異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第304話 くっころ男騎士とゲリラの脅威

 ルンガ市を発ってから丸一日が経過した。幸いにも、今のところ子供たちは誰一人として欠けていない。とりあえず一安心である。……何しろこの世界の子供はすぐ死ぬ。衛生環境が悪いからだ。ましてや、エルフェニアの子供たちは栄養が足りていない。いくら気を付けても気を付けすぎということはなかった。

 まあ、何にせよ子供たちは無事である。無事なのだが、問題は他にあった。ヴァンカ派のエルフゲリラ兵である。こいつらの攻撃は、異様に巧妙だった。

 鳥人やエルフ兵による哨戒網を巧みに潜り抜け短時間に妖精弓(エルヴンボウ)による集中射撃をしかけてきたり、こちらの進路に先回りして罠を仕掛けて来たり、あるいは夜半にこちらの天幕に向けて鏑矢(かぶらや)(ヤジリの代わりにカブラと呼ばれる笛の一種を取り付けた矢。放つと甲高い音を発する)を打ち込んできたりした。

 いずれも嫌がらせ目的の攻撃であり、被害は限定的だ。だが、攻撃を受ける方にしてみればなかなか厄介だった。気が休まらないことこの上ないし、連中は一撃を入れるとそのまま退散してしまうので反撃すらままならないと来ている。本当に厄介な敵だった。

 

「一名死亡、三名負傷……こうも連続してしてやられると、流石に辟易してきますね」

 

 十分ほど前に起きた襲撃の被害報告を聞きつつ、ソニアがボヤいた。忍耐強い彼女がこのような弱気な発言をするのは大変にまれなことだが、気分は僕も同じだった。

 

「いかに精強なエルフ兵でも、隠れた敵からの奇襲を防ぐのは難しい……ううーん、どうやって対処したものか」

 

 ヴァンカ氏は少人数のコマンド部隊を編成し、四方八方から攻撃を仕掛けてきていた。しかも、あえて襲撃の頻度を不定期にすることにより、こちらの疑心暗鬼を煽る徹底ぶりである。まるでベトコンのような手管だ。

 一回の襲撃で受ける被害は大したものではないが、チリも積もれば山となる。すでに、損害は無視できるレベルを逸脱しつつあった。しかし、こちらは有効な対処が出来ずにいる。マイケル・コリンズ号や民間人たちなど、護衛すべき対象を多く抱えているからだ。

 

「受け身に回らざるを得らん以上、哨戒ん網ん目を密にすっくれしか対処法が無かじゃろう」

 

 腕組みをしつつ、オルファン氏が言う。そんな彼女のポンチョには、例の轡十字(くつわじゅうじ)のマークが誇らしげに描かれていた。いや、ポンチョだけではない。ちょっとした小物にまで例のマークを描き込んでいる。どうやら、この紋章が大変に気に入った様子である。

 とはいえ、その表情に浮ついたものは一切ない。なにしろこの襲撃で被害を受けたのは彼女の部下たちだ。彼女の眉間には、深いシワが刻まれている。相当腹に据えかねている表情だ。

 

「その哨戒班が集中して狙われているんだ。ヴァンカの目的は、僕や君の首級(クビ)じゃなさそうだぞ。どちらかといえば、こちらの部隊に被害を与えることそのものを目的にしているフシがある」

 

 とにかく相手の出血を強い続け、戦意を削ぎ取る……。戦力的に劣るヴァンカ氏が実行可能な戦術の中では、最善手に近いやり方のように思える。だが、その戦略的な目標がよくわからない。彼女は最終的にどのような着地点を目指して行動しているのだろうか? それがわからないことには、相手の出方を読むのも難しい。

 

「ヴァンカどんと直接手合わせすったぁ初めて(はいめっ)じゃが、こげん戦上手とは。(オイ)は少しあん人を甘う見ちょったかもしれん」

 

 ため息を吐きつつ、オルファン氏が肩をすくめた。……オルファン氏はヴァンカ氏の指揮する敵と戦ったことがないのか? あの未亡人は、"正統"の攻撃で夫子を失ったという話だが……己の手で"正統"を殲滅しようとは思わなかったのだろうか?

 なんだか、ヘンな話だな。普通なら、復讐は己の手で遂行したいと思うのが人情というものだ。ましてやヴァンカ氏は指揮官としてかなり有能な手合いである。彼女が直接指揮を執らない理由は無いと思うのだが……。

 

「周辺監視に関しては、逃げ足の速い鳥人連中を主軸にしたほうが良いかもしれませんね」

 

 ソニアの言葉に、僕は思考を中断した。今最優先すべきなのは、民間人と己の部下たちを安全な場所まで連れ帰ることである。対手の行動原理を探るのも重要だが、今は目の前の現実に対処せねばならない。

 

「しかし敵は森の中だ。しかも、少なくない数の鳥人が子供たちの世話のために戦線を離脱している。正直、彼女らを監視の主軸に据えるのは難しいぞ」

 

「確かに……」

 

