異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
「被害状況を知らせろ」
部下にそう聞く母様の声は、少しだけかすれていた。
戦端が開かれてから、半日が経過していた。すでに日は暮れ、周囲は真っ暗になっている。
「死者は三十名、重傷者七十名です」
「……つまり、何か。半日で一個中隊が完全に消し飛んだわけか?」
「はい……」
「こんな馬鹿な話があってたまるか!」
母様は、激憤のまま地面の小石を蹴り飛ばした。岩肌に小石が当たって弾ける音が聞こえてくる。そんな小さな音も聞き逃さないくらい、陣幕の中は静かだった。誰も彼もが、沈痛な面持ちで口をつぐんでいる。私たちが受けた被害は、それくらい衝撃的なものだった。
「倍数の精鋭部隊とぶつかっても、こうはならないぞ! なんなんだあいつらは!」
「相手は妙に射程の長い銃を持っていたわ。ディーゼル家自慢の弓兵隊が反撃もできないまま一方的にやられるなんて、おかしいわよ!」
射程と速射性に優れた長弓は、魔法を含めたあらゆる遠距離攻撃手段の中でも最優の武器だと言われているわ。そして私たちディーゼル家お抱えの弓兵は、長い時間をかけて育成した精鋭中の精鋭。それが銃ごときに一方的にやられるなんて、向こうがタチの悪い悪魔と契約してるとしか思えないわ。
「それに、地中爆弾の件もあります。あんなものを仕掛けられては、まともに進軍などできません!」
騎士の一人がそう叫んだ。この辺りの山は峻険で、小人数ならまだしも軍単位となると街道に沿ってしか動けない。そんな大切な街道に爆弾を仕掛けられたら、もうどうしようもないわ。もっと広い場所が戦場なら、カンタンに迂回できるのに……。
「そうだ、地中爆弾だ。いったいどういう代物なんだ? 踏んだら爆発する仕組みのようだが……」
「兵に掘りかえさせて、ひとつ回収することが出来ました。木箱に火薬と鉄クギを詰めて、着火した火縄をくっつけた薄板で蓋をする構造のようです。この薄板を踏み抜くと、火縄が火薬に触れて着火する……という仕組みのようですね」
軍に同行している技官が説明した。説明を聞いただけの私でも、簡単に同じものが作れそうな単純な構造ね。でも、こんな兵器、私は今まで一度も聞いたことがないわ。まさか、あのスケベな男騎士が考案したのかしら? ……まさか、さすがにそれはないわね。むこうに天才的な錬金術師でもいるのかしら?
「構造はわかった。対策は?」
「火縄が燃え尽きるまで待てば、踏んだところで着火はしません」
「どれくらいで燃え尽きるんだ、その火縄は」
「どうやら特別製の長期間燃え続ける火縄を利用しているようで……あと二、三日は待たないと危ないでしょう」
「なんだと……!」
母様は額に青筋を浮かべたけど、怒鳴るのはぐっと堪えた。悪いのは説明した技官じゃなくて、こんなものを仕掛けた敵軍の方だものね。母様は乱暴者だけど、そのあたりの道理は心得ているわ。
「あまりノロノロしていたら、敵の増援が到着してしまう。それはマズイ……」
本来なら、リースベンの警備兵なんて一日二日で片付ける予定だったわけだし。それが予想外に長引いたら、そりゃあ面倒なことになるわよね。眉間に皺を寄せる母様を見て、私は小さく唸った。なにかいいアイデアは思いつかないものかしら?
「とはいえ、これ以上の強攻を続けるわけにもいきません。はっきり言えば、すでに今回の遠征で受けた被害は許容量を超えておりまする。私としては、いっそ撤退も視野に入れるべきではないかと愚考いたしますが」
そう語るのは、ディーゼル家に長年勤める老家臣だった。母様は腕を組み、考え込む。
「貴様のいう事はわかる。しかし、相手は同格ではなく格下の代官風情だ。しかも男だぞ! そのような相手に退いたとあっては、周りの領主どものナメられる!」
「撤退という選択肢がないのは分かり申した。しかし、ではどういたします? 明日も強攻を続ければ、爆弾が埋まった地帯を突破することは可能かもしれませぬ。今日の戦いでも、何人かは向こうの塹壕までたどり着いた者がおりましたからな」
「たしか、トゲ付きの針金に阻まれてモタついているところを、槍で突き殺されたそうだな。……針金くらい、無理やり突破できんのか?」
「戦斧で振り払おうとしたり、攻撃魔法を撃ち込んだりするものもいましたが……どうも突破はムリのようです。工兵に除去させるしかありませんな」
「銃と大砲の射撃を浴びつつか?」
「……」
敵の銃の性能は異常だもの。
「こうなると、緒戦で精鋭を摺りつぶしてしまったのがあまりに痛いな……」
騎士の一人がぼそりと呟いた。最初の戦いで前衛を務めた重装歩兵は、下馬させた騎士の部隊だった。うちの軍では、まちがいなく最精鋭にあたる連中ね。集中射撃を受けた弓隊ほどじゃないにしろ、彼女らもひどい被害を受けてる。戦線復帰はしばらく無理でしょうね……。
「とにかく、今は手持ちの戦力で何とかするほかない。少し時間をやるから、一人一つずつ何かアイデアを出してこい」
そう言って母様は、集まっていた配下たちを一時解散させた。そして残った私を呼び寄せ、耳元でささやく。
「いよいよもってこの戦いはキナ臭い。どうやら、あたしは敵の罠に嵌まっちまったみたいだ」
私はびっくりした。お母様がここまで言うような事態なんて、初めてよ。
「だいたい、敵の動きが全部ヘンだ。戦術も武器も、見たことのないようなやり方をしてきやがる。まるで、名前も聞いたことのないような異国の軍隊と戦っているみたいだ」
「確かに……」
わたしは唸った。歩兵は強固な戦列を組み、騎士は堂々たる突撃を敢行する。それが正しい戦場のあり方という物よ。それに比べて、リースベン軍はなんなの? 今日一日戦って、まともな白兵戦すら起きていないというのはあまりに異常よ。
「今までのセオリーが通用しない相手だ。負けてやる気はないが、お前も十分注意しておけ。男のケツを追いかけることに熱中しすぎるなよ」
「わ、分かってるわよぉ……」
そう言いながら、私はあの憎らしい男騎士の顔を思い浮かべた。真面目そうな顔をして、なんて汚い手を使う男かしら。やっぱり、出来ることなら身の程ってやつを