異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。    作:寒天ゼリヰ

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第617話 義妹嫁騎士と塹壕戦(3)

 突撃ラッパが鳴り響く。塹壕から次々とアルベール軍の兵士が飛び出し、喊声を上げながら一斉突撃を始めた。前進する私たちの目前には、敵の塹壕陣地が横たわっている。しかし、そこから反撃の銃砲(じゅうほう)弾が飛んでくることはほとんど無かった。私たちの露払いとして、味方の速射砲が弾幕を展開しているからだった。

 横一列に並んだ砲撃は、こちらの突撃に合わせて前進している。これが、敵陣地をホウキで掃き清めるように薙いでいた。敵兵は砲撃から逃れるべく伏せており、応射するどころではなくなっている。砲撃と突撃を同期させ、敵の反撃を封じるのがこの移動弾幕射撃の神髄なのだ。

 

「ぴゃああああっ!」

 

 小銃を構え、私は全力で走った。うしろには、小隊の部下たちも続いている。ビビリのアンネリーエもきちんと突撃に参加しているようだ。まずは一安心だけど、実際のところ安心している場合じゃない。なんてったって、今は危機的状況の真っ最中だもの。

 

「ハワーッ!?」

 

 榴弾の着弾によって巻き上げられたこぶし大の石が、私の胴鎧に直撃した。カーンと景気のよい音を立てながら、私は跳ね飛ばされた。しょせんは石とは言え、勢いが良いのでちょっとした銃弾くらいの威力はある。鎧の上からでも結構な衝撃が伝わり、喉奥から酸っぱいモノがせり上がってきた。

 

 

「う、うげっ」

 

 口と目から同時に汁が出そうな状態だけど、ダメダメダメ。泣いてる場合じゃないし、吐いてる場合じゃない。私は強引に上がってきたモノを飲み下した。敵兵は、あくまで砲撃のショックで麻痺しているだけだもの。射撃が終わればすぐに戦意を取り戻し、反撃してくる。安全が確保できる時間はごくわずかなんだ。地面に転がって吐いているような時間は無い。あー、もー、本当に泣きそう。一人だったらうずくまってマジ泣きしてると思う。

 

 

「隊長!」

 

 最先任下士官が駆け寄り、私に手を貸してくれる。それにすがって立ち上がってから、なんとか銃を構え直した。

 

 

「お、お礼は作戦が終わった後に改めて! ひるむな、突撃続行!」

 

 無理矢理に元気な声を絞りだして、部下たちに前進を命じる。いま、無駄にできる時間など一秒たりともないのだ。動ける限りは前に進まなくてはならない。ふらつく体を気合いで押さえ込み、私も走り始めた。

 そうしている間にも、味方の砲撃は続いている。重砲にくらべればかなり口径のちいさい新式速射砲だけど、それでも着弾地点が間近だと迫力が尋常じゃあない。砲弾が一発落ちるごとに大地がめくれ上がり、炎と煙と土砂の混合物を空へと巻き上げる。戦場は、いろいろなモノが混ざった煙が濃霧のように立ちこめていた。

 もちろん、恐ろしいのは目から入ってくる情報だけじゃない。砲弾の破裂音は音というよりはもはや衝撃はで、炸裂するたびに全身をブン殴られたような痛みが走った。もう、耳がまともに機能しているのが不思議なくらいだ。

 

「ぴゃ、ぴゃああああ……!」

 

 この状態で前に進むと言うことは、その地獄めいた景色に自ら歩み寄ると言うことだ。これが思った以上に怖い。おしっこ漏らしそうなくらいに怖い。さっきの被弾で負傷したふりをして撤退してもいいんじゃないか、そんな考えすら鎌首をもたげる。恐怖が縄のように足に絡みつき、進む力を失わせようとしていた。

 でも、ダメだ。お兄様は、アルベールは、常に私の前にいるんだ。後ろへ向いてしまえば、永遠に手が届かなくなってしまう。望む未来を手に入れるためには、前を向いて走り続けるしかない!

 私は走った。ただただ走った。いつの間にか味方の砲撃は敵最前列を叩き終わり、中段への攻撃に移っている。ガレア兵の中にも気合いの入った奴がいて、砲撃範囲が変わった途端に塹壕から頭を出してこちらに小銃を撃ち返してきた。戦場音楽に銃声が混じり始め、恐怖感がさらに増す。

 彼我の陣地の距離は、五百メートルもないはずなのに。目的地である相手陣地はまだまだ遠かった。本当に距離五百なんだろうか、五千くらいあるような気がする。全力で走っているはずなのに、いつまでたっても距離が縮まらない。もちろん、こんなのは恐怖からくる錯覚だろう。しかし、そんなことは慰めにもならなかった。

 

「んひぃいいい、もうヤダーっ!!」

 

 アンネリーエがまた半泣きになっている。私も正直泣きそうだった。どうしよう、撃ち返そうか。でも、走りながら撃ったって当たるはずがない。いや、当たらなくても良いか。とにかく今は、敵の頭を下げさせなくては。

 

「撃て、撃て、撃ち返せ! 射撃戦の本場はリースベンだと教育してあげなさい!」

 

 叫ぶように命じながら、私は小銃の引き金を引いた。銃声が弾け、肩に頼もしい反動が伝わる。それだけでなんだか心強い気分になってくるけれど、まともに狙いもつけてない射撃が当たるはずもない。銃弾は明後日の方向へと飛び去った。けど、今は別にかまわない。

 とにかく、撃ち返しているという事実が肝心だ。敵は撃たれていると思って頭を下げるし、こちらの士気もあがる。それに、こちらは新式の後装式ライフルを持ってるんだ。この小銃ならば、今までのモノと違って走りながらでも再装填できる。

