異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第572話 くっころ男騎士と裏路地

 レーヌ城からの脱出には成功した我々だったが、一難去ってまた一難。追手として現れたのは、スオラハティ軍の騎馬部隊だった。僕もかつては一年のうち一度や二度はノール辺境領にお邪魔していた身の上だから、彼女らの実力はよく理解している。彼女らは、ライフルやリボルバー拳銃などの新式装備と王室近衛騎士団に並ぶ練度を兼ね備えた世界最強クラスの騎兵集団なのだ。

 しかも、あの連中の指揮官はおそらくマリッタだ。姉や妹ほど目立つ立場ではなかった彼女だが、その実力は十二分に一流を名乗れる水準にある。おまけにマリッタは僕を随分と恨んでいる様子だから、その追撃が熾烈なものになるのは間違いあるまい。正直に言えば、絶体絶命のピンチだ。

 土煙を上げつつ猛追してくるスオラハティ軍騎兵隊から逃れるべく、僕たちはレーヌ市の市街地へと飛び込んだ。とはいえ、それだけでは状況は改善しない。なにしろこの街は王軍の占領下にあり、街中は常時厳戒態勢のようなものだからな。平日の昼間だというのに、大通りですら通行人はまばらだ。これでは、人ごみを隠れ蓑にすることすらできない。

 

「はあはあ……参ったねぇこれは……」

 

 胸元を押さえつつ、アデライドが荒い息を吐く。今、僕たちはすえた臭いの立ち込める裏路地に身を隠していた。お世辞にも、居心地のいい場所ではない。辺りには生ごみと汚物が散乱し、路面は未舗装だというのになぜかネチャネチャしてる。できれば長居したくないような空間だが、そういう場所だけに騎馬のままで侵入することは不可能だ。マリッタの追跡を逃れるには、こうした路地を活用するほかない。

 しかし、残念ながら我々には土地勘が皆無だ。妙な道を通って迷いでもしたら目も当てられない。しかしだからと言って表通りに出るわけにもいかず……まあ、いわゆるにっちもさっちもいかない、というヤツだ。ヤンナルネ。

 

「マリッタが敵に回ることはわかっていたが、ここまで早く仕掛けてくるとは。はぁ……」

 

 僕もアデライドもスオラハティ家とは家族ぐるみの付き合いだったから、当然マリッタとも古なじみだ。そんな相手と敵対してしまったわけだから、やはりアデライドも落ち込んでいるらしい。正直、それは僕も同じことだった。そもそも、マリッタとの関係がこうも拗れたのは明らかに僕の怠慢のせいだからな。今さらどうしようもないということがわかっているというのに、『あの時ああしていればよかった』などという無意味な考えが頭の中で浮かんでは消えていく。

 

「……後悔は勝つか死んだ後にでもやればいい。今はとにかく、生き延びなくては」

 

「そうだな。……はあ、しかし、くたびれた。これほど走ったのは子供の時分以来かもしれん」

 

 そう言って、アデライドはドレスの胸元をがばっと開いて風を入れた。目に毒なモノがまろびでたが、本人は全く気にしていない。ガレア王国の女性は、トップレス程度恥ずかしくもなんともないという感覚を持っている人も少なくないからな。前世の日本とは常識が違う。……まあ、その常識がまだ精神の奥底にこびりついている僕としては、いささか気恥ずかしいものを感じてしまうのだが。

 

「ああ、熱い。まだ夏だなぁ……おい、アル。ネェルはいつ頃帰ってくるんだね? 我々だけでマリッタと追いかけっこに興じるなんて、冗談じゃあない。早い所、彼女と合流したいんだがね」

 

 アデライドの言う通り、この場にはネェルの姿が無かった。いや、そもそそもここは狭い路地だから、ネェルほどの巨体ともなるとそもそも身体が収まらないだろう。もちろん、だからと言って彼女をどこかに置き去りにしているわけではない。彼女には、近衛や衛兵との交戦で重傷を負った近侍隊の騎士の後送を頼んであった。残念なことに、レーヌ城脱出戦では一名の重傷者を出してしまった。やはり、満足な防具もつけずに近衛騎士団と戦うのはいささか無謀だったな。

 まあ、重傷と言ってもきちんと手当すれば命に別状ない程度だがね。竜人(ドラゴニュート)の生命力は尋常ではない。撤退先はもちろん野戦病院などではなくレーヌ市郊外の森の中だが、医術の心得のあるものを同行させているからまあ最低限の治療はできるだろう。……それに治療が必要なのは騎士だけではない、ネェルもだ。彼女は衛兵隊の一斉射撃を受け、手傷を負っていた。本人はかすり傷だと言っているが、自己申告は信用ならん。衛生兵の手できちんと傷の具合を確認する必要がある。

