異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第588話 盗撮魔副官と急報

「なにっ! アル様が王太子に捕らえられただと……!」

 

 わたし、ソニア・スオラハティは愕然とした。

 

「はあ、はあ……はい、そう聞いちょります。王軍の追撃を受けた若様は、アデライド様ほかを逃がすべく殿に立たれ、現在行方知れずちゅうこっでして……」

 

 顔中を汗でびっしょりと濡らしたカラス鳥人の伝令が、そう説明する。要件が要件だけに、ずいぶん急いで飛んできたのだろう。その顔色は今すぐ倒れてもおかしくないほど悪かった。

 わたしたちが今いる場所は、リースベンの首都カルレラ市……その領主屋敷の一室だった。アル様に領主名代を任されたわたしは、その職務を果たすべくリースベンで忙しい日々を過ごしていたのだが……。

 

「……」

 

 沸騰しそうになる頭と崩れ落ちそうな足をなんとか精神力で押さえつつ、わたしは隣に視線を向けた。そこには、鬼神のごとき表情を浮かべた正統エルフェニアの長フェザリアの姿があった。現在、カルレラ市に残留しているブロンダン家の幹部はわたしとフェザリア、そして鳥人のリーダーであるウルだけだった。頼りになる部下であり友人でもあるジルベルトは、いまだに一軍を率いてミュリン領に駐屯したままだ。アリンコのリーダー、ゼラもそれに同行している。

 

「詳しかことはこちらん書状に書かれちょっようど……はあはあ」

 

 息も絶え絶えにそう言って、伝令は封蝋で厳重に封印された羊皮紙を手渡してくる。よく見れば、封蝋の隣にはアデライドの名が署名されていた。わたしは無言でそれを受け取り、一瞬の逡巡の後「ご苦労、貴殿は下がって休め」と命じた。

 本当ならば伝令に根掘り葉掘りいろいろなことを聞きたいところなのだが、残念なことに彼女はあくまで情報と書状をリレーしてきたに過ぎないのだ。これ以上問い詰めたところで、伝聞以上の情報は出てこない。ならば、現場に居たアデライド本人の手紙を読むのが一番手っ取り早いだろう。

 

「アデライドめ、一体何をやっているんだ……!」

 

 下がっていく伝令の背を見送りもせず、私は乱暴な手つきで羊皮紙の封印を解いた。紙面をばさりと広げると、左右からフェザリアとウルが首を突っ込んでくる。正直鬱陶しいが、気分は分かるので止めはしない。

 

「……なんということだ」

 

 そこには、怒りと悔恨の滲んだ筆致で事態の経過が説明されていた。戦勝パーティで王太子に胡乱な言いがかりをつけられたこと、逮捕に抵抗するため王軍と戦端を開いたこと、なんとかレーヌ市に逃れたが我が妹マリッタの追撃で壊滅の危機に陥ったこと、そしてそれを阻止すべくアル様とダライヤが反転して足止め作戦を開始したこと……。

 どうやら、アル様のこの勇気ある行動によって、アデライドらはなんとか王軍の勢力圏から逃れることに成功したようだった。現在は、あのいけ好かないカワウソ選帝侯の伝手を利用してリースベンに戻る旅路の途中らしい。急いではいるが、我々との合流にはまだしばらくの時間が必要だということだ。

 

「敵将んマリッタちゅう名前には聞き覚えがあっと。もしや、ソニアどんの……」

 

 気遣わしげな表情をしたウルの問いに、わたしは憮然としながら頷いた。マリッタ・スオラハティ、我が妹……まさか、あいつがアル様に牙を剥くとは。まったくもって予想外だ。むろん、彼女がアル様に複雑な感情を抱いていることは知っていた。しかし、筋金入りの真面目な武人である彼女が、まさかこんな大それたことをしでかすとは……。

 ……アル様に剣を向けるということは、それすなわちわたしとヴァルマ、そして母上に剣を向けることと同義であることを理解しているのだろうか? もちろん、マリッタは可愛い妹だ。戦いたくはない。しかしこんな事態になったからには、私人としても公人としても奴を捨て置くわけにはいかない。

 

「ああ、貴様の想像している通りだ。どうやら、スオラハティ家は知らぬ間に割れていたらしい……」

 

 なんとか落ち着いている風を装っているが、わたしの心中は混乱と動揺、そして焦りでいっぱいになっていた。敬愛と恋慕の対象であるアル様が敵の手に落ち、妹マリッタが我々に牙を剥いてきた。最悪の事態だ。わたしはギリギリと歯ぎしりし、会議机を殴りつけた。

 

「敵がどこんだいであれ関係なか。我が身内に手を出したでにはタダでは置かん、確実に殺す」

 