 銃身尾部の蓋を開けると、中から硝煙に曇った薬莢がはじき出される。腰に巻き付けてあった弾薬ベルトから一発の銃弾を抜き取り、銃身へと挿入して蓋を閉める。これだけで再発射準備が完了だ。また、狙いをつけずに引き金を引く。銃声。ああ、いい。撃っている間だけは、恐怖を感じない。早く再装填しなくては。

 

「工兵! 工兵! 早く鉄条網の除去を!」

 

 けれど、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。私たちの前に立ち塞がっているのは、敵兵や塹壕ばかりではないからだ。丈夫な有刺鉄線で編まれた鉄条網が、こちらの進路を遮っている。鉄条網は爆風が抜ける構造になっているから、砲撃でも排除できない。除去するには人力が必要だった。

 

「任せとけ!」

 

 私の小隊のすぐ後ろを追従してきていた戦闘工兵小隊が、我々に代わって前に出る。屈強な体格のハキリアリ虫人たちだ。彼女らは四本腕のうちの二本に丸盾を、そしてもう二本に大ぶりなチェーンカッターを装備していた。

 ハキリアリ虫人は丸盾で身を守りつつ、鉄条網へと切り込んだ。人間の腕くらいなら簡単に切断できそうな大きさのチェーンカッターを振り回し、有刺鉄線を切りまくる。

 

「あの蛮族どもを止めろ! 陣地に近付けるな!」

 

 近くの穴蔵に潜んでいた敵兵が、そんなことを叫びながら工兵たちに向けて発砲した。塹壕戦は、これが怖いのだ。鉄条網を排除しないと相手の塹壕に突入できないのに、その鉄条網の排除要員が集中砲火を浴びてしまう。

 しかし、相手は四本腕のアリ虫人だ。黒光りする強固な盾はライフル弾をもはじき、寄せ付けない。しかも防御している間にも別の腕で作業が続けられるから、有刺鉄線の除去は恐ろしい速度で進んでいく。

 

「グワーッ!?」

 

 とはいえ、さすがに無傷という訳にはいかない。盾の隙間を狙われたハキリアリ工兵が、肩に被弾して倒れ伏す。大口径ライフル弾の威力は強力無比だ。命中した箇所は肉も骨もまとめて吹き飛び、血煙と腕が宙を舞う。目を覆いたくなるような悲惨な景色に、自然と口から悲鳴が漏れそうになる。でも我慢、私は将校だ。動揺している様を部下に見せてはならない。

 

「ひいいいいいっ!?」

 

 まあ、私が我慢しても結局アンネが叫んじゃうんだけど。まあ、悲鳴を上げているのは彼女ばかりじゃないから、許すけどね。経験の少ない若い新兵たちは、みなアンネと大差ない動揺ぶりだった。最先任下士官を含む古兵たちですら、いささか怯んでいるようにも見える。

 

「邪魔するんじゃないわよ王国のクソトカゲどもがぁ!!」

 

 口汚く罵りながら撃ち返す。タコツボのガレア兵はそれで怯んだが、発砲すればとうぜん悪目立ちする。敵側も応射してきて、私の周囲に何発もの銃弾が着弾した。弾丸が空気を切り裂く音が耳を叩き、巻き上がった土煙が体に降り注ぐ。

 怖い、怖いよぉ!! 逃げて良い! ダメ? くっそお死にたくない! お前が死ね! その一心で引き金を轢きまくる。再装填の手間が惜しい。初めて配布された時にはその速射能力に驚いた新式小銃だけど、今みたいな状況だとこれでも不足を感じる。

 

「っ! でかした! どきなさい!」

 

 そうこうしている間に、分厚い鉄条網の壁の一部に小さな穴が開いた。普通の体格の者が通るにはまだ小さい穴だけど、私ならいける。いつまでもこんなところでもたついていたら、延々と一方的な射撃を受けてしまう。

 一秒でも早く塹壕に飛びこみたい一心で、私は作業を続けようとする工兵を押しのけ穴に押し入った。鉄線のトゲが襲いかかってくるけど、私は全身甲冑を着ているから全然平気だ。鉄甲や脚甲を生かして、強引に穴を広げる。有刺鉄線と一手も所詮は針金だから、力技でも曲げるのはそう難しいモノではない。

 

「突入! 我に続け!」

 

 鉄条網の隙間が一般的な兵士でも通れるサイズまで拡張されると、私は暴れ回るのをやめてそう命じた。そして、後ろを振り返りもせずに土塁を駆け上り、塹壕内へとダイブする。中にいたガレア兵が、目を丸くしてこちらを見ている。その小銃がこっちへ向けられるより早く、私は腰からサーベルを抜き放った。塹壕の中では鉄砲より剣が早い。

 

「ぴゃあああああっ!」

 

 叫びながら突撃し、ガレア兵を切り捨てた。返り血が甲冑を濡らす。それはいいが、敵兵は一人ではない。同僚の復仇に燃えるガレア兵が、訳のわからない罵声を上げながら私に銃をむけた。

 

「隊長をお助けしろ!」

 

 しかし、こちらにも味方がいる。部下たちの放った掃射が、敵兵の一団を血煙に変えた。彼女らは喊声を上げつつ、どんどんと塹壕内になだれ込んでくる。

 

「止めろ! 押し返せーっ!」

 

 ガレア兵がそんなことを叫びつつ、小銃や槍、円匙などを手に襲いかかってくる。平野での射撃戦から一転、戦場の様相は至近距離での白兵戦へと移ろいつつあった……。

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