異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第300話 くっころ男騎士と紋章

 休憩を終えた我々を出迎えたのは、膨大な量の仕事であった。なにしろ、いきなり千人以上の人間の面倒をみなければならなくなったのである。管理するだけでも大事だ。しかもこれからリースベンに向けて旅立たねばならないのだから、そのための準備も必要である。

 

「バラバラに動いていたのでは、昨晩の二の舞になる」

 

"新"、"正統"、そしてリースベン軍の合同幹部級会議で、僕は開口一番そう言った。昨夜の戦いは、本当にひどいものだった。前世と現世をあわせても、あれほど無様な戦いをしたのは初めてである。正直、かなり堪えていた。あんなことをなんども繰り返すわけにはいかない。

 

「森の中で夜戦……そりゃあ、みな思い通りには動けないだろうさ。だが、昨日のアレは戦術的にも戦略的にも敗北に等しい醜態だ。出立する前に、今後の作戦方針についてある程度固めておいたほうがいいだろう」

 

 昨夜の戦いでは、一応こちらの『非戦闘員を確保・保護する』という作戦目標は達成している。だが、僕はあえてショッキングな言葉を使って表現した。

 なにしろ、ヴァンカ氏は最初からこちらに非戦闘員を押し付けるつもりで作戦を立てていたようだからな。我々はあの未亡人エルフの手のひらの上で踊っていたわけだ。なんとも面白くない話だよな。

 

「同感じゃな。あげん無様な戦を繰り返しちょったら、兵子(へご)がどしこあってん足らん。……い、いや、アルベールどんの指揮を批判しちょっわけじゃなかぞ?」

 

 オルファン氏が頷く、そして慌てた様子で弁明する。一応、昨日の戦いの指揮は僕が取っていたわけだからな。それを無様な戦と表現するのは、僕の作戦指揮に対する批判になることに気付いたのだろう。

 

「いや、アレが無様な戦だったのは事実だ。……今後もヴァンカ氏との戦いは続くだろうし、なにかしら対策を打たないことには、いよいよ僕に無能の烙印が押されてしまうな」

 

 僕は小さく息を吐いて、香草茶をすすった。そりゃ、言い訳はいくらでもある。開戦が突然だったこと、全く連携の取れていない複数組織を同時に指揮しなければならなかったこと……正直に言えば、上手くいくはずもない戦いだった。

 けれども、そういう部分も含めて最終的に責任を取るのが指揮官の仕事なのである。僕にも軍人としてのプライドがあるからな。安易な言い訳に逃げるわけにはいかなかった。

 

「ふーむ……対策か」

 

 ほっそりとした己の顎を撫でつつ、ダライヤ氏が唸った。我々はこれから、マイケル・コリンズ号を人力で引っ張りつつカルレラ市へと戻らねばならない。しかも、百数十人("新"の民間人は百人程度だが、"正統"も少ないながら民間人を抱えていた)の非戦闘員を護衛しつつ、だ。

 これはなかなか難儀な作戦である。進軍ルートが固定される上に、戦闘が始まっても自由に機動することができない。ヴァンカ氏の抱える戦力は決して多くは無いが、ゲリラ戦に徹すればかなり有利に立ち回れることだろう。

 

「わたしが見るに、昨夜の戦いの大きな問題点は二つある」

 

 おもむろに、ソニアがそう発言した。彼女は"新"と"正統"の幹部たちを厳しい目つきで見回しつつ、言葉を続ける。

 

「部隊間の連携がほとんど取れていなかったこと、そして敵味方の識別ができなかったこと。……こんな状態では、マトモな作戦など成立するはずもない」

 

「まったくそん通りじゃ。目ん前ん敵にガムシャラに噛みつっだけ、そげん用兵は作戦とは呼ばん。昨日ん戦いぶりをオルファン家ん母祖が見れば、さぞお怒りになっことじゃろう」

 

 腕組みをしたオルファン氏が、ソニアに同調した。彼女も、昨日の戦いには納得がいっていないのだろう。その表情はなかなかに厳しいものだ。

 

「後者はともかく、前者に関してはなかなか解消が難しいだろうな」

 

 僕は小さくため息をついて、テーブルの上の皿に入った干し芋を一つ手に取った。一口食べてみると、素朴な甘みが口の中に広がる。茶菓子としては、なかなか悪くない。

 

