異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第306話 くっころ男騎士とエルフ製塹壕

 案の定、塹壕堀りは大変に難航した。砂ばかりの土壌のせいで木枠で補強しないとあっという間に崩れるし、浅く掘っただけで水がしみだしてくる場所も多い。しかも間近に敵が迫っているせいで、時間的な余裕も皆無だ。

 しかし、泣き言を言っていても始まらない。ダライヤ氏に時間稼ぎを頼み、僕らは全力で陣地構築に取り掛かった。結果、一時間半もするころには、前衛用の塹壕と指揮壕、そして非戦闘員を収容するための避難壕が完成していた。兵士全員を防護するには圧倒的に足りないが、それでも何もないよりはマシである。

 

「なかなか派手にやってるな」

 

 望遠鏡をのぞき込みつつ、僕は呟いた。その視線の先には、森と河原の境界あたりで激しく戦っているエルフ兵たちの姿がある。ダライヤ氏の部隊とヴァンカ派の兵が交戦しているのだ。木剣が打ちあわされる音や悲鳴・罵声などが、ここまで聞こえてきている。

 ダライヤ氏の部隊は足止めの命令をキチンと果たしてくれていた。むしろ、互角にやり合っているようにすら見える。これならば、わざわざ防衛陣地なんて構築しなくてよかったのでは? そんな疑念すら湧いてきた。

 だが、油断はできない。エルフどもの厄介さは、ここ数日で骨身に染みるほどよく理解したからな。過剰に警戒するくらいがちょうどいいだろう。……この懸念が杞憂だったとすれば、それはそれで良い。酒の席で語る笑い話が一つ増えるだけだ。

 

「ふーむ。流石はエルフ、仕事が手早いな」

 

 視線を戦場から外し、僕は味方陣地を見回した。ただ土を盛っただけの土塁に、そこらから切ってきた木の枝で雑に補強しただけの塹壕。まったくもって粗末極まりない防御拠点だが、これほどの短時間で出来た代物なのだから十分すぎる。

 エルフの土木魔法サマサマだな。手作業でやってたら、たぶん三日くらいはかかっていたはずだ。まあ、即席だけに気になる部分は山のようにあるが……拘り過ぎて戦闘に間に合わないような事態になれば元も子もない。ある程度で妥協すべきだ。

 とはいえ、現状では兵員すべてを防護するだけの塹壕は用意できていない。これはもう当たり前の話で、こちらは非戦闘員を合わせると千人オーバーの人間を抱えているのだ。この全員をカバーできるだけの塹壕を掘っていたら日が暮れるどころかさらに日が昇ってまた沈むくらいの時間は最低限必要になってくる。

 

「よし、そろそろ攻めに転じることにしようか。ダライヤ氏にもうちょっと後退するように伝えてくれ。敵を火点の前に引きずり出したい」

 

 とはいえ、敵はいつまでも待ってはくれない。とりあえず戦えるようになったら、作戦開始だ。残りの塹壕は手すきのものに掘らせれば良い。

 幸か不幸か、戦場は連隊規模……つまり千人クラスの部隊が全力で戦闘できるような広さではないからな。なにしろ、いくら広いとはいえ所詮は河原だ。密集隊形で戦うならまだしも、塹壕を使った散兵戦を行うには狭すぎる。

 どうせ戦闘に参加できない人間が出てくるのだから、そういう連中は後方で別の作業に当たらせれば無駄がないという寸法である。

 

「あいあいー」

 

 僕の命令を受けたスズメ鳥人の伝令が、元気の良い返事と共に飛び立っていく。……本当に鳥人はめちゃくちゃ便利な存在だな。偵察や伝令といった、軍隊に必須の戦術行動を強力にサポートしてくれる。頼もしいことこの上ない。

 

「マイケル・コリンズ号に連絡。煙幕弾でダライヤ殿の撤退を支援するんだ。……煙幕とはいえ、生身の人間に直撃したらタダじゃすまないからな。味方の頭上に落とさないよう注意してくれよ」

 

