異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第301話 くっころ男騎士と旅立ち

 僕が提案した紋章は、かなり好意的に受け止められた。まあ、エルフたちにはもともと紋章を掲げる文化がないようなので、所属を識別できるのであればどんなマークでも良い、くらいに考えているだけかもしれないが。

 ……ちなみにこの丸に十文字のマーク……轡十字(くつわじゅうじ)は、薩摩の島津家の家紋である。自分の家の家紋をエルフどもに使わせたくないばかりに、他所の家の家紋を身代わりにしてしまった。島津家には大変に申し訳ないが、この世界には(おそらく)薩摩藩も島津家も無いはずなので怒られることはない……ハズだ。

 とにかく、エルフたちは"新"も"正統"例外なくこの『轡十字』紋を身に着けることとなった。具体的に言えば、ポンチョの背中にデカデカとこのマークを書き込むことにしたのだ。これにより、エルフ兵の所属が一目で見分けられるようになった。……副作用としてもともとヤバかった集団がさらにヤバく見えてしまうようになった気がするが、まあ気のせいだろう、たぶん。

 

 

「やっと前へ進めますね……」

 

 ため息交じりに、ソニアがそう話しかけてくる。時刻は、朝。……つまり、紋章の決定の翌日である。予定ではその日のうちにカルレラ市に向けて進発するはずだったのだが、アレコレ準備をしているうちに夕方になってしまっていたのである。民間人を連れて森の中を夜間行軍など、あまりに無茶すぎる。結局、進発は翌日に繰り越しになってしまった。

 なんでこれほど予定から遅れてしまったかと言えば、"新"の連中が旅立ちの準備に手間取ってしまったからだ。なにしろ彼女らは昨日まではいつも通りに暮らしていたわけだからな。それがいきなり今まで住んでいた街(実態は村だが)を捨てて新天地へ旅立つことになったのだから、短時間で荷造りが終わるはずもない。

 

「まあ、致し方のない話だ。連中にも生活基盤がある。先導があるとはいえ、着の身着のままで森の中をさ迷いたくはないだろう……」

 

 無論我々リースベンからある程度の生活再建支援はする予定ではあるが、匙の一本、下着の一つまで何もかも供給してくれと言われても応えられないからな。荷物の量が増えるのも仕方がない。むしろ手ぶらで旅立たれる方が困る。

 僕はソニアに笑い返してから、視線を横へと向けた。そこには、ノロノロと進むマイケル・コリンズ号の姿があった。マイケル・コリンズ号の舳先からはロープが伸びており、河原を歩く大勢のリースベン兵がそれを引っ張っている。

 ルンガ市を発った我々は、現在エルフェン河の河原を歩いていた。往路は優雅な船旅を楽しんだ我々だが、復路はそういうわけにはいかない。何しろマイケル・コリンズ号は帆櫂船で、自力で川をさかのぼっていくことはできない(短時間は可能だが巡航はムリだ)。人力で引っ張ってやる必要があった。

 さらに言えば、マイケル・コリンズ号の船倉にはルンガ市民たちの家財道具が満載されていた。おかげで、船の運航に必要な要員以外は全員船外に追い出され、陸路での移動を強いられている。本当に難儀な話だ。

 

「そうですね。……はあ」

 

 ソニアは周囲に悟られぬよう密かにため息を吐いたが、そのままあくびが出てしまう。大口を開けている姿を僕に見られた彼女は、顔を真っ赤にしてしまった。

 

「……お恥ずかしいところをお見せしました」

 

「昨日は睡眠妨害が激しかったからな……」

 

 僕は小さく肩をすくめた。昨夜はルンガ市に泊った我々だったが、案の定ヴァンカ派が襲撃を仕掛けてきたのである。もっとも、襲撃と言っても大規模なものではない。嫌がらせ程度の小さなものだ。

 しかし小規模であろうが襲撃は襲撃、無視するわけにもいかない。結果、睡眠時間が大幅に削られてしまったというわけだ。……ヴァンカ氏はこれを狙って攻撃してきたんだろうな。ゲリラ戦のやり方をよくわかっている。厄介な敵だ。

