」

 

「ど、どんどん舐めてほしい!? な、ナニを!?」

 

 カリーナが素っ頓狂な声で叫んだ。ソニアは深いため息をついてから、彼女の頭にゲンコツを落とす。パコンと景気の良い音がして、カリーナが「ぴゃっ!?」と奇妙な声を上げる。コラコラ、ウチは鉄拳制裁は厳禁だぞ。……まあ、兜の上から殴ったわけだから、本人は痛くもかゆくもないだろうが。

 

「貴様の頭には助兵衛なことしか詰まっていないのか? 義理とはいえ貴様もブロンダン姓を名乗っているのだ、アル様に恥じぬ行動を心掛けろ!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 カリーナはシュンとするが、説教をしているソニアの右手はぷるぷる震えていた。まあそりゃそうだよ、いくら籠手をつけているとはいっても、兜を直接ブン殴ったら手を痛めるに決まってる。

 ふたりの滑稽なやりとりを見て周囲の男どもがクスクスと笑った。僕としては正直顔から火がでるほど恥ずかしかったが、まあ彼らの緊張をほぐすための一助になったのであれば幸いだ。ため息を一つついて、気分を切り替える。

 

「城伯様。解放作業が完了いたしました」

 

 そこへ陸戦隊の隊長がやってきて、そう報告した。周囲を見回せば、確かにもう縄で縛られている者は一人もいなくなっている。

 

「ン、早いな」

 

 人質は男と子供を合わせて百人近く居る。その全員をこの短時間で解放してやったわけだから、なかなかの手際の良さだ。大人たちはさておき、小さな子供をなだめつつ縄を解いたり水を飲ませたりするのは並大抵の作業ではないはずだ。

 

「結局、エルフたちがあれこれ手伝ってくれましたので」

 

「なるほどな」

 

 僕は頷いた。できれば解放作業は我々リースベン軍の主導でやりたかったが、まあ仕方があるまい。ほとんど全戦力を投入しているエルフ勢と違い、こちらはわずかな手勢しか連れて来ていないのだ。結局のところ、デカイ顔をして状況を主導するにはマンパワーが足りない。

 ……一応、事態は鳥人伝令を使ってカルレラ市の本営にも伝えてるんだがなあ。どう考えても、今回の作戦にはリースベン軍の増援は間に合わない。少なくとも今晩のうちは、現有の戦力でやりくりするしかないということだ。

 

「よし、オルファン氏の救援に向かおう。救援の先鋒は騎士隊とダライヤ氏の手勢の混成部隊にやらせる。陸戦隊は避難民(・・・)の保護が最優先だ。オーケイ?」

 

了解(ウーラァ)!」

 

 さて、現状の僕のタスクは二つ。ヴァンカ派部隊を退けてこの場から撤退すること、そしてダライヤ派の連中をなんとか説得して、避難民(・・・)たちをカルレラ市の近くまで連れ帰ることだ。前者も容易なことではないが、作戦としての本命は後者である。せいぜい頑張らなくては。

 本気でエルフを傘下に収めるのであれば、僕としても甘い顔ばかりはしていられないからな。なにしろリースベン領民たちはエルフどもにさんざん煮え湯を飲まされている。ただたんに「エルフたちが困ってるみたいだから人道支援をしますよ」と説明しても納得はしてくれないだろう。

 リースベン領民たちとエルフたちの間には、深い溝が横たわっている。それを埋めるための第一歩として、まずは攫われていた男たちの救出という成果が必要なのだ。


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