異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
なにしろ皆腹を空かせていたから、料理はあっという間になくなった。デザートなど無論あるわけないので、僕は小さくため息を吐いた。砂糖のタップリかかったドーナツが欲しい。レーションに付属していたゲロマズのチョコレートでも許す。
「そういえば……」
使い終わった食器を片付ける新兵に、僕は話しかけた。
「お前、名前は?」
「コレットです。……姓はありません、親に捨てられた身の上なんで」
「あ、そう」
突然ヘビィ級の答えが返ってきたが、まあ若い身空で傭兵なんかやってるわけだからそれなりの事情はあるだろう。僕は口をへの字にして腕を組んだ。
少し考えてから、片づけを止めて座るよう指示する。コレットはちらりとソニアの方を見た。彼女の厳しさはすでに傭兵団でも知れ渡っているみたいだからな。サボっていると思われたくないのだろう。しかし、別にソニアも隙あらばイチャモンをつけるクレーマーじゃないからな。平気な顔で頷いて見せた。ほっと息を吐き、コレットは先ほどまで自分が座っていた椅子へまた腰を下ろした。
「何歳だ?」
「十五です」
「へえ……」
うーん、嫌な感じだな。少年兵(こっちの世界風に言うなら少女兵か)ってヤツは、やっぱり嫌いだ。前世では何度も爆弾抱えたガキが突っ込んでくるのを目にしている。僕自身がアレを指示する立場になってしまったような感覚になるんだよ。
できれば何だかんだと理由をつけて後方に送りたいところだ。でも、戦力不足の現状ではなかなかそうはいかない。前世の反政府ゲリラやテロリストの指揮官もこんなことを考えていたんだろうか。まったく嫌になるね。
まあ、僕自身現世では十五の時には戦場に出ていたが、外面はガキでも中身はオッサンだからな。それはそれ、これはこれ。ダブルスタンダードってヤツだ。
「初陣はどうだった?」
そこが一番気になる結果だった。なにしろこの新兵、戦闘前はあんなに怯えてたくせに今はケロリとしている。砲声やらなんやらで神経がマヒしているんだろうか?
「えーっと、よくわかりませんでした。敵はほとんど銃やら爆弾やらにやられてまともに前進すらできない有様じゃなかったですか。塹壕に隠れてたら、それで終わりでした。伯爵軍の兵士のツラすら拝めなかったですよ」
「まあ、そういう戦場になるよう工夫したからな」
敵は遠距離で倒すに限る。敵兵の大半を砲爆撃で倒し、歩兵部隊は制圧のためだけに投入するというのが僕の理想だ。それが兵隊の命と精神を守ることにつながる。
地上攻撃機や戦闘ヘリはなく、長射程の野砲もない(なにしろこの世界の大砲の射程は傭兵たちに支給した歩兵用ライフル銃と大差ない)この世界ではそんな理想は実現しようがないが、それでもできるだけの努力はしている。
「とはいえ、向こうも何かしら対策は打ってくるはずだ。ずっとうまく行き続けるはずがない。油断はするなよ」
「そ、そうですか……」
戦場の恐怖を思い出したように、コレットは背中をぶるりと震わせた。
「よろしければ、むこうがどういう手を使ってくるのか教えてもらいたいんですが。心の準備が……」
「そんなことは僕が知りたいよ」
それがわかればもう勝ったも同然なんだけどな。向こうだってひとかどの封建領主だ。救いがたい無能とは考えづらいので、そうは問屋が卸さないはずだ。
「いろいろ考えられる。被害を恐れず強引な攻撃を続けるというのもまた一つの手だし、
巨人といっても、せいぜい身長二・五メートルくらいの超大柄な人種だ。それでも、体力や膂力は一般的な力自慢の亜人種族を片手でねじ伏せるほどのものだ。それが重装甲を纏って突撃してきたら、早々止められるものではない。
頼みの綱は地雷と大砲だが、地雷はそう大量に埋めているわけではないし初日で随分と消耗してしまった。生き残っている地雷はそう多くはないだろう。起爆装置が火縄なので、二日目あたりからは不発率も増してくる。大砲に至っては、まともに照準をつけることができないのだから期待するだけ無駄という物だ。
「あるいは、少数の精鋭部隊に山越えをさせ、こちらの側面や後方に攪乱攻撃を仕掛けてくる可能性もあります」
ソニアが補足した。確かに、峻険な山岳地帯とはいえ少数ならなんとか突破することはできるだろう。攻撃が来るのは前方のみだと思い込むべきではないな。
「それなら逆に、こっちから仕掛けるってのもアリじゃないですか? 牛獣人は夜目が効かないって話ですし、迂回して夜襲をしかけてやれば……」
「悪くないアイデアだな」
僕がそういうと、コレットは自慢げに鼻を掻いた。
「しかし、現有戦力ではなかなかそれも難しい。お前たちヴァレリー傭兵団は、山岳戦の訓練なんか受けてないだろ?」
「ええ? ああ、そうですね。確かに……基本、戦場は平地ですし」
山岳で戦うのは非常に難しい。前世の僕もアフガニスタンでひどく難儀した。食い詰め傭兵の彼女らに山岳戦がこなせるとは、ちょっと思えないんだよな。正直に言えば、夜戦能力についても疑っている。いくら
もしどうしても夜襲を仕掛けなければならない状況になれば、僕は直属の騎士だけを選抜して作戦に当たるだろう。夜間の山岳地帯で戦うというのは、本当に難易度が高い。相当大きなメリットがなければやりたくないというのが本音だ。
「それに、明日も戦いは続くんだ。疲労を考えれば、夜襲に出せる人員は多くて三十人程度。対する敵はおそらく数百人はいるだろう。嫌がらせ程度の腰が引けた攻撃だって、この戦力差では逆襲を受けて壊滅しかねないぞ」
「う、確かに……」
コレットは嫌そうな顔をして唸った。まあ、そもそも
「まあそういうわけだ。僕はお前たちに無謀な戦いを挑ませるつもりはない。昼の戦いで堅実に勝つつもりだ。あえて忠告しておくが、お前も無茶をするなよ? せっかく慎重策を取ってるんだから、できるだけ安全に戦ってくれ」
「ええ、はい」
照れたようにコレットは頬を掻いた。
「しかし変わってますね、代官様は。なんとなく、死ぬ気で戦え! みたいなことを言われるかと思ってました」
「新兵が死ぬ気で戦ったところで死体が増えるだけだ。流石に任務を放棄して逃げ出されるのは困るがね。死なない程度に頑張って、経験を積んだ古参兵になってもらったほうが助かるんだよ、こっちとしては」
まあ、こいつらは傭兵だから、僕の下で戦うのは今回限りという可能性も十分にあるけどね。まあ、死んでほしくないというのは本音だ。自分が死ぬのも嫌なもんだが、部下が死ぬのもしんどい。どちらとも前世で経験済みだ。
「そりゃ、いいですね。古参兵になって戦果をあげたら、こんどこそ代官様のちゃんとしたキスが貰えるかも」
「馬鹿、調子に乗るんじゃない」
思わず笑って、コレットの頭をガシガシ撫でた。彼女は照れた様子で鼻をこすっていたが、若干怖い顔をしているソニアを見て「ひぇっ」と声を上げた。
「すんません! 殴られる前に退散します!」
慌てたコレットは食器の入ったバスケットや空になった鍋を引っ掴み、逃げ出していった。
「肝の据わった新兵ですね。案外、将来は大物になるかもしれません」
「だな」
僕とソニアは顔を見合わせ、また大笑いした。