 ソニアは腕組みをして唸り声を上げた。八方ふさがり。そんな言葉が、脳裏に浮かんでくる。予想通りといえば予想通りなのだが、まるで詰め将棋でも仕掛けられているような錯覚を覚えてしまう。指揮官としてのヴァンカ氏は、今まで戦ってきた敵の中でも一番手強い相手かもしれない。

 しかし、過激派エルフ単体でもここまで苦労させられているのだから、エルフ全体と敵対していたらいったいどんなことになってしまっていたのだろうか? 怖すぎて想像もしたくない。

 

「いっそんこつ、哨戒網を縮小してそん分密度を上ぐっちゅうとも手かもしれんぞ。部隊を薄う広う展開したんじゃ、戦力差を生かせん」

 

 難しい表情で、オルファン氏がそんな提案をしてくる。それを聞いたソニアの眉が跳ね上がった。

 

「しかし、捜索範囲を狭めればそのぶん本隊に攻撃を受けるリスクは高まるぞ。わたしたちだけならばどうとでもなるが、避難民たちを危険にさらすのはいただけない」

 

「そんたそうじゃが、あえて敵を懐に飛び込ませっちゅうとも作戦の内じゃど。弓取りん数は(オイ)らン方が多かとじゃっで、河原に引きずり出せばこちらが打ち負くっことはあり得ん。危険を冒す価値は十分にあっち思うどん」

 

 オルファン氏らしい作戦だな。確かに彼女の言う通り、河原にさえ誘い出すことができればこちらの勝利は確実だ。たとえヴァンカ氏が全軍を投入してきたところで、負ける気はしない。開けた河原ならこちらも全力射撃ができるし、マイケル・コリンズ号から支援射撃を受けることもできるからな。

 ただ、問題がないわけでもない。ヴァンカ氏ほどの指揮官であれば、部隊の動きからこちらの意図を看破することなど容易いことだろう。敵が思惑通りに動いてくれるとはとても思えないし、敵を内側に引き込むことによって民間人たちに被害が及ぶリスクが発生するのも見過ごせない。

 まあ、ヴァンカ氏であれば男や子供たちを積極的に狙うような真似はしないような気がするがね。そもそも、ヴァンカ氏は明らかに我々の重荷とすべく彼らを押し付けてきたわけだし。……とはいえ、敵の良心に期待して作戦を立てるような真似はできない。民間人たちは、あくまで最重要護衛対象として扱い続けるべきだろう。

 

「いや、今は耐えるべきフェーズだ。その案は支持できないな」

 

 僕は首を左右に振って、オルファン氏に向けてそう言い切った。

 

「相手は手練れの指揮官だ。こちらが我慢できなくなって、積極的な作戦に出た場合の対処法も絶対に考えているはずだ。むしろ、我々の堪忍袋の緒が切れるのを待っている可能性も十分にある」

 

「しかし……」

 

「オルファン殿。いや、フェザリア。我々の任務は何だ? 敵を殲滅することか? 違う。戦えぬ者を守り切ることだ」

 

 僕は強い口調で、オルファン氏にそう主張した。彼女の言う事にも一理はあるが、ガキどもを危険にさらすのは絶対に容認できない。彼女らには、できれば戦場さえも見せたくはないんだ。ちらりと近くを歩いている赤ん坊を背負った男たちに視線を向けてから、僕は言葉をつづけた。

 

「赤ん坊を背に射撃戦をやるつもりか? 冗談じゃない。今の我々は盾なんだ、剣ではない。いくらこの身が傷つけられようとも、守るべきものが無事であれば我らの勝利なのだ」

 

 そこまで言ってから、僕はあえて優しげな笑みを浮かべる。

 

「しかしもちろん、君たちだけを盾にする気はない。痛みは共有すべきだ。哨戒は我々の部隊が引き継ごう」

 

「……ほう、言ってくるっじゃらせんか。おい、お(はん)ら! 男や子供んために命を捨つったぁ惜しかか!?」

 

 オルファン氏にニンマリと笑うと、部下たちの方を振り返って言った。

 

「惜く無か! むしろエルフ兵子(へご)の本懐にごつ!」

 

「馬鹿にすっんじゃねえ、そうまで言われてイモが引くっか! 盾でもなんでんなってやらぁ!」

 

 エルフ兵たちは、木剣を振り上げながらそんなことを叫び始めた。……うんうん、予想通りの反応だ。だいぶエルフたちの操縦法がわかって来たぞ。満足気に頷いていると、誰かがこちらに駆け寄ってくる姿が見えた。ひどく慌てている様子だ。

 

「大婆様より伝令ッ! 南方より接近してくっ敵部隊を確認したとんこっじゃ。数は数百名規模ッ! 以上!」

 

 ……は? 数百名規模の敵? えっ、ヴァンカ派のほぼ全軍じゃん。えっえっ、何それ? ゲリラ戦術はどうしたの!? ナンデ!? ナンデいきなり全軍出撃!? どういうこと!?

 長く困難な対ゲリラ戦を想定して檄を飛ばした矢先の事態の急変である。僕は頭を抱えたくなった。普通に考えて、このタイミングで決戦を仕掛けることには何のアドバンテージも無いように思える。ヴァンカ氏はいったい何をやらかすつもりなのだろうか? 正直さっぱりわからん……。


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