異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第360話 盗撮魔副官と重鎮辺境伯

「アル様から……手を引く……!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、わたし、ソニア・スオラハティの心に湧き上がってきた感情は……安心ではなく、怒りだった。手を引く? 諦めるとということか。この色ボケ母は、想い人を諦めるのか?

 自分でもこれがたいへんに理不尽な感覚であることは理解しているのだは、わたしは一瞬で沸騰した。手に持っていた香草茶のカップが、乾いた音を立てて砕ける。まだ湯気の立つような温度の香草茶が手に思いっきりかかったが、熱さなど微塵も感じなかった。

 

「あなたは、アル様を諦めるというのですか」

 

「仕方が……ないだろう。私は、お前にもアルにも幸せになってもらいたいんだ。私が諦める以外に、方法は……」

 

 そう言ってから、我が母は悄然とうなだれた。これが断腸の思いでなされた決断だというのは、理解できる。さらに言えば、母の提案した作戦が、私にとっての最適解であることも、また理解できた。

 この作戦は、決して悪いものではない。オマケとしてアデライドがくっついてくるのはとても気に入らないが、その他は満点と言っていいだろう。私は大手を振ってソニア・ブロンダンを名乗れるようになり、それでいて実家との縁も回復する。なんと都合の良い話であろうか? あとはアル様を説得するだけだが、これはわたしの仕事なので母に頼るような情けない真似はできない。

 とにかく、この作戦はわたしにとってあまりに都合が良いのである。ここまでの計画を用意し、己の想いまでもわたしのために振り切ってくれたのだ。本来ならば、わたしは泣いて喜びながら母に抱き着き、感謝の言葉を述べるべきだろう。それは理解している。理解しているのだが……わたしは、自分が抑えられなかった。

 

「……諦められる程度の想いで、アル様に手を出そうとしたのかっ!!」

 

 わたしは、思いっきりテーブルを殴りつけた。軍用とはいえ、所詮は折り畳み式の簡素な構造だ。わたしのような大柄な騎士が思いっきり殴ったりすれば、一瞬でバラバラに砕け散る。思わず椅子から飛び上がって後ずさりした我が母に、わたしは詰め寄った。

 

「あなたは……わたしの母親だろうが……! 本当に心の底から欲しいと思った相手を、諦められるはずがないだろう……! つまり、アル様は諦められる程度の軽い相手だったのか!!」

 

 自分の強欲さは、自分が一番理解している。家族も、立場も、地位も、なにもかも投げ捨ててでも欲しいと思った相手が、アル様だった。本当に欲しいと思った相手を手に入れるためならば、何でもしてしまうのがわたしという人間の本質なのだ。

 そして、目の前にいるこの女。カステヘルミ・スオラハティも、そんなわたしと同じ血が流れている。どれだけ不本意でも、その事実は変わらない。ならば……この女とて、わたしと同じくらい強欲であるハズなのだ。

 ああ、わたしはなんと勝手な女なのだろうか。己の頭の中にある、もっとも冷静な部分がそう呟いた。この女が、カステヘルミが……自分の行いを悔い改め、わたしとアル様のために苦渋の決断を下してくれたこと、それは理解しているはずなのに。身勝手なわたしは、それが認められない。それを認めてしまえば、本当にクズなのはわたしだけになってしまうからだ。

 

「ソニア! 私は……」

 

「ふざけるな! ふざけるなよ! お前! 好きなんだろう、アル様が! だったら、わたしから奪い取るくらいしてみろよ! わたしがお前の立場なら、そうする! トラブル一つで実家を飛び出して、大勢の家臣に迷惑をかけて、好きな男を連れ去ってしまった! そんなヤツは、たとえ娘でもわたしなら足蹴にする! だから……あなたもそうしてよ……じゃなきゃ、わた、わたしは……」

 

「……できない、そんなことは」

 

 そう小さな声で呟いたカステヘルミは、わたしをゆっくりと抱きしめた。気付けば、わたしの目からは涙がこぼれていた。ぐずぐずと子供のように嗚咽するわたしに、母は優しく頭を撫でてくれた。

 

「他の女が相手だったら、お前の言う通りにしたかもしれない。けれども、お前は私の娘だ。私は、私とアルが結婚する未来よりも、お前とアルが結婚する未来を見たい。実現するのがどちらか片方だけだというのなら、迷うことなどない……」

 

「そんな、親みたいなことを言って……! わたしは、子として成すべきことなど何も成していないのに……! こんな、こんな……あんまりだ……! 本物のクズは、わたしだけだったのか……?」

 

「お前はクズなんかじゃない、ソニア。わたしの自慢の娘に、そんなひどいことを言うのはやめてくれ」

 

 ひどく優しい声でそう言いながら、母はわたしの頭を撫で続けた。わたしは流れ出る涙をなんとか堪えようとしたが、その努力が実を結ぶ気配はまったくない。ああ、なんと情けない話だろうか。 二十にもなって、自分から絶縁を言い渡していた母の胸の中で幼子のように泣きじゃくるとは!

