異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。 作:寒天ゼリヰ
カリーナとの楽しいひと時は、日暮れと共に終わりを告げた。とはいっても、別に敵襲などがあったわけではない。単純に、夜の仕事にとりかかっただけだ。各所から上がってくる報告をとりまとめたり、晩餐会に参加したり、明日の予定を確認したり……そんなことをしていたら、あっという間に深夜になっていた。
疲労困憊で風呂を浴び、僕は自室へと戻った。普段であれば、それにアデライドもついてくる。婚約者ということもあり、僕たちは同じ部屋で寝起きしているのだ。だが、今日に限ってはアデライドは別室で寝ることになった。なぜかと言えば……僕に"別の婚約者"からの指名が入ったからだ。
「えへへ~、今夜はのお兄様は私の独り占めってわけよ」
僕を指名した当の本人、カリーナはなんとも嬉しそうな様子でこちらに抱き着いてきた。僕も彼女も寝間着に着替え、すでに布団に入っている。彼女の二つ目のお願いというのはつまり、夜伽のことだったのだ。ご褒美などと言ってしまった手前、断ることはできなかった。
むろん、この件については"本妻"ことアデライドにもちゃんと話を通している。家庭内に不和を持ち込む気はさらさらないので、慎重かつ丁寧に説明させてもらった。正直、アデライドは不服そうだったがね。とはいえ彼女も僕を独占する気はないようで、詰られることもなくアッサリ寝室から退去してくれた。
とはいえ、正直……浮気でもしているようで、僕としても何だか居心地が悪いんだよな。一応、みな納得づくでやっていることだから、不義の行いではないという話ではあるのだが。
まあ、この国は一夫二妻が推奨されているような世界だ。貞操観念に関しても、前世の世界とは大きく違う、転生してもう二十年以上も立つのだから、いい加減なれるべきだろう。……まず、うちは両親が一夫一妻だからなぁ。そこも、感覚を矯正できずにいる要員の一つかもしれん。
「はいはい。今夜の僕は旦那様のものですよ」
悪戯っぽくそう返しながら、カリーナの頭を撫でる。すると彼女は「ンヒッ」と奇妙な声を上げた。……流石に気持ち悪いことを言いすぎたかね? 父上曰く『旦那様呼びをすればたいていの女性はイチコロ』らしいが、僕と父上では体格がだいぶ違うからなぁ。ちょっとスベッたかもしれんぞ。
「うひ、うひひひ……そんなこと言っちゃって、もう! あんまり挑発すると、私が肉食獣になっちゃうよ」
……いや、意外と効いてたっぽいな。カリーナのヤツめ、アデライドみたいな笑い方をしやがって。その齢であのセクハラオヤジが
「駄目だぞ、カリーナ。事前にアデライドから注意は受けてるだろ? 同衾は許しても、それ以上は駄目。それがアデライドの判断だ」
「わかってるって。ダイジョブダイジョブ」
"本番"は初夜まで取っておく。それが嫁たちの総意であった。ついでに言えば、すでに初夜の順番まで決まっているらしい。まったく、準備がよろしいことだ。ちなみに僕はその手の話し合いには参加させてもらっていない。こういうことは、嫁同士で決めるのが普通だと言われてしまった。
こうしてみると、やはり男の立場は弱いんだなぁ。あのチートな男魔術師、ニコラウスくんが必死になって男権拡大を訴えるはずだよ。こういう時ばかりは、彼に少しばかりのシンパシーを感じちゃったね。はぁ……。
「んふー」
こちらの悩みなどまったく気にしない様子で、カリーナは僕をぎゅっと抱きしめる。彼女は僕よりもずいぶんと小柄だが、それでも"抱かれる"ではなく"抱く"動作をしてくるあたり、やはりカリーナも女の子だよなぁ。正直、かなり可愛らしく感じてしまう。背伸びするショタをよしよしするお姉さんになった気分だ。
「自分で言うのもなんだけど、私ってばこの頃結構がんばってるからね。やっぱり、時々はこういう役得がないとねー」
むふふと笑いながらカリーナがその豊満な胸を張る。本当に自分で言うのもなんだな!? いやまあ、確かに最近のカリーナは成長著しいのだが。ミュリン領における戦いでは、丘一つを制圧し敵の火砲を鹵獲する大戦果も挙げてるしな。初めて会った頃の彼女と比べれば、完全に脱皮を果たしたと言っても過言ではないと思う。
「まったく、お前ってやつは……」
呆れつつも、僕は義妹の頭をぐりぐりと撫でてやった。彼女はこうして頭を撫でられるのが好きなのだ。その白黒ツートンの特徴的な髪の毛はとても柔らかく、さわり心地がいい。いつまでも撫でたくなるような頭だった。
「調子に乗っちゃだめだぞ? 慢心したっていい事は何もないんだからな。……ま、お前が並々ならぬ努力をしている、というのは認めるけどね。戦度胸もつきつつあるし、戦技戦術もこの一年でずいぶんとモノにした。流石だな、カリーナ」
「へへへ、なにしろ私はお兄様の義妹で妻だものね。お兄様に釣り合う人間にならなきゃ、胸を張って結婚できないよ」
「……」
