異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第37話 くっころ男騎士と演説

 カリーナ氏が去った天幕では、ひどい罵声が飛び交っていた。もちろん、その矛先はカリーナ氏とディーゼル伯爵家だ。

 

「あのクソ牛女、うちのボスを何だと思ってやがる!」

 

「望み通り血祭りにあげてやるぞ!」

 

 気炎を上げているのは主に僕の配下の騎士たちだが、ほかの傭兵たちも明らかに怒り心頭と言った様子だ。あのカリーナ氏の態度は、お世辞にも尊敬できる敵手とは言い難いものだったからな。あそこまで格下扱いされれば、だれだって怒りは覚えるだろう。

 一方、僕はといえば少し困っていた。なにしろ、カリーナ氏は童顔で低身長、それでいて胸囲はソニア並みかそれ以上という刺激的な容姿だったからな。そんな彼女に犯してやる宣言をされたものだから、「マジか……」という感想が強い。正直かなり魅力的だろ。

 い、いや、しかし僕はロリコンではない。大丈夫だ。ちょっとデカすぎる胸にぐらッときただけだから問題ない。前世では好みの異性のタイプを聞かれると『千歳以上の抱擁力のあるお狐ロリババア』と答えていたが、あくまで二次専門なので絶対にロリコンじゃないんだ。

 

「アル様、申し訳ありませんでした」

 

 僕のそんな思考をソニアの声が遮った。彼女はひどくシュンとした様子で、深々と頭を下げている。カリーナ氏に対する態度のことを言っているんだろうな。確かにアレは少しマズかった。

 

「無様な姿をお見せしました……」

 

「うん……何が悪かったかわかるか?」

 

 周囲に聞こえないよう小さな声で僕は聞いた。注意や叱責なんてのはできれば他に人の見ていない場所でやるべし、というのが僕の主義だった。とはいえ流石にこの状況で彼女を人気のない場所に連れて行くのも難しいしな。

 カリーナ氏の前でソニアを謝らせたのも、正直言えばやらせたくなかった。礼儀として、こちらの誠意をカリーナ氏に見せなければならなかったので仕方なくのことだ。

 

「向こうに要らぬ警戒心を抱かせました。いっそ馬鹿を装って、油断をさせたほうがマシだったように思います。寝首を掻くのが難しくなりました」

 

「……うん、まあそうだね……」

 

 僕の言いたいことはちゃんと理解しているようだけど、やっぱり表現が物騒なんだよな……。いや、確かにその通りなんだよ。せっかくカリーナ氏はわかりやすく油断してたんだから、そのままの気分で本陣に返したかった。それでこっちの戦力を過少報告でもしてくれれば万々歳だったんだけど。

 そのために、わざわざ防衛線を敷設した場所よりもかなりズューデンベルグ領寄りへ交渉用天幕を設営したんだ。迎撃準備をカッチリ整えているところなんか、敵に見せるわけにはいかないからな。斥候相手にも見られないよう、警戒網はしっかり敷いている。

 そういう訳で、ソニアの反省点は全く間違っていない。間違ってはいないが、できればオブラートに包んで欲しいよな。いや、気分的にさ。

 

「わかってるならいい。もうすぐ戦闘も始まる、あんまり気にするな。好き勝手言われた恨みは戦場で晴らしてやれ」

 

「了解」

 

 ソニアは小さく頷いた。あんまり悪い気分を引きずってほしくないからな。さっさとこの話は切り上げることにした。

 

「諸君、ディーゼル伯爵の娘のあの振る舞いを見たか!」

 

 その代わり、口々に文句を言っている配下の騎士や傭兵たちに、大声で語り掛けた。せっかくテンプレみたいな悪役(ヒール)ムーブをしてくれたんだから、せいぜい士気向上に役立ってもらおう。

 

「やつは男をおもちゃくらいにしか思っていない! そんな女に率いられた兵士たちが、占領地でどのような振る舞いをするか……もはや、考える必要もなくわかることだ! そうだろう?」

 

 まあ、実際そうだろう。戦場の兵士なんてのはむやみやたらと気が荒くなるものだ。その熱を引きずったまま町や村に突入すれば、そりゃあ惨事も起こるというものだ。

 

「あのような連中に、我々のリースベンで好き勝手やらせていいのか? 否、断じて否である!」

 

「そうだ!」

 

「牛女どもめ、皆殺しにしてやる!」

 

 僕の言葉に物騒な叫び声を返しているのはなにも騎士たちだけではない。傭兵もだ。なにしろディーゼル伯爵軍が町で狼藉を働いたら、傭兵の恋人(・・)たちもタダじゃ済まないからな。いやが上にでも戦意は上がるだろう。

 男娼たちを町息子に扮させたのはこれを狙ってのことだ。一夜限りの恋人でも、相手に情を覚えてしまうものは少なくないだろう。そういう守るべきものを作ることで、リースベンを傭兵たちの"帰るべき場所"に仕立て上げる。効果は一時的なものだろうが、一戦の間士気が維持できれば十分だ。

 

「あの驕りきった態度を見たか! 奴らは我々をナメている! 許せるか、これが!」

 

「許せない!」

 

「殺す!」

 

「よろしい、結論は出た! 伯爵軍は確かに強大だ。しかし、諸君らの勇戦があれば必ず勝てると僕は確信している! どうか僕に力を貸してほしい、常に忠誠を(センパ-ファイ)!」

 

 僕の言葉に、部下たちはそれぞれ「ウーラァ!」だの「ウオーッ!」だのと気炎を上げている。士気は十分だ。若干ほっとするが、交渉用天幕に連れてきた部下は少人数のみ。本営ではほかに戦闘員だけで百人以上が待機している。

 こちらの戦意を煽るのはカリーナ氏の協力もあって楽だったが、本営の方はどうだろうか。演説の文面は考えてあるんだが、上手くいくかどうかどうも不安だ。

 

「……」

 

 そこまで考えて、僕は自分の手が少し震えていることに気付いた。そう言えば、前世・現世を通して自軍より装備・練度の勝った相手と正面から戦うのは初めてだった。前世の敵は反政府ゲリラやテロリストだったし、現世になってからも主な敵は盗賊や領内に侵入した蛮族どもが中心だ。

 むろんそれらも決して油断のできる相手ではなかったが、ディーゼル伯爵軍はその上を行く。カリーナ氏やその護衛が身に着けていたのも最高クラスの魔装甲冑(エンチャントアーマー)だった。決してたやすく勝てる相手ではない。

 そうはいっても、負けるわけにはいかない。カリーナ氏のお仕置きは魅力的だが、その結果部下が殺されリースベンが蹂躙されるのであれば絶対に容認ができない。僕は、自分の不安が部下に伝わらないよう、ぐっと手を握り込んだ。


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