異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
アデライドは、素晴らしいお土産を持ってきてくれた。"連発式"ボルトアクション小銃だ。僕はそれを大事な宝物でも持つかのように抱え上げ、歓喜の声を漏らす。
「おお、おお……最高だ!ウオオたまらん……」
「ご主人さまと再会した時より喜んでません? アレ」
「……気のせいだろ」
銃床に頬擦りをしながら喜ぶ僕を見ながら、アデライドとネルの主従が何か言っている。だが、そんなことはどうでもいい。いやはや、本当に素晴らしい。ボルトを引いて、機関部を解放してみる。やはり、弾倉は飾りではない。しっかりと、複数の弾薬を一度に装填できる機構になっている。これで、一発撃つたびに弾薬ポーチから新しい弾を出す手間が省けるというわけだ。
近侍隊で使われている後装式ライフル、あれもボルトアクション・ライフルではあるのだ。しかし、コイツと比べればまさに月とスッポン。断然こちらの方が洗練されている。この手の連発式ボルトアクション式小銃は、手動式火器の決定版だ。第二次世界大戦までは、どこの国でも主力小銃として利用されていたほどの信頼性があった。
「本体は完成したが……金属薬莢を量産するめどがついたのかな?」
ふと冷静になって、僕はそう聞いた。銃本体が完成しても、弾薬が調達できなければまったくの無意味だ。実のところ、この小銃の持ち味は弾薬の優秀性からくる部分が大きい。だが、高機能な弾薬なだけに調達コストもまた高いのがネックだった。
そもそも、金属薬莢を製造するのにもかなりの技術と費用が必要だ。さらに、連発式の場合は薬莢内部に詰め込む装薬も従来の黒色火薬ではなく新式の無煙火薬であることが望ましかった(村田銃をはじめとした単発式ボルトアクション銃には黒色火薬を使うモデルも少なくないが)。これもまた技術・費用双方のコストを押し上げる要因となる。
「ああ。大枚をはたいていろいろな機材を導入してね。君が欲しがっていた大型水圧プレス機も買ってやったぞ、うれしいだろう?」
「わあい!」
水圧プレス!! 金属薬莢を量産するためには必須の設備だ。以前はさんざん駄々をこねても買ってくれなかったというのに、いったいどういう心境の変化だろうか。
「細かい事はあとで説明しよう。……実のところ、そのボルトアクション? とやらは単なるお土産だ。本命はもう一挺の方なのだよ」
「んん……?」
この最高の鉄砲が、本命ではない? はて、どういうことだろうか。小首をかしげる僕を見て、アデライドはクスリと笑った。そして、僕が持っている方とは別の小銃を手に取る。
「ムッ……お、重……ぬぬぬ……コホン。実はな、これはラ・ファイエット工房の親方から上納されたものでね。そら、見て見なさい」
難儀しながら小銃を押し付けてくるアデライド。小柄な彼女には鉄と木のカタマリである小銃はいささか重すぎるようだった。ボルトアクション小銃をいったん横に置いて、苦笑しながらそれを受け取る。
「ラ・ファイエット工房というと、僕が王都に居た自分にずっとお世話になっていた、あの鉄砲鍛冶のラ・ファイエット工房だよね。王都から送られてきたの? これ」
質問をしつつも、僕の目は小銃に釘付けだ。一見、ウチの歩兵隊で採用している前装式ライフル銃と同じモノに見える。だが、よくよく観察してみると違和感があった。銃身の根元にフタのようなものが追加されているのだ。これは、もしや……。
「いいや。実はねぇ……あの工房は先日、リースベンに引っ越してきたのだよ。もう、王都では商売したくないなどと言ってねぇ」
「エッ……」
予想外の発言に、一瞬頭が真っ白になった。聞いた話では、王都の鉄砲鍛冶は空前の好景気に沸いていたはずだ。なにしろ、王軍が全面的にライフル兵の導入を決めたわけだからな。以前は甲冑や刀剣を作っていた鍛冶師すら鉄砲を作り始めている、などという話も聞いている。
そんな濡れ手に粟の状況で、王都を離れるというのはどうにもおかしな話だ。ラ・ファイエット工房は王都の鉄砲鍛冶でも老舗だから、何もせずとも注文が舞い込んでくる立場だろうに……なぜわざわざ辺境のリースベンに?
