異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第42話 くっころ男騎士と腹ペコ新兵

 日暮れに伴い戦闘は自然に終結したが、だからといって指揮官はすぐには休めない。被害状況の確認や消耗した物資の確認、戦闘詳報の作成など、やるべきことはいくらでもあった。なにしろこれらの仕事を補佐できるような人材は僕の部隊にはソニアを含めた数名程度しかいないで、とにかく処理に時間がかかる。

 

「んーっ!」

 

 指揮卓に散乱した書類を前に、僕は背中を伸ばした。すでに周囲は真っ暗になり、小さなオイルランプのささやかな明かりだけが僕を照らしている。天幕を張っているので、星の光すら指揮卓の周りにははいってこない。

 

「お疲れ様です、アル様」

 

 そう言うソニアの顔にも、疲労の色は濃い。彼女は最前線で指揮を執って貰っていたので、比較的後方にいた僕よりよほど疲れているはずだ。雑務につき合わせてしまって、どうも罪悪感を覚える。

 

「ソニアもな。悪いね、手伝わせて。人手が全然足りないもんだからさ」

 

「いえ。アル様の補佐は副官たる私の本来の任務ですので」

 

 クールな表情で答えるソニアは、まさに軍人の鑑だ。まったく、僕にはもったいないくらいの人材だな。

 

「あまり僕を甘やかしてくれるなよ。お前たちが居ないとまともに仕事ができない身体になってしまう」

 

「つまりアル様の部下として永久就職できるってことですか。そりゃあいい、どんどん甘やかして差しあげましょ。ねえ副長」

 

「ははは、それは良いな。アル様、どうかお覚悟を」

 

「参ったね、まったく」

 

 部下の騎士たちの言葉に、僕は思わず苦笑した。こいつらとはもう随分と長い付き合いになる。ほとんど家族のようなものだ。言われなくても、本人が望まない限り手放すつもりはなかった。

 

「夕餉をお持ちしました!」

 

 そんなことを話していると、指揮壕に入ってくる者がいた。寸胴鍋やらパン入りのバスケットやらを抱えた兵士だ。そこから漂ってくる香りが鼻をくすぐり、今さらながら空腹を自覚する。忙しくしていると、つい食べるのを忘れちゃうんだよな……。

 

「ああ、助かる。おい、テーブルを開けるぞ」

 

 手分けして指揮卓の上に散らばった書類やインク壺を片付け、なんとか食事ができるようにする。荷物を減らしたいので、食事用のテーブルを別に用意するようなことはしていなかった。組み立て式でも、結構邪魔になるからな……。

 腹が減っているのはみな同じだ。整理はすぐ終わり、夕飯が配膳された。とはいっても、大したメニューではない。カチカチの丸パンに、同じくカチカチのチーズ。そして申し訳程度にベーコンが入った乾燥野菜のスープ。なにしろこの世界には缶詰もレトルトもないので、こんなものばかりの食卓になる。

 

「今日の糧を得られた感謝を極星に捧げます……」

 

 手早く食事前のお祈りをして(なにしろ宗教社会なので、これをやらないと不信心扱いされる)、食事にありつく。味気ない保存食でも、空腹は最高の調味料だ。パンを薄いスープに浸してかじると、薄味ながらなかなか美味しい。

 

「お前たちはもう食事は終わっているのか?」

 

 食事を持ってきた兵士がこちらをじーっと見ているので、僕は聞いた。その視線はパンに固定されている。……そういやこいつ、例の新兵だな。ケガもしてないようだし、童貞のキスなしでも初日は無事に切り抜けることが出来たようだ。よかったよかった。

 ………しかし、童貞のキスという響きがもうなんかそれでいいのかお前感があるな。そんなもんを有難がるのは、やっぱり僕にはよく理解が出来ない。

 

「はい、少し前に……」

 

「ふうん」

 

 それにしちゃ、腹をすかせたような顔してるけどな。配給された食事だけじゃ足りないんだろう。とはいえ、初陣の直後にこの態度はなかなか大物だ。丸一日なにものどを通らない、みたいなことになる兵士も多いんだが。

 

「まあ、座れ」

 

「え? ……はっ!」

 

 パンの切れ端を見せると、新兵は目を輝かせて指揮卓の横に置かれた椅子へ座った。パンをやると、竜人(ドラゴニュート)のくせに飢えた子犬のような顔でそれにかぶりつく。こんな石みたいなパンをよくそのまま食えるもんだ。

 

「またアル様の悪い癖が出ましたね……」

 

 それを見たソニアは半目になって言った。僕は人に飯を食わせるのがとにかく好きで、こんなことはよくやっている。飯屋でおごるくらいならまだしも、戦場で自分のメシを兵に分け与えるのは確かに統制上よろしくないんだよな。ソニアが呆れるのもまあ理解できる。

 

「こっそりだよ、こっそり。おい、他の連中には秘密にしておけよ。誰も彼もからたかられたら、僕は餓死しなきゃいけなくなるからな」

 

「はい、はい、もちろん」

 

 あっという間にパンの切れ端を食い終わった新兵は、こくこくと頷いた。僕がにやりと笑うと、ソニアはため息を吐いて肩をすくめた。

 

「……」

 

「おい、そんな目をしても駄目だ。僕だって腹は減ってるんだからな」

 

 残りのパンにまで物欲しそうな目を向けてくるのだからたまらない。これ以上は駄目だ。すきっ腹じゃまともな指揮ができなくなるからな。流石に自分の趣味のために部下に迷惑をかけるわけにはいかん。

 

「戦いに勝ったら、腹いっぱいになるまでごちそうを食わせてやる。それまで我慢しろ」

 

「マジですか」

 

「嘘は言わん。期待しておけ」

 

「やった!」

 

 新兵は大喜びした。十代半ばと言えば、育ち盛りだもんな。そりゃ、腹も減るか。……こんな子供を戦場に連れてこなきゃいけないんだから、本当に嫌な気分だよ。


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