異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第53話 くっころ男騎士と騎兵殲滅陣

 信号弾の赤い光が空に瞬くと同時に、塹壕から味方歩兵がワラワラと飛び出してきた。壮絶なまでの鬨の声が暴力的に耳朶を叩く。

 

「騎兵を相手に密集陣も組まぬとは! ナメられた……」

 

 槍を振り上げて憤慨した伯爵軍の騎士は、再装填を終えた銃兵隊の集中射撃で即死した。それに勢いを得た味方歩兵隊は落馬した敵騎士に殺到し、手にした長槍でめった刺しにし始める。

 いくら魔装甲冑(エンチャントアーマー)で身を固めた騎士も、落馬の衝撃で動けなくなっているところを襲われてしまえばひとたまりもない。戦闘というよりは虐殺と言った方が良いような光景が、戦場のあちこちで展開されていた。

 

「キエエエエエエエッ!」

 

 とはいえ、敵騎兵も全滅したわけではない。歩兵隊に襲い掛かろうとする生き残りの騎兵にサーベルで斬りかかり、牽制する。歩兵と騎兵の戦闘力差は歴然であり、放置していれば逆襲を受けてこちらが壊滅しかねない。

 本来であれば、歩兵による対騎兵戦は密集陣で槍衾を作って敵騎兵を迎え撃つのがセオリーな訳だが……なにしろ密集陣は機動性がよろしくない。今回は迅速に敵を殲滅する必要があるため、あえて密集陣は採用していなかった。足りない防御力はこちらで補ってやる必要がある。

 

「ちぃっ!」

 

 サーベルによる一撃は、籠手によって防がれてしまった。今は身体強化魔法を使っていないため、流石に鎧を切断するのはムリだ。致命傷を与えたければ、鎧の隙間を狙うほかない。

 

「その声、例の男騎士か! 男を斬っても誉にはならんが、貴様は別だ! ここで果ててもらう!」

 

「果てるのは貴様だバカヤロー!」

 

 敵騎士は近接戦に不利な馬上槍を投げ捨て、代わりに長剣を抜いた。襲い掛かってくる白刃をなんとかサーベルで受け流し、叫び返す。

 しかし、やっぱり亜人のフィジカルは凄いな。身体強化をせずに正面から戦うのはだいぶしんどい。たんなる兵士ならなんとかなるが、戦闘のプロである騎士ともなれば一筋縄ではいかない。

 

「代官殿!」

 

 しかし、これは戦争だ。別に一対一で戦わねばらないというルールがあるわけではない。すぐに近くに居た歩兵たちが、長槍を手にして集まってくる。

 

「ぐっ……雑兵どもが!」

 

 慌ててその場から離脱しようとする敵騎士だが、そうはいかない。進路をふさぐように馬を進め、サーベルで斬りかかる。

 

「邪魔だ……うわっ!」

 

 サーベルを払いのけようとした敵騎士に長槍が襲い掛かる。穂先で殴られ、落馬した騎士は歩兵たちの手によってあっという間にぼろ雑巾のような姿にされてしまった。

 

「いい手際だ! 覚えておくぞ、お前たち」

 

 傭兵たちに称賛を送ってから、馬を進ませる。この後のことを考えると、敵騎兵隊は迅速に仕留める必要がある。

 

「アル様! 新手です!」

 

 そこへ、従士がひどく慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「増援か。歩兵、騎兵、どっちだ?」

 

「騎兵です! 数は二十騎!」

 

「まだ騎兵が残ってるのか!」

 

 最初の五十騎だけでも多いのに、この上さらに騎兵おかわりか。本当に有利な戦場で戦えてよかった。向こうに主導権が奪われた状態で交戦していたら、こちらは一日と立たずに壊滅していたに違いない。

 

「よし、ここは歩兵隊に任せる。ラッパ手に通達、騎士隊集合!」

 

 まもなく、戦場に信号ラッパの音色が響き渡り、乱戦中だった配下の騎士たちが集まってくる。手早く点呼をとり、部隊を再編成する。

 

「銃兵隊にも切通に突撃破砕射撃を仕掛けるよう連絡しろ。騎兵に続いて歩兵も突っ込んでくるだろうが、これは絶対に阻止する必要がある」

 

「了解!」

 

 しかし、新手か。もう、僕を含めて騎士隊は満身創痍だ。なにしろ、今日一日ずっと戦いっぱなしだからな。いくら精鋭と言っても、体力は有限だ。そろそろ限界が近い。おまけに、これまでの戦闘で拳銃もすでに撃ち尽くしているはずだ。先ほどの圧勝は、あくまで銃ありきの結果だからな。こんな状況で同数の敵相手にまともにぶつかったら、普通に負けかねないぞ。

