異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第584話 くっころ男騎士の決戦(1)

「ワッハッハッハ、僕ってばモテモテだなぁ!」

 

 二正面作戦を諦め、僕の追撃に専念することにしたらしいマリッタ騎兵隊の動きを見て、僕は思わず大笑いした。いかに高練度な彼女らも、夜戦のさ中に耳を封じられれば綿密な連携攻撃など不可能だろう。その状態で二兎を追う愚は冒すまい。最後の最後で、僕の作戦は見事に嵌まったのだった。

 

「本隊が地平線の彼方に消えるまでは、音魔法は継続で頼む」

 

 僕の背中にしがみついたロリババアの肩を叩き、そう命令する。彼女はいまだに、歌うような調子で呪文を口ずさみ続けていた。現在、戦場には嵐の日のビル街を思わせる轟音が鳴り響き続けている。これはババアが風魔法をアレンジして作り上げたオリジナルの魔法で、殺傷力こそ皆無だがとにかくうるさい。敵の統制や連携を崩すにはピッタリの性格の悪い魔法だった。

 

「さあて、こうなれば話は簡単だ……!」

 

 音魔法によって連携を崩されたマリッタ騎兵隊は、団子になって僕の追跡を始めている。この時点で、アデライドらの撤退支援という僕の目的は半分成功したようなものだ。あとはどれだけの時間を稼げるかだけが問題だな。

 ひとまず、僕は逃げの一手を打つことにした。ずっと逃げ回るのは不可能だが、今は一分でも一秒でも長くマリッタらを拘束しなくてはならない。すべてはアデライドたちが無事にリースベンにたどり着けるようにするためだ。恐怖に駆られた捨て身の突撃などは、敵に向かって潰走しているに等しい行動だ。最後まで冷静に戦い続ける者こそが真の軍人なのである。

 

「おおっと……!」

 

 そこで、敵が射撃を開始した。闇夜に発砲炎(マズル・フラッシュ)が瞬き、銃声が連続して鳴り響く。僕からすれば慣れた音だが、軍馬ならざる我が乗騎にとってはよほど恐ろしく感じるのだろう。明らかに怯えた素振りを見せ、暴れだしそうになる。僕は急いで馬の背を叩き、なんとか落ち着かせた。

 この様子だと、やはりこちらから撃ち返すのは無理そうだな。耳元で銃声を聞かせたりすれば、完全にパニックに陥って騎手を振り落としてしまうだろう。……まあ、それは別に構わない。

 なにしろ、銃声からして相手が撃っているのは拳銃だからな。彼我の距離はまだ二百メートル以上離れており、ピストルの有効射程を考えればどれほど優秀な射手であっても命中弾を出すのは不可能だ。つまり、今の射撃は完全に牽制だけが目的の賑やかし。こちらがそれに付き合う必要など微塵もない。

 

「がんばれ、頑張ってくれよ……」

 

 祈るように呟きながら、馬の背を何度も撫でる。その毛並みは汗でじっとりと濡れていた。もちろん、息遣いもたいへんに荒い。こいつはしっかりとした教練を受けた軍馬ではない。普通の馬問屋から購入した平凡な乗用馬だ。もちろん血統も足したことがないから、走力でも体力でも軍馬に劣る。そんな一般馬に、僕はずいぶんと無理をさせていた。

 対して、マリッタ騎兵隊が駆っている北方産の良血馬たちだ。余裕の走りでどんどんと距離を詰めてくる。二百メートルが百五十メートルに。そしてあっという間に百メートル未満へ! どれほど拍車をかけても、敵を引き離すことはできなかった。いや、それどころか気付けば随分と速度が落ちている。体力が限界に達し始めたのだ。

 

「ババア! 音魔法はもういい!」

 

 幸いにも、すでに味方の姿は見えなくなっている。これならば、追撃の抑止という作戦目標は果たしたと見て問題なかろう。ロリババアが呪文の詠唱をやめると、あれほど吹き荒れていた風が幻のようにぴたりと止まり、月夜に静寂が戻ってくる。

 

「オラァ観念しろオスガキィ!」

 

「昔っから手前は気に入らなかったんだ! 御屋形様やソニア様を色香で狂わせよって! 成敗してくれる!」

 

 いや、音魔法が無くなっても戦場は相変わらずうるさいままだった。後ろから聞こえてくる物騒な声に、僕は思わず腹を抱えて笑いそうになった。いやはや、嫌われたもんだね。まあ、僕もスオラハティ家ではずいぶんと好き勝手させて貰ってたからな。それに反感を覚えていた者も少なからず居たにちがいあるまい。

 

「どうしよう。僕、普通に殺されちゃうかも」

 

