異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
朝食のために張られた大天幕に訪れた僕を待っていたのは、軍隊シチューの入った大釜だった。……この頃、毎日毎日をこれを食ってる気がする。僕は割と平気だが、兵士たちは流石にウンザリしているんじゃないだろうか? 木椀の中で湯気をあげるソレを匙でいじりながら、僕はボンヤリとそう考えた。
別に、兵站部の連中も手抜きのために毎日軍隊シチューばかり作っているわけではないのだ。シンプルに、食材のレパートリーが少なすぎるのである。なにしろマイケル・コリンズ号はそう大きな船ではないので、運べる物資の量にも限りがある。かさばらず、なおかつ日持ちのする食材などそう多くは無い。
「うまか! うまか!」
「毎日腹がくちくなるまでメシが食ゆっなんぞ極楽んごつ!」
もっとも、エルフや鳥人連中はウンザリとは無縁の様子である。満面の笑みでバクバクとシチューをかき込んでいる。なかなか豪快な食いっぷりにも関わらずなぜか上品に見えてくるのは、エルフどもが妖精的な美しさを持っている種族だからだろう。本当に外見と内面の
「諸君らも食事中くらいゆっくりしたいところだろうが――」
大天幕の下で食事をとるお歴々の顔を見回しつつ、僕はおもむろにそう切り出した。この天幕の下に居るのは、各勢力の幹部たちだ。我々リースベンは僕やソニア、フィオレンツァ司教、騎士数名、陸戦隊の隊長など。そして"新"はダライヤ氏やウル、それに長老、氏族長たち。最後に"正統"がオルファン氏とその腹心連中である。
せっかくこれだけのメンツが集まっているのだから、有効活用しなきゃな。時間は有限だし、いつまたヴァンカ派が攻撃を仕掛けて来るやらわかったものではない。
相変わらず戦力的にはこちらが優位だが、昨晩の戦闘結果を見れば慢心する気にはとてもなれない。ヒット&アウェイの嫌がらせに徹されると、ずいぶんと厄介なことになるだろう。「こんなクソ蛮族が潜んでいるような森に居られるかっ! 僕は領地に帰るからな!」というのが僕の本音である。
「今後の身の振り方について、話し合いをしておきたい。構わないか?」
「うむ、うむ。賛成じゃな。いつまでもこうしているわけにもいかんじゃろうし」
イの一番に賛同してくれたのはダライヤ氏だった。彼女は自身の部下たちと"正統"の連中を交互に見比べる。両者の間には、何とも言えない緊張感が漂っていた。
まあ、そりゃそうだろう。"正統"のエルフファイヤーによってルンガ市は危うく炎上しかけるわ、同士討ちで少なくない数の兵士が死傷するわ……仲良くできる理由がまったくない。間に我々が挟まっていなければ、とうに殺し合いが始まっていることだろう。本当に嫌な両手に花だなあ、誰か代わってくれよ……。
「
腕組みをしつつ、オルファン氏が頷く。そのバストは平坦だった。
「なに忠臣ヅラをしちょっど狂犬め! きさんらなんぞ若様ん寄生虫んようなもんじゃらせんか!」
「我らのみならず若様にまで迷惑をかけて! 申し訳なかちゅうきもっは無かとな!」
すかさず"新"側から罵声が上がる。相変わらず僕のことは若様呼びだ。まあ、エルフどもからそりゃ僕なんて若造以外の何者でもないだろうが……。
「土壇場でやっと実ん振り方を決めたノロマどもが吠えおっ! 外様は黙っちょれ!」
「そもそも若様に迷惑をかけちょるんな
即座に言い返す"正統"のエルフたち。隣に座ったソニアがぐっと拳を握り締めるのを見て、僕の額に冷や汗が垂れた。この副官、拳で黙らせる気だ。
「待て待て、今は下らん罵倒合戦で時間を浪費している場合ではない」
パンパンと両手を叩きつつそう言ってやると、両エルフェニアの連中は
「若様がそう
「アルベールどんがそう
と不承不承矛を収めた。……なんでそんなに素直なの? 逆に不気味なんだけど……。よそ者が口を挟むな、くらい言われるんじゃないかと思ってたよ。なんなのホント……。
首をひねっていると、ダライヤ氏がニマニマしながら僕の方を見た。「計画通り」とでも言いたげな表情である。こんのクソロリババア……厄介ごと押し付けやがって、タダで済むと思うなよ。状況がひと段落ついたら公僕としてコキつかってやるからな……!
ため息を吐きつつ、軍隊シチューを口に運ぶ。豆、タマネギ、申し訳程度のベーコン……うん、まあ、いつも通りの味だ。マジの修羅場になるとビスケットや乾燥豆ばかり食うことになるので、温食が出ているだけでもありがたい。
「とにかく、今第一に決めるべきなのは、今後どういう風に立ち回るかだよ。……我々リースベン勢は、いったんカルレラ市に戻る。長々とルンガ市に逗留し続けるのは危険だからな。態勢を立て直さねばならない」
僕は咳払いをしてから、そう主張した。なにしろ今回の遠征は、あくまで交渉と物資輸送に徹するつもりだったからな。本格的な戦闘態勢なんかとっていない。食料はある程度余裕があるが、そのほかの戦闘物資は最低限の持ち合わせしかない。
とくに弾薬の欠乏が致命的だ。ただでさえ持ち合わせが少ないうえに、今日の夜明け前には雨まで降っている。そのせいで、火薬が湿気ってしまったかもしれない。現代的な金属製カートリッジならばそこまで心配する必要は無いのだが、我々が採用しているカートリッジは紙製である。
いちおう主素材は油紙なので、少々雨に濡れたところで完全にダメになってしまう訳ではないのだが……完全防湿とは言い難いからな。やはり、不発率はあがる。そんな不安な弾薬でエルフどもと戦うなんて勘弁願いたい。
「むろん、そいには我らも同行すっど」
当然のように、オルファン氏がそういう。……まあ、彼女は非戦闘員を含めたすべての郎党を引き連れてルンガ市までやってきたわけだからな。今さらラナ火山の拠点には戻れないだろう。
「ああ、それについては了承する。……問題は、"新"の方々だ」
僕の言葉に、"新"の元老たちはお互いに顔を見合わせた。"新"がダライヤ派とヴァンカ派に分裂してしまった以上、彼女らも今まで通りの立ち回りは続けられない。"正統"を圧倒できるような戦力は最早ないし、今さらヴァンカ派との再合流も難しかろう。
彼女らの選択肢は二つ。独立を維持して三つ巴の戦いに突入するか、"正統"ととりあえずの和平をして我々の傘下につくか……リースベンの安定化を願う僕としては、後者を選んでもらいたいところである。
「……できることならば、君たちもリースベンに来てくれると嬉しいんだが」
「叛徒どもと一緒に、
元老の一人が、眉を跳ね上げながら聞き返してきた。他の元老もざわつきはじめる。……ま、そりゃそうだよな。突然こんな提案をされて、面食らわないほうがどうかしている。
「ありていに言えば、その通りだ」
僕は頷きつつ、彼女にニヤリと笑いかけた。さてさて、ここからが腕の見せ所だ。絶滅の危機に瀕しているエルフどもが男たちを手放すはずがない。彼らを取り戻すには、エルフどももセットでリースベンに取り込む他ないということだ。厄介な交渉だが、頑張ってみることにしようか。