異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第59話 くっころ男騎士と猛牛伯爵

 それから三日がたった。伯爵軍は予想通り、降伏を受け入れなかった。ディーゼル伯爵の身柄を交渉カードにしたのだが、返ってきたのは『伯爵様は名誉の戦死を遂げられた』という無情なこたえである。

 予想通り、戦争はまだ続きそうだ。これ以上戦い続けるのは損だということはもちろん向こうもわかっているはずだが、メンツという物もある。まったく、難儀なものだ。

 とはいえこちらもこれ以上攻勢を続けるだけの余力はない。二日にわたる激戦によって、弾薬を随分と消耗していた。アデライド宰相の増援が到着するまでは、防備を固めて持久体制を取るほかない。

 

「そうかそうか! あたしは戦死したのか!」

 

 酒杯を片手に、当のディーゼル伯爵はげらげらと笑った。全身包帯グルグル巻き、眼帯(ピストルの弾丸の破片が眼球に刺さったらしい)、隻腕というまさに満身創痍の状態だが、その顔色はすこぶる良い。

 とりあえずそれなりに状況が落ち着いてきたため、僕は伯爵軍との交渉の結果を捕虜のディーゼル伯爵に伝えに来ていた。なにしろ、わが軍も敵軍も戦闘後の再編成や戦死者の処理などが忙しくて戦うどころではない。ここ数日、戦場に響き渡っているのは鬨の声や銃声ではなく鎮魂の鐘と従軍司祭の祈りの声だけだった。

 

「うちの連中はバカじゃないからな。ああ、たしかにこの期に及んではあたしは死んでいた方が都合がいい。うん、うん、あたしが幕僚どもの立場でも、同じ判断をするだろうな」

 

 そう言ってディーゼリ伯爵は酒杯に満たされていたウィスキーを一気に飲み干し、おかわり! とからっぽになった酒杯を差し出してきた。僕も伯爵も酒飲みだ。最初は真面目な話し合いだったのだが、気付いたらこんなことになっていた。いろいろと緩いこの世界ではよくあることだ。

 でもそれ、そうやって飲む酒じゃないんだよ。僕の秘蔵の高級ウィスキーだぞ。そうやって飲むならウォッカか焼酎にしていただきたい。いや、この世界で焼酎を見たことは一回もないけど。

 

「……どうぞ」

 

 僕はこんなこともあろうかと用意していたやっすいワインをビンのまま渡した。

 

「ワインなんてもんは酒じゃねえ、単なるブドウ水だ!」

 

 そう言いつつも、ディーゼル伯爵はビンを受け取り一瞬で飲み干した。豪快だなあ……。僕もこんなふうに飲みたいときはよくあるが、生真面目な男騎士のイメージを保つために我慢している。『キエエエエッ!』なんて叫びつつ敵に襲い掛かってる時点でそんなイメージ吹き飛んでしまっているかもしれないが。

 

「で、指揮を引き継いだのは誰だ?」

 

「ルネ・フォン・ディーゼルという人物が臨時の伯爵名代として指揮官になったとか」

 

「あたしの妹だな」

 

 唸りながら、ディーゼル伯爵は酒杯をくいくいと突き出してくる。あんた捕虜なんだけど……。仕方ないので、ウィスキーを注いでやる。伯爵はストレート派のようで、テーブルに置かれた水差しには手も触れない。

 

「自分から喧嘩を売っておいて、ボロ負けして、一騎討ちに負けて、華々しく戦死もできずに捕虜になるときた。もうあたしの権威はボロボロだ。生き恥を晒すくらいなら、とっとと死んでくれというのが部下共の総意だろうなあ」

 

「そうですね」

 

 事実なので、否定しない。澄ました顔で、自分のぶんのウィスキーを舐めるように飲んだ。強烈な煙の臭いが心地いい。この世界で飲んだウィスキーの中でも、三指に入るほど好みの銘柄を今日は持参していた。

 

「こういう時こそあたしは言うべきなのかもな。くっ、殺せって……」

 

「ゴフッ! ゲホッ! いったぁ!!」

 

 思わず吹き出して、鼻にウィスキーが入り込んだ僕は涙目になってもだえ苦しんだ。そんな僕の様子を見て、ディーゼル伯爵は涙が出るほど爆笑している。こ、こいつ……!

 

「いや、言わねーよ? くっころは男騎士の専売特許だ、それを横取りしちゃ悪いだろう」

 

「嫌な専売特許もあったもんだなあ」

 

 僕はどっちかというとくっ、殺せ! じゃなくてくっ、殺す! のほうが好みなんだけど。

 

「まあ、冗談はさておきだ。こちらの軍があたしのことを完全に無視する作戦に出た以上、あたしにゃそれほどの価値はないと思うが。どうするつもりだ? できれば、殺すのは勘弁してもらいたいが」

 

「殺しはしませんよ」

 

 いろんな意味で立場のヤバいカリーナと違って、ディーゼル伯爵の方は十分利用価値があるしな。前者を殺さない以上、後者を殺すこともあり得ない。

 

「じゃあ、こういうのはどうだ。男騎士殿の夜の手管であたしをメロメロにして、そのまま解放する。これで伯爵家はあんたの傀儡ってわけだ」

 

 色っぽい流し目で僕を見ながら、伯爵はそんなことを言う。今までの豪放磊落な態度からは考えられないほどの艶やかな仕草だった。目の前で揺れるクソデカおっぱいに目がいきそうになったが(何しろ僕も随分溜まっている)、なんとか我慢する。なにしろ相手は人妻だからな。性癖的に不倫とかNTRはNGだ。