「無遠慮に色香を振りまいとったオヌシが悪い!」

 

 ババアの返答はいつになく辛らつだ。それがおかしくて、僕はいよいよ大笑いした。いい、いいね。死神に背中を撫でられていると、些細でくだらない馬鹿話でも楽しくて仕方なくなってしまう。コンバット・ハイってやつだ。

 

「あは、あっはっは! 僕なんぞに色香を感じるほうが悪いんだよそれは! よほどの変態性癖だぞ、ソイツは!」

 

「強引に他人の性癖を捻じ曲げておいてよく言うわ! バカモン!」

 

「ひっでぇ!!」

 

 僕が爆笑すると、ロリババアもヤケクソめいた態度でそれに続いた。

 

「おい、この状況で笑ってやがるぞ」

 

「なんなんだよ、もう! コイツはァ! 怖いんだよお前ェ!」

 

 困惑するマリッタ騎兵隊。現在、彼我の距離は五十メートルといったところ。よし、反転攻勢するなら今が好機だな。

 

「ババア、行くぞ!」

 

「あー、もう、仕方ないのぉ!」

 

 恨みがましい声でボヤいた後、ダライヤは暴風の呪文を唱えた。前方から凄まじい突風が吹いてくる。足元にはびこった雑草がバタバタと倒れていく様が、その風の強さを物語っていた。先ほどの音魔法などとは比べ物にならない威力だ。

 突風はちょうど僕たちの直前で二手に分かれ、そしてすぐ後方でふたたび合流する。自然ではありえない挙動だ。ババアの魔法の手管は尋常ではない。流石は年齢四桁の古老である。

 

「グワーッ!」

 

 突風の直撃をうけた騎兵隊の先頭集団が一斉に吹き飛んだ。馬も人間もまぜこぜになって宙を舞い、凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。そのなんとも痛そうな落馬音を背に、僕は(あぶみ)(鞍に付属する足置き)を蹴り乗騎から飛び降りた。もう、この馬は限界だ。これ以上無理をさせたところで時間は稼げない。ならば、戦術を下馬戦闘に切り替えるまでだ。

 地面にぶつかるのと同時に、僕の全身を息が詰まるような衝撃と痛みが襲った。農地とはいえ、しばらく耕されていない大地は結構堅い。一瞬気が遠くなりかけたが、根性で堪えて受け身の姿勢を維持する。

 

「シャオラァ!」

 

 気合いの叫びを上げつつ、僕はバネ仕掛けの人形のように立ち上がった。先鋒は砕いたが、敵はまだまだ残っているのだ。痛みにのた打ち回っている暇などありはしない。

 

「ア゛ア゛ーッもうっ! 年寄りになんて真似をさせるんじゃ! 老人虐待反対!」

 

 ダライヤが心底嫌そうな声でボヤきつつ、フラフラと立ち上がる。羽織ったポンチョは土と草の汁でグチャグチャになっていた。もちろん、僕の甲冑も同様の状態だろう。サーコートを着てこなかったのは正解だな。あれ家紋入りだし返り血以外では汚したくないんだよ……。

 

「へっへっへ、楽しいだろ?」

 

「楽しいわけないじゃろたわけェ! エルフのワシよりエルフらしいのだけは何とかならんかオヌシ!」

 

「わはははは」

 

 うるさい婆さんだこと。しゃあないじゃないかよ、こちとら死ぬときは笑顔でと決めてるんだ。無理矢理でもテンションかち上げなきゃやってらんないよ、単騎駆けなんて。

 ……いや、まあ、もちろん好き好んで死ににいく気はないがね。ここでリタイヤは流石に無責任がすぎる。こんなムチャをやらかしたのも、一応は死にはすまいという予想あってのことだ。今の僕は、自分の命を好きに捨てられるような立場では無いわけだし。

 

「とはいえだ」

 

 サーベルを抜きながら、僕は敵集団を睨みつけた。ダライヤの突風魔法を受けて出鼻を挫かれた彼女らだが、相手は精強なスオラハティ軍だ。すぐに態勢を立て直し、乱れた隊列を整えている。

 様子見のためかいったん乗騎は常歩まで減速させているが、一発鞭を入れればそのまま騎馬突撃に移ることができる距離感だ。彼女らの殺意次第では、僕らは一瞬にして蹂躙され草むす屍と化すだろう。いやはや、己の命を敵の判断に預けねばならない事態になるとは。指揮官として恥ずかしい限りだな。

 

「第二ラウンドの始まりだ。頼むぜ、マリッタ。せいぜいプロレスに付き合ってくれよ……」

 

 僕はそうつぶやきつつ、おもむろに剣を構えるのだった。

 

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