「部隊間連携を上手くこなすには、組織の最適化と地道な訓練が必要不可欠だ。付け焼刃で何とかなる問題ではない」

 

「ま、もともと我らは敵同士。そいがちょかっ一緒に戦えち言われてん、なかなか難しかものがあっじゃろう」

 

 ため息交じりに、"新"の長老の一人が言う。ダライヤ派の元老たちは"正統"と和平すること自体には納得してくれているが、それはあくまで飢餓問題をなんとかするためだ。心情的には、"正統"との共同作戦など受け入れがたいことだろう。

 

「とにかく、今はカルレラ市へ無事到着することを目指すのが第一じゃ。それに寄与せぬ案件については、後回しにするべきじゃろうな」

 

「一理ある」

 

 僕は頷いた。とにかく、今は一秒でも早くカルレラ市に戻りたい。なぜかといえば、カルレラ市の周囲は完全に森が切り開かれているからだ。森の中に居る限りエルフどもに対して優勢を取るのは大変に難しいが、平原であれば話は変わってくる。

 妖精弓(エルヴンボウ)は大変に強力な武装ではあるが、それでも射程や精度に関しては我々のライフルの方がはるかに勝っているからな。これに大砲による火力支援まで加われば、ヴァンカ派単体であれば一方的に叩きのめす自信すらった。……もっとも、森に逃げ込まれると追撃が難しいので、戦略的な勝利をもぎ取るのはそう簡単な話でもないのだが……。

 

「となると、現状での対策は敵味方の判別を容易にする……この一点に絞って行うべきですね。幸い、これに関しては容易な方法で解決可能です」

 

 そう言って、ソニアは自らが羽織っているサーコートを指さした。そこには、青薔薇の紋章が刺繍されている。……青薔薇紋はブロンダン家の家紋だ。本来ならここには自分の家の家紋を入れるのがセオリーなのだが、ソニアは実家と絶縁状態であるためブロンダン家の家紋を使っているのである。

 

「紋章か。……ま、他に選択肢はないよな。一番わかりやすいし」

 

 戦争協定などいまだ存在しないこの世界ではあるが、ガレア王国をはじめとする中央大陸西方地域では己の所属を示す紋章を掲げるのが常識となっている。エルフどもにもその風習に従ってもらおう、ということだ。

 

「そん青か薔薇ん紋章を我らも身につくれば良かとな?」

 

 オルファン氏の言葉に、思わず僕の顔が引きつった。脳裏に青薔薇紋……つまり、ブロンダン家の家紋を掲げたエルフ火炎放射器兵が、そこらの集落に放火している絵図が浮かんできたからだ。悪夢のような光景だが、場合によっては実際に起こりうる可能性があるのが恐ろしい。そんな事態になったら、ブロンダン家に対する風評被害が凄まじい事になってしまう。

 

「青薔薇は我がブロンダン家専用の紋章だ。ソニアは特例で認めているが、そのほかの者にまでは認められない」

 

 慌てて否定すると、ソニアが妙に粘着質な笑みを浮かべた。いつもクールな彼女には珍しい表情である。とはいえ、今はそれを気にしている余裕はない。エルフどもがブロンダン家の家紋を使用する事態だけは、絶対に阻止しなければ……。

 

「それに、青い顔料は貴重だ。今すぐ大量に用意するのは不可能だろう」

 

「ううむ、そうじゃのぅ。今日中に出立するとなると、時間の余裕は微塵もない。紋章は、兵士一人一人に各々描かせるしかないじゃろう。しかし、皆が皆絵心があるわけではないからの。あまり複雑な絵柄はムリじゃ」

 

 ダライヤ氏の言う通り、準備期間の短さはなかなかのネックポイントだ。素人でもチャッチャと描けるようなシンプルな絵柄でなくてはならないし、カラフルなのも駄目だ。……短時間に大量に用意できる顔料となると、炭の粉を水に溶かしただけの黒墨しかないな。うーん、黒一色か……なかなか難しいぞ、これは。

 

「むぅ」

 

 唸りつつ、干し芋を一口食べる。うん、ウマい。この糖分で、なんとかいいアイデアを……ん? サツマイモ……?

 

「……ちょっと思いついたんだが、こんな絵柄はどうだろうか?」

 

 僕はそう言って、取り出した懐紙に思いついた絵柄をサラサラとかき込む。それは〇と十を組み合わせただけの、シンプルなマークだった……。


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