な、なんだろうね、この義妹は。まったく。こういうことを面と向かって言われると、気恥ずかしくて仕方がないんだが。僕は思わず赤面し、そっぽを向いた。まあ、ランプの火はすでに落としてあるから、顔色がバレることはまずないと思うのだが。
「照れてる照れてる。意外と責められるのには弱いよね、お兄様」
バレてるじゃねーか。僕は思わず枕に顔を押し付けた。
「……口までうまくなりやがって、まったく。口説きの練習ばかりして、軍人としての鍛錬を怠るんじゃないぞ?」
「わかってるって、父様みたいなこと言わないでよ。……大丈夫、鍛錬に手を抜いたりしないよ。私は将来、お兄様の右腕になるつもりなんだもの。怠けてなんていられないって」
妹の言葉に、僕は思わず破顔した。右腕、ねぇ。嬉しい事を言ってくれるが……。
「今、そのポジションに座ってるのはソニアだぞ。あいつを押しのけて僕の右腕になるというのなら、並大抵のことじゃあないぞ?」
「そりゃそうでしょ。でも、ソニアお姉さまが相手でも負けるつもりはないわ! 少なくとも、並びたてるところまでは行かなくちゃ。……そうでないと、お兄様の負担がいつまでたっても減らないでしょ」
「負担……」
そんなことを言われるとは思わなかった。少し驚いて、カリーナの方をじっと見る。もっとも、部屋が真っ暗なので彼女の表情はうかがえない。しかし、その声音には確かな決意の色があった。
「お兄様ってば、リースベンでも戦地でも忙しそうに駆けずりまわってるでしょ。ずっとこんな調子じゃあ、イチャイチャしてる暇もないじゃない。夫婦の時間を作るためにも、できるだけ仕事は分担しなきゃ」
「……そ、そうだな」
いやまあ、仕事は楽しくてやってるフシもあったりするのだが。むろんつまらない仕事も多いが、こと軍関係の仕事であればとても楽しいし充実感も覚えている。……しかし、家族のことを考えれば、今までのように仕事一辺倒の生活を続けるのはよろしくないというのは確かかもしれん。嫁たちとの時間をできるだけ作る、なんて決心をしたばかりだしな。
「イチャイチャとかはまあ半分冗談にしても、子供ができた時のことを考えれば、父親が忙しすぎるってのは問題でしょ」
「た、確かに!」
言われてみて、初めて気づいた。結婚するということは、子供ができるということ。しかも嫁が沢山いるのだから、子供もたくさん生まれるのが自然だ。そんな子供たちを無視して、仕事に没頭する? いかん、いかんぞ。ダメおやじ一直線だ。
「むむむむ……」
これはカリーナに一本取られたかもしれん。この義妹は、僕などよりよほど真面目に将来のことを考えている。そうだ、確かに子育てほどの重大事は人生において他にはない。
「……ま、貴族の子育てだからね。何もかも乳母と保父に丸投げ、なんて家庭も少なくないけどさ。お兄様って、そういうタイプじゃないでしょ」
「ないなぁ」
そりゃ、まったく他者の手を借りないなんてのは不可能だろうけどさ。でも、丸投げするのは流石にだめだろ。そんなことしたら、僕はこの子の父親ですと胸を張ることができなくなってしまう。
「……確かに、カリーナの言う通りだ。今後に備えて、今から布石を打っておくべきだろうな。おい、カリーナ。本当に頼りにしてるぞ? このままじゃ、僕は種だけ蒔いてあとは知らん顔の種馬ルート一直線だ。最低限オヤジ面ができるくらいの育児時間は捻出しなきゃならん。そのためには、組織改革と人材確保が必須だ」
現状、僕は死ぬほど忙しい。休みなしで朝から晩まで働いている。半分好きでやっていることだが、子供ができた後もこんな生活をしていたらどう考えたって子供には後ろ指を指されるだろう。そんなのは嫌だ。
「任せて!」
カリーナは僕から身を離し、ドンと胸を叩いた。
「今のうちから、どんどん仕事を任せてね。今の私は確かに未熟だけど、立場にふさわしい人間になれるよう全力で頑張るから」
「お前は本当に……」
一年前のコイツは、初対面の僕にいきなり押し倒してやるだとか言い出すようなロクデナシだった。それが、この短期間でよくもまあここまで成長したものだ。思わずホロリときて、僕は目尻を拭う。女子、三日会わざれば刮目して見よ。いわんや一年もたてば……。
自分で言うように、確かにカリーナにはリースベンの中核人材になれるだけの将来性がありそうだな。うーむ……よし、決めた。彼女には、これからさらにビシバシと仕事を任せることにしよう。経験を積まねばキャリアアップはできんからな。
「……よし、カリーナ。じゃあ、お前に新しい仕事を一つ任せよう。リースベンの将来にかかわる、重大な仕事だ。いけるな?」
「も、もちろん」
いささか緊張している様子だが、良い返答である。僕は満足して頷いた。
「よし。お前の下にアンネリーエをつける。彼女と友達になって、ディーゼル家とミュリン家の関係改善に努めろ」
「ぴゃッ!?」
こんなことを言われるとは予想もしていなかったのだろう。カリーナの素っ頓狂な声に、僕は思わず苦笑した。