 

「いや、ネェルはそのまま例の森で待機するように命じてある。街からの脱出は僕たちの独力でやるんだよ」

 

「……なんだって?」

 

 アデライドは思わずといった調子で目を剥いた。どうやら、ネェルの戦力をずいぶんとアテにしていたらしい。まあ、気分は分かるよ。パーティ会場における彼女の戦いぶりは凄まじいものがあったからな。

 

「大丈夫なのかね、それは。いや、むろんキミや近侍隊の実力を疑っているわけではないが、相手は王軍やスオラハティ軍なのだよ? 出し惜しみをしている場合ではないと思うのだが……」

 

 眉間にしわを寄せつつ、アデライドは首を左右に振る。実際、敵の戦力はあまりにも強大だ。ネェルの戦力を最大限に活用せねば脱出すらままならないのでは、という彼女の懸念は理解できる。

 

「たしかに街中から脱出するだけならば、ネェルに頑張ってもらうのが一番合理的さ。でもね、それをやるとたぶん彼女は生きて帰れない。それじゃダメなんだ」

 

 僕の脳裏に、前世の記憶がよみがえる。現代戦において、市街地という地形は人命と兵器を延々とすり潰し続ける悪魔の石臼だ。戦車や戦闘ヘリといった強力な兵器でも、一瞬の隙を突かれれば容易に撃破されてしまう。いわんやネェルは痛みを感じぬ鋼鉄の兵器などではなく、温かい血の流れる人間なのだ。

 ネェルは、パーティ会場の戦いでも負傷していた。ライフル銃の一斉射撃を浴びるのは、さしもの彼女も辛いようだ。カマキリはカブトムシなどと違って全身が強靭な甲殻に守られているわけではない。当たり所によっては、対人用ライフルであってもダメージを与えることが可能だ。だからこそ、僕はネェルを絶対無敵の存在として過信するわけにはいかなかった。

 

「彼女が街中で延々頑張っていたら、すぐに翼竜(ワイバーン)が何騎も飛んでくるはずだ。一騎二騎程度ならなんということはないが、十を超えると流石にマズイ。奇襲効果の残っているうちに撤退させておいた方がいいと考えてね」

 

「むう……」

 

 言っていることはわかるが、という顔でアデライドは黙り込んだ。やはり、不安なのだろう。

 

「切り札ってのは、気軽に使いまくっていると魔力を失っちまいますからね。切りどころはしっかりと考えなきゃあ」

 

 ジョゼットがにやりと笑ってそう言った。その声には、危機の渦中にあるとは思えない活力が満ちている。

 

「それに、ネェルの奴は仲間なんでね。あいつにばかり負担をかけるのは、どうも居心地がよくない」

 

「なるほど、そうか。いや、すまない。少しばかり気弱になってしまっていたな」

 

 コホンと咳払いをしてから、アデライドは僕の方を見た。

 

「いくさの事であれば、アルに丸投げしておけば大丈夫。そうだったな?」

 

「もちろん」

 

 当然ながら、ネェルの抜けた穴を埋める策は既に打ってある。というか、これは彼女がいると使えない策だった。なにしろ彼女は図体が大きいので、隠密作戦には全く向いていない。ネェルの存在を前提に作戦を立てると、どうしても荒っぽい方向へ行かざるを得なくなってしまう。しかし敵戦力が圧倒的に優勢な状況では、むやみに戦火を拡大させるのは上手いやり方とは言い難いだろう。

 

「正面からのドツキ合いばかりがいくさじゃあない。特殊作戦は畑違いだけど、まあその真似事くらいはできるさ……」

 

 そう言って、僕はちらりと路地の奥の方を見た。そちらからは、微かに足音が聞こえてくる。もっとも、もちろん敵が接近しているわけではない。見張りは立てているから、敵や無関係な民間人などが近づいてくれば即座に知らせが入ってくるだろう。それが無いということは……。

 

「待たせたのぅ」

 

 暗がりから出てきたのは、やはり見覚えのある小柄な影。そう、ロリババアである。コイツは小柄で目立たない割に戦闘力が高く、おまけに頭も回るからな。こういったシチュエーションでは誰よりも頼りになる。そういうわけで、僕は彼女にいくつかの用事を頼み、単独行動をさせていたのだった。

 

「協力者と合流するのに難儀してしもうたわい。流石あのソニアの妹、布陣に隙が無い」

 

 いかにも苦労しましたという顔でタラタラと言葉を垂れる彼女の隣には、フードを被った女の姿がある。そう、ダライヤに頼んでいた任務……それは現地協力者の案内だった。なにしろ、我々には土地勘がない。せめて案内者がいないことにはにっちもさっちもいかないということで、パーティの前日に協力者の準備をしておいたのである。

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