異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第38話 くっころ男騎士と新兵

「総員、配置が完了したとのことです」

 

 駆け寄ってきた伝令が大声で報告する。軍使を門前払いした以上、いつ戦端が開かれてもおかしくない。臨戦態勢を整える必要があった。

 僕が居るのは、塹壕の中だ。連発銃で戦うことを前提に掘られた前世の塹壕よりも、ずいぶんと幅が広い。銃口から弾を装填する前装銃や槍、投石紐などをスムーズに使うための設計だった。その代わりあまり深くまで掘っていないが、土塁を持ってあるため少ししゃがめば全身を隠すことが出来る。

 

「了解」

 

 端的に堪えながら、塹壕から頭を出して望遠鏡を覗く。ちょうど、この防衛線はやや小高い場所に設置してあるため、伯爵軍が進軍してくるであろう場所を見下ろすことが出来る。とはいえ、まだ敵の姿は見えない。脳髄を焦がすジワジワとした焦燥に、いっそ早く来てくれと叫びたくなった。もちろん我慢するが。

 そのまま、しばらく何もない時間が過ぎていく。ひどく退屈だった。空は雲一つない快晴で、これから戦争が始まるとはとても思えないほどのどかな陽気だった。それが逆に神経を逆なでする。周りの傭兵や騎士たちも同じ気分のようで、むやみやたらと煙草を吹かしたり激しい貧乏ゆすりをしたりしている者が大勢いた。

 僕も煙草が吸いたくなったが、我慢する。紳士はタバコを吸うべきではない、という風潮がガレア王国にはある。当然、一応は貴族である僕は生まれてこの方ずっと禁煙状態だ。煙草より戦争の方がよっぽど身体に悪いんだから、許してくれよと思う。

 

「代官様、代官様」

 

 そんなことを考えていると、突然話しかけられた。そちらに目を向けると、二人の傭兵が居る。片方はいかにも下士官然とした革鎧姿の狼獣人で、もう一人は野良着の若い竜人(ドラゴニュート)だ。若い方は、十代中ごろといったところだろうか? ひどく怯えた表情をしている。

 

「どうした」

 

 戦闘配置中なんだから私語は避けてほしいものだが、僕もいい加減気分転換がしたかったので聞き返す。まあ、まだ敵の姿すら見えてないんだから構わないだろう。

 

「仲間から聞いたんですが、代官殿が童貞って話は本当ですか?」

 

「ッ!?」

 

 思わず吹きそうになった。この緊急事態に何を言っているのだろうか? 近くにソニアが居なくて助かった。もし聞かれていたら、血の惨劇が起こったことは間違いない。幸いにも、彼女は別の場所へ配置している。

 いきなりなんてことを言うんだ、そう言い返したかったが、古兵のほうの表情は真剣だった。一応、話を聞いてやることにする。

 

「突然なんだ、一体。事と場合によってはただじゃおかないぞ」

 

「いや、本当に申し訳ないんですがね。見ての通り、こいつは新兵なんですが」

 

 古兵は何とも言えない表情で頭を下げ、視線を新兵の方へ向けた。彼女は顔を真っ青にしてガタガタ震えている。目はうつろで、こちらの会話も耳に入っていない様子だった。

 

「そうみたいだな」

 

 それを見て、僕も怒りが萎えてきた。情けないヤツ、とは思わない。大の大人だって、戦場を前にすれば平静でいられるヤツの方が少ない。いわんや、彼女はまだ少女だ。こんな子を戦場に連れ出して、という自己嫌悪の方が先に来る。

 

「こんなんじゃ戦うどころじゃないんでね……もし代官様が童貞ってんなら、キスをお願いできないもんかと」

 

 そこまで言って、古兵ははっとなった様子で狼耳をぴんぴんさせた。

 

「いやね、兵隊のジンクスなんですが……戦いの前に童貞にキスしてもらえれば、その戦いでは戦死しないってのがありまして。まあ、気休めなんですが」

 

「あ、ああ……そういうの、あったな」

 

 そういえば僕も、この世界での初陣前には幼馴染の弟(もちろん相手は亜人貴族なので、義理の弟だが)にキスさせられそうになったことがある。もちろん、丁重にお断りしたが。

 

「大それたお願いってのはわかってるんですがね。なんとかお頼みできないもんかと」

 

 ……うーん、言いたいことはわかる。兵隊ってのは、ことのほかジンクスを大切にする生き物だからな。僕自身、同じような気分になったこともある。

 とはいえ、僕は貴族で相手は平民だ。僕自身が構わなくても、周りはそうは言わない。貴族にとって、体面というのは命より大切なものだ。僕自身、ブロンダン家の看板に傷をつけるわけにはいかないという事情がある。

 

「協力してやりたいのはやまやまだが、貴族ってのはいろいろと面倒な所があってな」

 

 まあ、しかし。しかしだ。このまま彼女を放置するというのも、あまりにも哀れだ。僕自身初陣の恐怖はよく知っている、なんなら今だって職務を投げ出して実家へ帰りたいくらいの恐怖心は抱いている。

 なので、僕は震える新兵の前で片膝立ちで跪いた。そのまま、彼女の右手を取る。茫然としていた新兵もこれには驚き身体を固くしたが、気にしない。

 

「あっ、えっ……」

 

 手の甲に軽く口づけをすると、新兵は真っ青だった顔を一瞬で真っ赤にした。「は、はわ」などと訳の分からないことを言いながら、一歩下がる。

 

「これで許してもらえるか?」

 

 前世の僕なら訴えられてたな、これ。などと思いながら新兵に聞く。それなりのイケメンに生まれてよかったよな。その分体力はだいぶ下がった気がするけど。

 

「ま、不味いですよ! 代官様!」

 

 しかし、古兵は慌てた様子で手をブンブン振った。

 

「そういうのは、女が男に対してやるヤツです! 男女逆転なんて、倒錯的過ぎる! こいつの性癖が歪んだらどうするんです!」

 

「え、ええ……ごめん」

 

 どういうことだよ、と思いつつも僕は新兵の手を離した。彼女は両手で顔を押さえてあわあわ言う。

 

「べ、別に嫌じゃないですけどぉ……その……ごめんなさい!

 

 顔を真っ赤にしたまま、新兵は走り去ってしまった。……いかん、調子に乗りすぎた。こんなんだからモテないんだよなクソッたれめ……。

 

「……本当に申し訳ない。状況が落ち着いたらちゃんと謝ると伝えておいて欲しい」

 

「い、いや、まあ、喜んでたみたいなんで、謝る必要はないと思いますがね?」

 

「喜んでたの? あれ……」

 

 やっぱり女の人ってよくわかんないな……などと考えていた時だった。ポンという気の抜けた音が塹壕線に響き渡る。慌てて空を見上げると、パラシュートに吊られた赤い信号弾がピカピカと輝いていた。敵確認の合図だ。

 

「来やがったな。おい、急いで配置に戻れ。合戦用意!」


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