 フェザリアの昏い声が、赤熱する私の精神に冷や水を浴びせかけた。……そうだ、今は下らぬ私情で頭脳を空転させている場合ではない。可及的速やかにアル様を取り戻し、不埒な愚か者どもに応報せねば。アル様がこのようなことになられた以上、それを成せるのはわたしだけなのだ。

 

「そうだ、その通りだフェザリア。王太子だろうが何だろうが関係ない。アル様に手を出した以上、奴は絶対に許さん。必ずや討ち取って、王都の中央広場にその首を晒してやる」

 

 王太子に対する殺意が燃え上がる一方、わたしの脳裏の隅にはマリッタな顔が浮かんでいた。彼女が裏切ったのは、わたしのせいかもしれぬ。できれば、事情を聴いて説得したいという気分もある。

 しかし、しかし……奴はよりにもよってアル様に手を出してしまった。アル様は、単にわたしの思慕の対象であるだけの存在ではないのだ。あの方が居なければ、我々の陣営はあっという間に分裂してしまうことだろう。組織としての我々の急所そのものに攻撃を加えてしまったマリッタを、わたしが庇いだてする訳には。そもそもそれ以前に、わたし自身も相談の一つもなくこのようなことをしでかしたマリッタを許せない気持ちはあった。ああ、畜生。心が破裂してしまいそうだ。

 

「しかし、だからこそ軽挙妄動は避けねばならん。王軍は油断ならぬ相手だ、確実に仕留めるにはそれなりの準備が居る。……フェザリア、部下の手綱はしっかり握っておけよ」

 

 この緊急時にエルフどもが暴発したら、もはや事態の収拾は不可能になってしまうだろう。ウチで一番血の気が多いものには、しっかりと釘を刺しておく。

 

「むぅ」

 

 案の定、フェザリアは不満顔だった。

 

「いま、味方同士で足を引っ張り合うのは悪手だ。我らの目標はただ一つ、王軍を打ち砕きアル様を取り戻すこと。そのためならば、わたしは手段を選ぶ気はない。協力してくれ、フェザリア」

 

「…………あい分かった。ほかならんソニアどんの頼みだ、堪ゆっど」

 

 頭を下げて頼むと、フェザリアはしばしの逡巡の後に頷き返してくれた。彼女はたいへんに血の気が多い女だが、頭が悪いわけではない。説得が通じてよかったと、わたしは密かに胸をなでおろした。

 

「ダレヤも囚われたとなれば、"新"ん連中を統率すっものがおらんくなってしもたな。ヤツん生死はわからんが、ひとまずアルベールが戻ってくっまでは内紛などせんよう"新"ん戦士衆には話を通しちょくど」

 

 しかし、続く彼女の言葉はわたしを著しくげんなりさせるものだった。そう、エルフ連中はいまだに一枚岩からは程遠い状態なのだ。今まではアル様の人望でまとまっていたが、当人が居なくなった以上彼女らはわたしが統率せねばならない。

 

「……ああ、頼んだ。しかし、丸投げにするつもりはない。可能な限り協力はするので、何かあったらすぐ連絡してほしい」

 

 相も変わらず新エルフェニアと正統エルフェニアの仲は険悪だ。正統側の長であるフェザリアだけでは、新の者たちはまとまらないだろう。極力わたしも介入する必要がある。……ああ、さっそく胃が痛くなってきた。やはり、この地の統治はわたしには荷が重い。可及的速やかにアル様にお戻り願わねば。ええい、王太子め。本当になんということをしてくれたのだ。貴様だけは絶対に許さん!

 

「……ヴァロワ王家は龍の尾を踏んだ。こうなったからには、王軍は必ず打ち倒さねばならん。早急に作戦計画を立てる必要がある。ウル、ひとまずジルベルトとゼラを呼び戻すよう手配してくれ」

 

 おそらく、敵は既に行動を開始している。もしかしたら、すでにこのリースベンに向けて討伐軍が差し向けられている可能性もあるのだ。チンタラしている暇はどこにもなかった。

 

「あい、承知いたした。……ところで、呼ぶたぁジルベルトどんとゼラどんだけで良かとやろうか? 敵が強大じゃちゅうとなら、エムズハーフェン様やディーゼル様なども話し合いなされた方が良かち思わるっどん」

 

「ディーゼルにエムズハーフェンか……」

 

 ウルの献策に、わたしはしばし顎を撫でながら考え込む。彼女らは元はと言えば帝国諸侯、つまり敵だった連中だ。余計な借りは作りたくないのだが……いや、今はそのようなことを言っている場合ではないな。使えるものはなんでも使わねば。

 

「いいだろう。こうなれば、もはや王国も神聖帝国も関係ない。協力を取り付けられそうな相手にはすべて連絡を出すように」

 

 これから始まるのはよほどの大戦(おおいくさ)だ。わたしは躊躇を投げ捨て、全力でヴァロワ家と……そして妹と敵対することを選択した。

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