 鳥人伝令を見送ってから、僕は身近にいる竜人の工兵たちへと話しかけた。彼女らは手回し発電機やスイッチ類が一体となった奇妙な機材をいじっており、そこから伸びる絶縁加工された銅線は川の中ほどに停泊している河川警備艦マイケル・コリンズ号へと繋がっている。

 これは、先日実用化されたばかりの新兵器、有線通信機だ。通信機と言っても構造が大変に原始的なので、音声通信は使えずモールス信号のみでやり取りをする必要があるのだが……それでも、伝令や手旗信号などに比べれば、遥かに高速かつ確実に遠方と通信することができる。近代的な砲兵戦を行うには必須の機材だ。

 

「ダライヤ隊に火力支援。弾種、煙幕弾。了解」

 

 僕の命令を工兵が復唱し、打鍵盤を叩き始める。本来こういう任務は通信兵の仕事なんだが、この世界にはまだ伝令兵は居ても通信兵は居ないからな。新技術を扱うことに慣れている工兵に仕事を任せているのである。

 しばらくすると、マイケル・コリンズ号の一門しかない主砲が砲声を奏で始めた。砲声と言っても、所詮は口径五七ミリの小口径砲。あまり迫力のある音ではない。気の抜けた感じの、甲高い音だ。

 だが、マイケル・コリンズ号の主砲は後装砲……大砲の根元から砲弾を装填する方式である。従来のタイプの大砲……砲口から弾込めをする前装砲とは、装填速度が段違いだ。マシンガンのようなと、表現すると流石にかなり誇大になってしまうが、それでもかなり早いペースで連続発射が始まる。

 

「快調ですね。どうやら、不具合は解消されたようです」

 

 その砲声を聞きつつ、ソニアが胸をなでおろした。この大砲は、ルンガ市への旅路の途中で起きた襲撃事件で一度故障している。一時はどうなるかと思ったことだが、工兵たちの必死の修理により完全復旧に成功していた。

 いやあ、本当に直って良かったよ。コイツがなきゃ、我々はライフルと弓矢だけで敵と戦わなきゃいけなくなってたからな。一門の大砲も無しにドンパチするなんて、本気で勘弁願いたい。なにしろ僕は根っからの火力主義者だからな。

 

「弾ちゃーく! 今!」

 

 そうこうしているうちに、ひゅるひゅると音を立てて煙幕弾が森の中に降り注ぎ始める。森のあちこちから白煙が上がり始め、まるで山火事のような様相である。

 この砲弾はたんなる発煙弾であり、催涙弾の類ではない。しかしそれでも、吸い込めば咳くらいは出るし視界も悪くなる。慌てた様子で、敵エルフ兵が森の中から飛び出してくるのが見えた。

 

「ほーら、ボーナスタイムだぞッ! 撃て撃て撃て!」

 

 メガホンを口に当て、僕は部下たちに命じる。土塁から身を乗り出して、兵士たちが小銃や弓を打ち始めた。……リースベン軍のライフル兵はともかく、妖精弓(エルヴンボウ)を使うエルフ兵たちはめちゃくちゃ窮屈そうだ。

 まあ当然と言えば当然で、弓矢は塹壕で使うような兵器ではない。狭い半地下の穴倉では、きちんとした射撃姿勢が取れないのだ。弓矢というのは銃の何倍も射撃姿勢が大切な武器であり、ぎこちない格好で矢を放てば真っすぐ飛ばないどころか最悪自らを傷つけてしまうリスクすらあった。

 

「……やるじゃないか」

 

 そんな弓兵にとっては過酷極まりない環境ではあるが、キチンと命中弾を出すのがエルフの凄い所である。矢玉の雨を浴びせかけられた敵兵たちが、悲鳴を上げてバタバタと倒れていく。

 さらにそこへ、ウルに率いられた鳥人部隊が急降下攻撃を仕掛けた。足に装着した鉄のカギ爪が閃き、エルフ兵たちを次々と切り裂く。猛禽の狩りを思わせる手際に、僕は思わず感嘆の声を漏らした。……まあ、こいつらはタカやワシじゃなくてカラスとスズメなんだが。