「なんでも、王軍の担当者とモメたそうだよ。部品の規格化なんて手間なことはやらずとにかく数を納品せよと命令されて、ブチ切れたとかなんとか」
「うわあ」
この世界の武器は全部ハンドメイドだからな。同じ職人が作っていても、ネジやバネの一本にいたるまで互換性がないのが普通だ。しかしそれではあまりに不便なので、僕は同じ型の鉄砲であれば部品を流用できるように頼んで設計してもらっていた。いわゆる規格化という奴だ。
ラ・ファイエット工房の親方はこの考え方をたいそう気に入り、専用の治具や測定具なども作って規格化の普及に努めていた。それがお上の意向でいきなりオジャンになったのだから、確かに腹立たしいことこの上ないだろう。
「……しかもだ。なにやら、王都ではきな臭い噂が出回っているようでな。それもあって、王軍の仕事はもう受けたくないと……馴染みのブロンダン家を頼って来た訳だな」
「きな臭い噂……正直聞きたくないんだけど」
「まあ、聞いておけ。なんでも、王太子殿下が宰相……つまり私の婚約者に横恋慕し、略奪を目論んでいるそうだ。どこかで聞いた話だなぁ、ハハハ」
「なにそれ……」
すっかりゲンナリした気分になって、僕て手の中の小銃をイジった。王太子殿下の"告白"を実際に受けた身としては、まったくもって笑い事ではない。
「自然発生する類の噂ではないからな、誰かが意図的に流しているはずだ。しかもそいつは、王室側を悪者にしたいと見える」
「ウチの人間じゃあなかろうねぇ……」
そうとう事情に詳しい人間じゃなきゃ、こんなクリティカルな情報は知らないはずだ。下手人はだいぶ絞られるな。
「言っちゃなんだけど、ヴァルマとかダライヤとかあのあたりがだいぶ怪しいんじゃないの」
「そう思って洗ってみたがね。幸いというべきか残念というべきか、それらしい証拠は出てこなかったよ」
「じゃあ誰なんだよ犯人は……」
僕は頭を抱えたい気分になったが、肝心のアデライドは肩をすくめるばかりだ。
「まあ、それはいったん横に置いてだね。そういう噂を耳にした親方は、これまた大層憤慨したそうだ。彼女とは、私もそれなりに付き合いがあるからねぇ。やっと宰相様とブロンダン様がくっついたというのに、その邪魔をするとは何事か! ってね」
やっとくっついたってなんやねん、すでにそういう目で見られてたのか? 僕ら。
「で……万一我々と王軍が衝突した時には、その銃を使ってほしいと。まあ、そういう話なのだよ」
「なるほど、確かにその案はアリだな……」
ラ・ファイエット工房の親方が上納してくれた鉄砲、それはスナイドル銃と呼ばれるシロモノだった(改造元がミニエー銃なのでダバティエール銃と呼ぶべきかもしれない)。これは一見従来の前装式ライフルにそっくりな見た目をしているが、銃身の根元に右開きのフタがついている(刻みタバコの入れ物によく似た構造だ)。これもまた、後装式小銃の一種なのだ。ちなみに、使用する薬莢はボルトアクション式と同じく真鍮製である。
この形式の銃は、歩兵用小銃が前装式から後装式へと変わっていく中で余ってしまった旧式前装銃を、後装式へと改造しようというコンセプトで生み出されたものだった。しかし改造母体が旧式だけに発展性や信頼性には欠ける部分がある。それゆえ、僕はこの銃の開発は凍結してボルトアクション銃にリソースを集中していたわけなのだが……。
「王軍は、すでに大規模なライフル兵部隊を編成していると聞く。万一これとぶつかり合う事態になれば、厳しい戦いを強いられるだろう。後装式ライフルの緊急配備が最優先だと、そう踏んだわけだな」
ボルトアクション銃は強力だが、製造には手間も暇もかかる。状況が急変した場合、大量配備は絶対に間に合わないだろう。しかし、このスナイドル銃であれば既存のライフルを改造して作ることができる。この差は大きい。
結局のところ、どれだけ強力な兵器も手元になければ意味はない。それを理解しているからこそ、親方は一度は書類棚の奥深くへとしまい込まれていたこの銃の図面を再び持ち出したのだろう。流石の先見の明だ。
「親方は、ウチの在庫のライフルを皆これに改造してしてはどうかと提案しているよ。これは、私ではなくアルベールが判断すべき案件だろう。さて、どうする? 必要だというのなら、予算は手当てするがね」
「……」
アデライドの提案に、僕はしばし考えこんだ。スナイドル銃を導入すれば、短期間のうちにわが軍の戦闘力を底上げすることができる。とはいえ、いくらこの銃が量産性に優れていても、流石に従来の形式の銃をすべて駆逐するほどではないだろう。つまり、場合によっては雑多な銃が混在した状態で実戦に挑まなくてはならない可能性がある。
弾薬はもちろん訓練法まで異なるまったくの別種の銃をいくつも同時に運用せねばならない状況など、はっきり言って悪夢以外の何物でもない。だからこそ、僕はいったん制式銃を前装式に統一した後、ゆっくりとボルトアクション式で置換していく方式を選んだのだ。
しかし……万が一を考えれば、そんな悠長なことは言っていられないかもしれないな。平時の失策と有事の失策では重要度がまるで違う。現在の情勢では、有事を見越した選択をするべきだろう。
「……エルフ隊やアリンコ隊向けに生産中の
スナイドル銃は、もともとが改造前提の設計だ。既製品もそれほど難なく作り変えることができる。緊急時のピンチヒッターにはまったくの適確な鉄砲だった。活用しない手はない。
「わかった、リースベンに伝えておく」
感情の読めない表情で、アデライドは頷く。はぁ、嫌なもんだね。無駄にバタバタしちゃってさ。これが全部取り越し苦労で終わってくれれば、こんなに嬉しい事も無いんだが……。