 

「童貞にそんな手管求めないでもらえます?」

 

「童貞! 童貞か! そりゃあいい! ハハハハ! 負けたのが殊更悔しくなってきたな、勝ってりゃあたしも味見をしてたところなんだが!」

 

「ご夫君に申し訳ないですよ、そりゃ」

 

「そりゃあそうだ、シバかれるじゃ済まんわな! おお、怖い怖い。ガハハハッ!」

 

 酔ってるなあ。というかあんな大けがしてるのに、こんなに酒飲んで大丈夫なのか? 只人(ヒューム)なら普通に致命傷レベルなんだけど。

 亜人、特に一部の獣人や竜人(ドラゴニュート)の生命力は尋常じゃないからな。正直かなり羨ましい。この鬼耐久があれば、前世の僕も死ななくて済んだかもしれない。いや流石に無理か。普通に体の半分ミンチになってたし。

 

「しかし、童貞か。うーん、一生の頼みがあるんだが、そいつをカリーナにくれてやってもらえないか? あいつも捕虜になってんだろ」

 

「嫌です」

 

 嫌じゃないです。でも駄目なんだよな。女の娼館通いは許されるのに、男は妻以外と性交するのはふしだらだと強く戒められるのがこの世界の貞操観念だ。陣中なんていうどこへ行っても人の目がある場所でセックスしてたらバレないはずがない。

 相手が誰であれヤッてしまったらもう手遅れだ。僕には淫乱という評判が付きまとい、一部のスキモノにしか相手をされなくなってしまう。そうなればもはや結婚の目はない。貴族としては、それは絶対に避けなければならない未来だ。

 

「そりゃあそうだろうがなあ。あいつもあんなことをして、しかもあたしもこんなことになった。もはやあたしが庇ってやることはできないから、あいつの貴族としての将来は閉ざされたも同然だ。たとえこの後、わが軍がミラクルめいた逆転をしてもな」

 

「でしょうね」

 

 敵前逃亡だけでも不味いどころじゃないのに、一騎討ちの妨害までやってるからな。もう手の施しようがない。良くて勘当、普通に考えれば死罪。そういう感じだろう。

 そんな有様だから、こっちで引き取ること方向で話を進めているわけだが。母親の危機を前に、自分の命やキャリアを投げ捨ててでも助けに行けるというのはなかなかのガッツだ。騎士には向いていないかもしれないが、兵士には向いている。有能な人材は出来るだけ手元に集めておきたい。しかもあの娘の場合、目の保養にもなるし。

 

「とはいっても、あたしもあの子は可愛い。なにしろ、捨て身になってもあたしを助けに来てくれたわけだからな。貴族家の当主としては厳しい態度を取らざるを得ないが、母親としては感動してるんだよ。なんとか幸せにしてやりたい」

 

「気分は分かりますよ」

 

「で、だ。あんただよ。これまでの戦いで、あんたがとんでもない天才だということはわかった。そして、この虜囚生活であんたの性格が良い……いや、皮肉じゃないぞ、そのままの意味だ」

 

 少し笑って、ディーゼル伯爵は酒杯に口をつける。

 

「とにかく、非道なやつでないことも分かった。もはやカリーナは貴族として婿を迎えることができる立場じゃないから、嫁に出すしかない。この戦争があたしらの勝ちになるにしろ負けになるにしろ、あんたにはカリーナを貰って欲しいんだが」

 

 将としての矜持か、ディーゼル伯爵は負けるとは明言しなかった。まあ、こちらが極めて優勢なのは確かだが、まだ勝負は決まっていない。

 というか、個人的にはかなり不安なんだよな。経験上、勝利を確信すると逆にマズイ。前世の僕が戦死した戦いも『勝ったな、風呂入ってくる』みたいな状況から一瞬で最悪の事態に転がっていったんだ。ましてここはファンタジー世界。敵軍から突然とんでもない切り札(ジョーカー)が飛び出してくる可能性もある。

 

「僕はそっちの人間を随分と殺したはずなんですがね、恨みとかないんですか?」

 

「そりゃあ、あたしの大切な兵士や家族を殺めたんだ。何も思っていないわけじゃない。でも、そりゃあこっちも同じことだ。あたしが今まで何人の敵兵や敵将をひき肉にしてきたと思う? 今さら被害者ヅラはできん。特に今回はこちらから仕掛けた戦争でもあるわけだし」

 

「それは、そう。うん…」

 

 敵を殺した数と味方を殺された数の比率なら、僕も大概殺した方に偏っている。何をされようが被害者ヅラをできないのは僕も同じことだ。もちろん、必要な報復はするが。

 

「で、どうなんだ。貰ってくれるか、あたしの娘を」

 

「貰えるもんなら貰いたいですけどね。男騎士なんてやってると、結婚相手を見つけるのも難儀しますし。でも、只人(ヒューム)の貴族である以上、妻も只人(ヒューム)じゃなきゃ駄目なんですよ」

 

「じゃあうちの裏族(りぞく)の女も――」

 

「話がそれてますよ、アル様」

 

 それまで黙って僕の後ろに控えていたソニアが、突然口を出した、彼女は不愉快そうな表情で、僕の隣へ座る。

 

「伯爵殿には、聞かなくてはならないことがいくらでもあります。この戦争の経緯とかね。無駄話をしている暇はありませんよ」

 

 なるほど、それはその通りだ。オレアン公がなんらかの情報をディーゼル伯爵にリークしたのがこの戦争の始まりだったはず。どういう情報がどういう経路をたどってディーゼル伯爵の元にやって来たのか、よーく調べておく必要があった。

 


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