 せめてリロードする時間があればいいのだが。金属薬莢式ならその場でぱぱっと再装填できるのに、先ごめ式はこれが面倒だ。

 そんなことを考えているうちに、敵の新手はすぐそばに迫っていた。牛の頭蓋骨を意匠化したディーゼル伯爵家の旗が見える。こっちもキツイが、向こうはそれ以上にキツイんだろう。指揮官自ら先頭に立つ必要が出てきたわけか。

 

「アルベール・ブロンダン! 出てこい!」

 

 騎士の一団の中でも、一際大柄な女が巨大な戦斧を振り上げて叫んだ。

 

「あたしはロスヴィータ・フォン・ディーゼル! 姪と娘が随分と世話になったようだな、一族の汚名は当主であるあたしの自らの手で雪がせてもらうぞ!」

 

「御大将自ら首級を献上しに来るとは、なかなか見上げた心意気だ!」

 

 疲れ切った身体に喝を入れつつ、憎たらしい口調を意識して言い返す。士気の維持を考えれば、指揮官同士の舌戦で負けるわけにはいかない。……近代戦になれている身からすると、いまだにこういうやり方には違和感を覚えるけどな。

 

「しかし貴様がこの場に出てくるはるか前から、僕は前線に出て伯爵軍の騎士を殺していたぞ! 一体その間、貴様は何をしていたんだ! 男に敢闘精神で負けて恥ずかしくはないのか、臆病者!」

 

 指揮官がほいほい前線に出てきていいワケないだろ。僕が前に出てるのは単なる戦力不足のせいだよ! 自分自身に内心ツッコミを入れるが、まあ挑発の材料に出来るならなんでもいい。

 

「な、なんだとぉ……!!」

 

「格好をつけて出てきたが、負けそうになって尻に火がついているだけだろう! 戦は下手だが体面を取り繕うのだけは上手だな、ええっ!?」

 

「ふっ、ざけるなッ! 男風情が! 身の程を教えてやる!」

 

 ディーゼル伯爵は戦斧をブンブンと振り回して激高した。よしよし、イイ感じだ。一騎討ちを仕掛けて相手の進軍を阻止しつつ、こちらのリロードの時間を稼ぐ。そういう作戦だった。

 もちろん、こうしている間にも歩兵隊は落馬した伯爵軍の騎士たちを介錯している。そちらはさっさと終わらせて、作戦を次の段階に進ませなければならない。

 

「貴様が怯懦の輩ではないというのなら、まさか一騎討ちを拒むような真似はせんだろうな? 姪や娘の汚名を雪ぐというその言葉、嘘ではないのだろう?」

 

 そういえば、その娘の方はどこへ行ったんだろうか。探してみると……居た。隊列の後ろの方に、やたらと小さな騎士の姿がある。ションベン漏らしながら逃げ出したばっかりなのに、存外ガッツのある奴だな。

 

「良いだろう! 相手になってやる!」

 

 ディーゼル伯爵は怒り狂いながら馬から降りた。……案外、冷静さは失ってないのかもしれないな、こいつ。騎馬のままの一騎討ちなら、またピストルで落馬させる作戦が使えたのに。仕方がないので、僕も下馬する。

 

「アル様、これを」

 

「ン、助かる」

 

 従者がピストルを差し出してきたので有難く受け取り、弾切れ状態になっている自分の拳銃と交換する。普段使っているリボルバーではなく旧型の単発式だが、これでもあると無いとでは大違いだ。

 

「それじゃ、あとは任せた」

 

 ソニアに向かってそう言うと、彼女は兜の面頬を開けてニヤリと笑った。そして腰のホルスターを叩きつつ、しっかりと頷く。

 

「ご武運を」

 

 普通に敵の騎兵隊とぶつかるくらいなら、一騎討ちをやったほうが被害が少ない。僕が勝てば敵総大将が討たれたことでほぼ勝ち確定になるし、負けても銃兵隊や騎士たちの銃をリロードする時間を稼ぐことが出来る。集中射撃さえできれば、二十騎の騎士程度なら十分に対処可能だ。

 しかし、この疲労困憊の状態ではほぼ間違いなく伯爵殿に後れを取るだろうな。大丈夫か? 百歩譲って一騎討ちで敗れる分には問題ないが、普通にそのまま殺されそうでコワイ。さっきから博打みたいな戦い方ばかり強いられるので、だいぶ気が滅入っていた。それもこれも、こちらの戦力が少ないせいだ。


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