 

「これは、私のエゴだが……ソニア、お前には、幸せな結婚をしてもらいたいんだ。私と同じ(わだち)を踏ませることだけは、避けたかった……」

 

「同じ……(わだち)……?」

 

 一瞬、母の言っていることが理解できなかった。つまり、母の結婚は……幸せなものではなかったという事か? 記憶を探ってみるが、よくわからない。母と父は、特段不仲というわけではなかったような気がするのだが……。しかし、父が亡くなったのはかなり昔の話だ。細かい部分など、覚えているはずもない。

 

「その、聞きにくいことですが……父上とは、もしや?」

 

「ああ。別に、嫌い合っていたわけではないんだが……どうにも、相性が良くなかった」

 

 辛そうな声音で、母はそんなことを言う。わたしは、何とも言えない嫌な心地になった。わずかに残っている亡父の記憶は、幸せなものばかりだ。母とも、仲良くしていたような気がするのだが……それは、演技だったのだろうか?

 正直この話題はここで断ち切りたかったが、ぐっと歯を食いしばって覚悟を決めた。わたしは、アル様との結婚を目指しているのだ。"上手く行かなかった"結婚生活については、聞いておいた方が良い。

 

「それは、具体的に……どういう」

 

「……」

 

 わたしの疑問に、母は露骨に赤面した。しばらく思案し、おずおずと口を開く。

 

「……二人してハダカになって同じ寝床に入ったというのに、何をどう頑張ってもお互いに準備が整わないようなことが何度もあった。要するに、性癖の不一致というか……」

 

「せ、性癖」

 

「ああ……。私は女らしい男が好きで、彼は女らしい女が好きだった。要するに、私が雄々しい女だったのが良くなかったわけだが……なんというか、その。三人もの子宝に恵まれたのは、ハッキリいって奇跡のようなものだったように思う」

 

「……」

 

 わたしは絶句するしかなかった。ああ、想像したくもない。ベッドインしたにも関わらず、濡れも勃ちもしなかったと? 熟年夫婦ならともかく、新婚でそれは致命的だ。聞いているだけで胃が痛くなってくる。お互いに、きっとひどくみじめで情けない気分になったことだろう。たしかに、そんな思いは絶対にしたくない。

 

「ソニア。お前がもしアル以外の夫を貰わねばならなくなったら……私と同じようなことにならない自身はあるか?」

 

「無理です! わたしに釣り合うような家格の男など、蝶よ花よと育てられたたおやかな御令息しかおらぬでしょう!? そんなモヤシのような男は抱きたくありません!!」

 

 反射的にそう答えて、愕然とした。きっと、我が母も同じ気持ちだったのだ。カエルの子はカエル。そんな言葉が脳裏に去来する。

 

「だろうな。……よくわかるよ」

 

 わたしを抱きしめたまま、母は悲しそうに笑う。

 

「だから……ソニア、私に任せなさい。悪いようには、絶対にしないから……」

 

 その言葉に、わたしは歯を食いしばる。この気持ちと同じモノを母も抱いているというのなら……なおさら気に入らない。己の幸せのために、わたしと戦ってほしい。こうも自分だけ空回っているのは、あまりにも無様が過ぎる。

 ああ、結局……わたしは母の愛すらマトモに受け取れぬ人間だったのだ。実家を出ていこう、わたしは母のようにはならないように頑張ってきたつもりだった。だがしかし、現実は『母のようにはならぬ』ではなく『母のようにはなれぬ』だったのだ。

 肉親相手とはいえ、わたしにはこのような献身を示すことはできない。ひどく惨めな気分だった。図体だけは母を大きく超えているというのに、器量の大きさでは足元にも及ばない。それが認められないから、こうもわたしは怒っているのだ。ただの誤魔化しだ。虚勢だ。

 

「……もしかしたら」

 

 わたしは茫然と呟いた。認めがたい事実を、わたしは認識してしまった。だが、認めないわけにはいかない。現実から目を逸らすのは、白旗を上げるよりもなお情けのない行為なのだから。

 

「もしかしたら、アル様に本当にふさわしい女は……わたしではなく、母上なのかもしれない……」

 

 よりにもよって愛の深さで負けてしまった女に、意中の男と結ばれるような権利などあるのだろうか?


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