 

「煙で燻し出したところを一斉攻撃で一網打尽……まるで害虫駆除ですね」

 

 ソニアが不謹慎な例えを出してくるものだから、僕は思わず笑ってしまった。確かに言われてみればそうとしか見えない。

 そんな益体もない話をしている間にも、戦場は動いていく。一斉射撃を受けて身動きがとれなくなった敵兵をしり目に、ダライヤ氏が部隊を撤退させはじめた。居残って敵を執拗に攻撃しようとする兵士もいたが、ダライヤ氏がこちらにも聞こえてくるような大声で罵声を浴びせて強引に連れ帰る。……部下の戦意が高すぎるのも考え物だな。まあ、戦意が皆無なのよりは余程マシだが。

 

「おっと……打ち返してきましたね」

 

 だが、敵もやられっぱなしではない。武器を剣から弓に持ち替えた敵兵たちが、一斉にこちらへ反撃してきた。しかしそこは防御拠点の面目躍如である。妖精弓(エルヴンボウ)特有の太い矢は土塁や矢避けの天蓋に刺さるばかりで、被害は全くなかった。

 

「塹壕は銃や砲だけではなく、弓矢に対しても有効だな」

 

 敵に対してこちらもライフルや弓を打ち返す。壮絶な射撃戦が始まった。だが、こちらには頑丈な防御拠点がある。対して、敵は矢玉をやり過ごそうと思えば木陰に隠れるほかないのである。身を隠しながら射撃ができるように構築されたこちらの拠点と比べれば、攻守ともに不利であると言わざるを得ない。

 もっとも、弓は上向きに発射することで敵兵の頭上に矢を落とすことも可能だからな。あまり油断はできない。曲射などと呼ばれるこの射法は、エルフならずとも多くの弓兵が習得している。

 ……とはいえ、曲射は極端に命中精度が低いという重大な欠点がある。十分な効果を得ようと思えば、弓兵を一か所に集結させて一斉射撃を実行する必要があった。ところが、火力に劣るヴァンカ派には敵前でそのような大胆な真似をやるような余裕はないだろう。

 さらに、塹壕には真上から飛んでくる矢を防ぐため天蓋が設けられている。これは木枠に土嚢を乗せただけの簡易な天井だが、遠矢を防ぐには十分だ。……もっとも、まだ天蓋が未装着の箇所も多いのだが。このあたりは、戦闘の合間を縫って工事を続け、カバー個所を増やしていく予定である。

 

「どわあふンごつ穴倉に籠っなぞ……ち思うちょりましたが、こんたなかなか。愉快な光景にごわすな」

 

 近くに居たエルフ兵が、ご満悦な表情を浮かべながらそんなことを言う。めちゃくちゃ楽しそうな様子だ。……この世界のエルフも、よくある幻想小説のようにドワーフを敵視してるんだろうか? 戦闘中だというのに、そんな益体のない疑問が脳裏に一瞬去来した。

 

「悪くないだろ、こういうのも。戦は一方的に殴り倒すのが一番いいんだ」

 

 バカな疑問を振り払いつつ、僕はニヤリと笑ってそう返した。エルフは平気で自らの命を投げ捨てようとするが、僕の指揮下で戦う以上は人命第一の原則は守ってもらう。人命こそ最も貴重で最も重要なリソースなのである。浪費するわけにはいかない。

 

「……このまま一方的に遠距離から殴り続けることができれば、我々は労せず勝てるわけだが。しかし、あのヴァンカ殿がそのような拙い用兵をしてくるとは思えん。さて、敵はどう出て来るかな」

 

 笑みを消してから、僕は呟いた。ヴァンカ氏らの部隊は無事に我々の構築した防衛陣地へと飛び込み始めている。緒戦の結果は上々といって良いだろう。すべては、こちらの思惑通りに動いている。動いてはいるが……状況が上手くいきすぎているような気がしてならない。なんだか猛烈に嫌な予感がしてきたな……。


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