異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第48話 くっころ男騎士と進退

 泡を食って逃げ出していくチビっ子の背中を見送りながら、僕はこっそり安堵のため息をついた。騎士とは言え年端もいかない子供を殺すのはとても気が重いし、身体強化の魔法もすでに効果が切れている。

 この魔法、短時間で再使用すると反動で体が動かなくなるんだよな。戦場で行動不能にはなりたくないし、さりとて「復仇だ!」と言って勝負を挑んでくれば騎士としては受けざるを得なくなるなる。ビビらせて逃がすのが最適解だったってワケ。

 

「見たか帝国の野蛮人!」

 

「代官様万歳! ガレア万歳!」

 

 一方、こちらの傭兵たちは大盛り上がりだ。竜人(ドラゴニュート)に対してトカゲは禁句中の禁句だからな。まっぷたつになった例の騎士はガレア人の地雷を踏んでしまったわけだ(もっとも、ヴァレリー傭兵団は獣人の比率が比較的高いが)。

 ちなみに、傭兵団と言っても、彼女らはガレアの国内で結成・活動している集団だ。当然、ガレアとは歴史的に仲が悪い神聖帝国を嫌っている者は少なくない。

 

「代官殿に遅れるな、押し返せー!」

 

 そう叫んだのはヴァレリー隊長だった。傭兵たちの先頭に立ち、長剣を振り回して指示を飛ばしている。堂に入った指揮姿だ。対する伯爵軍の兵士たちは、明らかに腰が引け始めている。ディーゼルの姓を名乗る騎士があっけなく敗れたのだから、そうもなるだろう。

 

「むっ!」

 

 しかし、油断はしていられない。特徴的な高音を発しつつ、風の刃が僕に襲い掛かってきた。即座にサーベルを振るい、叩き落す。敵魔術兵の攻撃魔法だ。ここは塹壕の外であり、ボンヤリしていたら敵の射撃を一身に浴びる羽目になる。

 さっと身をひるがえし、塹壕に身を隠す。血塗れになってしまったサーベルを布で拭い、一応点検しておく。魔装甲冑《エンチャントアーマー》をぶった切ったというのに、その刃には欠け一つない。母上が戦場で神聖帝国の大貴族からかっぱらってきたという曰く付きの代物だが、その切れ味は本物だ。

 おそらく、相当良い強化魔法がかかっているのだろう。普通の甲冑ならまだしも、魔装甲冑《エンチャントアーマー》を相手にするならそれなりの業物が必要になってくる。

 

「はー……」

 

 サーベルを鞘に納めつつ、僕は小さくため息を吐いた。動けないほどではないが、全身がダルくて痛い。身体強化魔法の反動だ。只人(ヒューム)が亜人相手にフィジカルで勝つには、なかなか無茶な強化をする必要があるんだよな。

 

「帰って酒飲んで寝たい……」

 

 自分にしか聞こえないような声でそう呟いてから、僕は身体に力を込めた。もうだいぶウンザリした気分になっているが、指揮官たるものそれを態度に出すわけにはいかない。あと一息で防衛線内から敵を押し返せそうだ。もうひと頑張りすることにしようか。

 

「アル様、翼竜(ワイバーン)騎兵から連絡です」

 

 そこへ、一人の騎士が駆け寄ってきた。手には小さな連絡筒が握られている。翼竜(ワイバーン)の騎手が手紙を入れて空中投下するのに使われているものだ。

 

「西側の斜面に敵の別動隊と思われる集団を確認。数、半個中隊程度。以上です」

 

「なるほどな」

 

 なんでもないことのように、僕は言った。あくまで演技だ。内心はそうではない。いよいよ酒が欲しくなってきた。相手の指揮官はそれなり以上に有能なようだ。打てる手はしっかり打ってくる。

 現在、こちらの正面に居る敵戦力は二個中隊ほど。ただし戦場の戦闘正面幅が狭く、塹壕等の効果もあってこちらが有利に立ち回ることができている。

 しかし、反撃に転じたとはいえ鉄条網が破られた状況で横から攻撃を受けるというのは面白くない。うまくしのげたとしても、それなりの損害は出るだろう。

 

「会敵までそう時間はかからないでしょう。いかがいたしますか?」

 

「……」

 

 本当にどうしよう。銃兵隊を再配置すれば、まあ半個中隊程度なら問題なく対処できるはずだ。しかしそれでは正面の敵への圧力が大きく下がる。今まで以上の数の敵が流れ込んでくることになるということだ。

 急いで第一波を塹壕からたたき出し、傭兵たちに投石で攻撃させる……? アリといえばアリだ。一応、こういう状況になることを想定して、投石紐や手ごろな大きさの石つぶての準備はしている。頑張れば、今日一日くらいの持久はできそうな気がした。

 

「撤退準備だ。事前計画に従い、第二防衛線へ後退する。各員に連絡を」

 

 しかし、結局僕はいったん戦線を整理することにした。敵は予想外の痛撃を受け、正面の圧力が下がっている。あえて正面を捨てることで、別動隊を落ち着いて処理できるというのも大きい。こうなれば、敵の指揮官はこれまで好き勝手やられたぶんをお返しをしてやろうと必要以上に攻撃的になるはず。さらなる罠に嵌めるには絶好のタイミングという訳だ。

 この第一防衛線は、あくまで緒戦で敵の数を漸減するためだけに設置してある。なにしろ、街道は狭すぎて自分たちも身動きがとりづらい事この上ないからな。ちょうどいいタイミングで敵に明け渡し、後方の第二防衛線を決戦場にする予定になっている。

 

「撤退指揮は予定通りヴァレリー隊長に任せますか?」

 

「そうだ。殿(しんがり)をやれるのは我々だけだ」

 

 敵に背中を向けているときが一番損害を受けやすいわけだからな。まともな甲冑も来てない連中に最後尾を任せることはできない。

 

「……敵の第一波は跳ね返せそうだな」

 

 塹壕からちらりと外をうかがう。ヴァレリー隊長率いる槍兵たちが伯爵軍を押していた。やはり一騎打ちを仕掛けたのは良かった。敵前衛の士気は明らかに挫けている。

 

「鉄条網の外へ押し出したタイミングで撤退開始だ。ソニアを呼んできてくれ」

 

「了解。ソニア副長をお連れします」

 

 僕の命令を復唱した兵士は、駆け足で砲兵壕のほうへ駆け出した。事前計画では、砲兵はイの一番で撤退することになっている。そこにソニアを張りつけ続けるわけにはいかない。

 殿は難易度が高いうえに危険な任務だからな。万一僕が戦死した時には、ソニアに指揮を引き継いでもらわなきゃいけない。

 ……しかし、総指揮官が一番危険な場所で直接指揮しなきゃいけないのは本当に非効率的だな。銃やらなんやらの兵器の運用に一番熟達しているのが僕だから、仕方ないんだけどさ。まともな士官が僕とソニア、そしてヴァレリー隊長しかいないんだから、本当に人手不足も甚だしい。あと二人くらい居れば、もっと柔軟に部隊運用できるのに。

 

「ま、ない物ねだりをしても仕方がない」

 

 この世界へ転生してからなんど呟いたかわからない言葉を口にしてから、僕は塹壕から飛び出した。ヴァレリー隊長にも撤退開始を伝えなくてはならない。


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