 

「今後もあの手の嫌がらせは続くだろうが、まあ三日か四日の我慢だ。カルレラ市の本隊と合流すれば一息つける。それまで堪えてくれ」

 

「ええ、もちろん。無様な姿はお見せしませんよ、ご安心ください」

 

「良い答えだ! 頼りにしてるぜ、相棒」

 

 そう言ってソニアの肩を叩いてから、僕は視線を横に移した。そこに居たのは、ルンガ市に住んでいた男たちである。彼らは大量の荷物をや赤ん坊を背負い、子供たちの手を引きながら歩いている。

 赤ん坊や子供の種族は様々で、エルフもいれば鳥人も居るし、珍しい所ではクモ虫人(アラクネ)などもいる。そして子供自体の数もかなり多い。男一人当たり、最低でも三名ほどの子供を連れているのである。

 そしてもちろん、ガキどもが大人しくしているということもない。泣きわめいている赤ん坊も居れば、興奮して走り回っている幼児も居る。男たちは、我々以上に大変そうな様子だった。

 

「大丈夫か、君。手が足りないようなら人を呼ぶが」

 

 手近に居た男にそう声をかける。僕と同じくらいの年齢の青年だが、背中と胸にそれぞれエルフとスズメ鳥人の赤ん坊をくくりつけ、さらにもう一人エルフ幼女の手を引いていた。それに加え体中に大きなカゴをいくつもくくりつけているのだから、とんでもない大変そうに見える。

 

「だ、大丈夫です。城伯様。この程度、慣れてますから」

 

 そう答える青年の言葉遣いは、聞きなれたガレア式の発声だ。エルフ訛りではない。どうやら、彼も出身はリースベンのようである。

 

「ただ、その……お乳が出る方が居たら、呼んでいただけるとありがたいです。こればかりは、自分ではどうしようもないので……」

 

 この世界では一般的に育児は男の仕事とされているが、授乳だけは男ではどうしようもない。

 

「……残念ながら、ウチの部隊には子持ちは一人もいないんだ」

 

 大変に申し訳ない気持ちになりつつ、僕はそう答える。なにしろ我々は婚期を逃しつつある幼馴染騎士どもと王都を捨ててリースベンに移住してきたチンピラどもの混成部隊である。母親など居るはずもない。

 

「その子らの母親はどうした? 軍務についているのなら、任を解いてもいいが」

 

「それが、その……」

 

 青年は辛そうな顔をしつつ、胸に抱いたスズメ鳥人の赤ん坊の頭を撫でる。

 

「この子の母は、出産してすぐ産褥熱で……エルフの方の母は、ヴァンカ様に連れていかれてしまいました」

 

「むぅ……」

 

 僕は思わずうなった。子を成すと加齢が始まる種族であるエルフは、本来ならば結婚すると現役を退き隠居を始める。ところが、ヴァンカ氏は男たちを捕らえた際、そのエルフ妻たちを強引に徴兵してしまったのだという。

 鳥人など他の種族の母親は見逃されたそうだが、そもそもルンガ市に住む者たちは例外なく栄養失調状態だ。母乳の出が良いはずもない。結果、赤ん坊はみなひどくひもじい思いをしているようだ。

 

「子供がすきっ腹を抱えて泣いているのだけは、どうにも我慢がならん。なんとかしてみせよう」

 

 母乳の出る者に加給食を出し、代わりに乳母役をやってもらうしかあるまい。僕はウルを呼んで、赤ん坊もちの鳥人を全員呼び戻すように命じた。

 鳥人たちには空中哨戒をしてもらっている。監視の目が減る事態はできれば避けたいのだが、こればかりは仕方が無いだろう。亜人とはいえ赤ん坊、その体力は只人(ヒューム)の子供と大差ない。授乳を怠ればあっという間に死んでしまう。それだけは絶対に避けたかった。


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